第76話 どこが好き?
☆亜美視点☆
私は今、夕ちゃんの家のリビングで、春くんから熱烈なアプローチを受けています!
「えと……アメリカ?」
「はい、出逢って1ヶ月で何をと思うかもしれませんが」
「まぁ、出逢って数時間の男子にも告白されたことあるから、その辺は気にしないけど……」
「そ、そうですか?」
でも、いきなり「僕とアメリカに来てください」かぁ……軽くプロポーズだよねこれ?
「僕が日本いられるのは来年の2月一杯まで……少々焦ってしまっているというのは否定しません。 ですが僕は本気で亜美さんを──」
「春くん……」
もちろん春くんの事は好きだ。 でも、それは恋愛感情とはちょっと違うと思っている。 「友達としての好き」、今はそんな感じに落ち着いている。
確かに、多少は男性として意識した事もあったけど、今はそういう気持ちにはなっていない。
そう、もう私の中で答えは出ている。
「ごめんなさい」
私は真剣な春くんに真剣な表情で返す。
春くんは、少し落ち込んだような表情を見せて数秒黙った後、確認するように言った。
「……やはり夕也ですか?」
「うん」
「しかし夕也には──」
「うん、希望ちゃんがいる」
そんなことはわかっている。 それでも私が夕ちゃんを好きだというのは変わらない。
「夕ちゃんがどれだけ希望ちゃんを好きでも、私は夕ちゃんが好きなの。 だから春くんの気持ちには応えられないかな」
「……そうですか」
「ごめんね?」
「いえ、そもそも出逢って1ヶ月の相手にこんな事を言うのがおかしかったんですよ……」
「そんなことないよ? 人を好きになるのに時間は関係ないと思う」
それこそ「一目惚れ」なんて言葉があるぐらいだ。
1ヶ月は人に恋するには十分な時間だと、私は思う。
ただ、春くんにはどうしても聞いてみたいことがある。
少し意地悪な質問になるかもしれないけど。
「ね? この1ヶ月で、春くんは私の何処を好きになったの?」
「え?」
私は、自分に告白して来る男の子達に決まって同じ質問をしてきた。
出逢って間もない男の子、時には顔も知らない男の子達が私に告白してきた。
そんな男の子達に、私の何処を好きになったのかを訊ねると、返ってくる答えはいつも決まっている。
「可愛いところ」だ。
私はその手の相手にはうんざりしている。 もし、春くんがそんなことを言うなら私はがっかりだよ。
「そうですね……時折見せる優しい笑顔と明るい性格に惹かれたと言いますか……どちらも僕にはない物ですから」
笑顔と性格ねぇ。 1ヶ月で私の性格の全部が見えたわけじゃないと思うけど。
まあ、ありきたりな返答ではあるけど「可愛いところ」よりは多少マシかな?
でも不合格だよ!
「んー? 明るさはともかく、春くんは優しい笑顔してるじゃん?」
「え? そうでしょうか?」
「うん」
「あとは、そうですね。 他人の幸せの為に自分を犠牲に出来る強さですかね。 とても僕には出来ません……と言うか、普通の人間は出来ません」
「うーん……」
多分、希望ちゃんとの事を言ってるんだろう。
そう思ってくれてるのは良いけど、ちょっと過大評価かな?
「どうしました?」
「私はそんなに強くないよ。 実は夏休みにね、希望ちゃんに八つ当たりしたことがあったの」
その時の話を、春くんにしてあげた。
あの時は本当に自分が情けなくなったなぁ。
今は、夕ちゃんと希望ちゃんがイチャついてるの見ても平然としてられるようになったけど。
それも強くなったというより、自分の夕ちゃんへの気持ちに自信を持てるようになったからっていうのが大きいと思う。
ん? そういうのを強くなったって言うのかな?
「色々あったんですね」
「まぁねぇ……」
ガチャ……
なんて、話をしていると、不意にリビングのドアが開いた。
「ん? 亜美いたのか?」
「あ、夕ちゃんおかえり」
話を聞かれていたかもしれない、と思い少し冷や冷やする。
「おう、ただいま。 なんか良い雰囲気だったのに邪魔したか?」
「全然良い雰囲気じゃないですよ。 実は今──」
頭を掻き、苦笑いしながら今しがた私にフラれたのだということを、春人くんは話した。
何で自分から話しちゃうかなぁ。
それを聞いた夕ちゃんは、特にリアクションは取らずに「ふぅん」とだけ言ってアイスコーヒーを口にする。
リビングへ来る前にキッチンへ寄ったみたいだ。 帰ってきたのに気付かなかった。
あまり興味がないのか、そうなるのがわかっていたのか、落ち着いた様子でソファーへ座る。
「春人、焦りすぎだぜ? こいつはそんな甘くねぇぞ」
「のようですね……」
「あはは、そういうことだ、出直して参れ春くん。 何、まだ5ヶ月近くあるじゃない? 時間一杯使って私を落としてみなさい」
私は春くんの背中をぽんっと叩いて元気づけてあげる。
こういうことするからダメなんだろうなとは思うけど、もうこれはこういう性格だからしょうがない。
「んじゃ、私帰るね?」
「はい、おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
私は手を振ってリビングを出ようとした。
すると、春くんに「亜美さん」呼び止められたのでピタリと立ち止まり、首の動きだけで振り返る。
「ん?」
「僕、亜美さんの事を諦めませんから。 亜美さんと同じように」
春くんは力強くそう言い、私を見つめている。
春くんも私と同じで、どうやら相当諦めの悪い人らしい。
「頑張んなよぉ? 私は手強いよ?」
「望むところです。 亜美さんを絶対にアメリカへ連れて帰りますよ」
「何? アメリカ?」
夕ちゃんが、コーヒーを飲もうとした手を止めて、春くんに視線を移した。
「どういうこった?」
「そのままの意味ですよ」
夕ちゃんは私に視線を向けて、アイコンタクトで語りかけてくる。
私はぷいっと視線を逸らしながら「じゃあねぇ」と今度こそリビングを後にするのだった。
「おい……」
◆◇◆◇◆◇
私は家に戻ってお風呂から上がり、部屋に戻る。
部屋に入ると、何故か夕ちゃんが部屋にいてびっくりした。
もし私が裸族だったらどうするのよ。
「窓の鍵空いてたぞぉ」
「2階だし大丈夫でしょ? というか何の用? 夜這い?」
「んなわけあるか……」
違うんだ、ちょっと残念。
ちょっと怒ったから、叫んで希望ちゃんを呼び寄せてやろうかな!
「うわわ! 夕ちゃん! 夜這いはダメだよぉ!」
「お前は何言って──」
ドタッ! バンッ! バタバタバタッ! ドンドンドンドンッ!
普段は控えめなノックが、今回はもの凄い勢いでドアを叩く音に変わっている。
いつもは、ベランダで話してようがあまり干渉しては来ないのだが「夜這い」という言葉に反応したようだ。
「夕也くんいるの!? 亜美ちゃんと何してるの!? というか入りますよ!? いいねっ!? いいですよ! ありがとう!」
バンッ!
吹き飛ぶかと思うほど勢いよくドアが開き、息を荒くした希望ちゃんが姿を現した。
一応入室許可を求めてはいたが自己完結させて勝手に入ってきようだ。
「はぁはぁ……あれ?」
部屋の中を見回してみて、特に想像していたような事になっていないことに目を丸くしている希望ちゃん。
やがて我に返ったのか、顔を赤く染めて私の方を見る。
「あははは、希望ちゃん慌て過ぎだよ」
「亜美ちゃん騙したなぁ!」
「うわ、いたたた」
ぽかぽかと頭を叩いてくるけど本当は痛くはない。
目を><な風にして顔を赤くしている希望ちゃんはとても可愛い。
「で、夕ちゃん何の用?」
「いやお前、春人にどんな告白されたんだよ? アメリカって何の話だ?」
「え?! 春人くんに告白されたの?!」
希望ちゃんはぽかぽかを止めて、目を丸くしている。
そんなに驚かなくても。
「まぁ、されたよ?」
「おおーっ! 春人くん早い」
「で? どんな風に言われたんだよ?」
「んー? 気になるぅ?」
私はいつものように夕ちゃんに対してニヤーっとしながらそう言った。
「気になる!」
のだけど、何故か希望ちゃんの方が先に食いついてきた。
んー、夕ちゃんの反応を見たかったんだけど、まあいいか。
「来年、アメリカに帰る時に一緒に来てほしい的な事を言われたよ」
「アメリカへって!?」
「大胆な告白だな」
「いやいや、夕也くん。 もうそれはプロポーズだよ?」
「何? そうなのか!?」
大声を上げる夕ちゃん。 ちょっと動揺してる?
だったら嬉しいなぁ。
「それで? 断ったんだよね?」
「うん、さすがにね」
「そっかそっか」
何故か満足そうに頷く希望ちゃん。
この子も良く分かんないなぁ。 恋敵は減った方が良いでしょうに。
「でもあいつ、諦めないとか言ってたぞ?」
「そうなの?」
「うん。 まだ諦めないみたいだね」
「亜美ちゃんも大変だね」
モテ過ぎるのも考えものだと腕を組みながら言う希望ちゃんに、夕ちゃんも同意している。
2人も大概だと思うんだけどなぁ。
「っと、聞きたかった事聞けたし俺は戻るわ」
告白の内容を聞けて満足したのか、そう言って踵を返しベランダへ向かう夕ちゃん。
「ちょっと待って」
私は、ベランダに出ようとする夕ちゃんを引き止めた。
夕ちゃんに聞きたい事が出来たからだ。
春くんにした質問を、夕ちゃんにもしてみることにしたのだ。
「夕ちゃんは、希望ちゃんの何処が好き?」
「は?」
「はぅ?」
2人して同じような反応を見せる。 本当にお似合いだ。
さて、夕ちゃんは何て答えるかな?
「希望の何処がってお前……そりゃ、全部だろ」
「ゆ、夕也くん……」
恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく吐くいつもの夕ちゃんに、それを聞いて恥ずかしそうにもじもじしだす希望ちゃん。
全部が好き……一見手抜きにも思えるこの回答だけど、私はこれが100点満点の回答だと思う。
下手な取り繕いや上辺だけの言葉を並べたてるだけが良いとは限らない。 その人の何もかも、全部が好きだというこの言葉こそ私が欲しい答えなのだ。
希望ちゃんが羨ましいよ。
「うんうん」
「ねえ、夕也くん?」
今度は希望ちゃんが夕ちゃんに話しかける。
夕ちゃんも「ん?」と首を傾げて希望ちゃんの方へ視線を向けた。
希望ちゃんは、ちらっと私の方を見てから口を開いた。
「夕也くんは、亜美ちゃんの何処が好き?」
私と同じ事を、私に置き換えて質問する希望ちゃん。
一瞬、止めようかと思ったけど、私はその答えが聞きたくて結局止める事は出来なかった。
今、私と夕ちゃんは故意に距離を取るようにしている。
別にどこも好きではないと言われてしまうかもしれない、と不安になる。
止めるならまだ間に合う──そう思った時、夕ちゃんは先程と変わらないトーンで言った。
「全部に決まってるだろ?」
そう言って、ベランダへ出ていってしまった。
「だって? 良かったねぇ亜美ちゃん?」
「な、何でそんな質問したかな?!」
私は照れ隠しの為に大声で希望ちゃんに叫んだ。
希望ちゃんはニヤニヤしながら、私の顔を見ている。
やられたー!
「本当に夕也くんは女たらしで困るよぉ」
相変わらずニヤニヤを止めない希望ちゃん……。
一体、何を考えてるんだか。
「気付いてないと思った?」
不意にそんな言葉を希望ちゃんに投げかけられた。
もしかして?
「最近さ、亜美ちゃんと夕也くん、なんか妙に距離作ってるでしょ? 心配になっちゃって」
「あ、あはは」
やっぱりバレてたか……。 奈々ちゃんや宏ちゃんが気付いたんだもの、当然か。
余計な気を遣わせたくなかったのに、結局は気を遣わせてしまったわけだ。
「夕也くん、机に飾ってた写真立てを片付けちゃってるの知ってた?」
「写真立てって……?」
希望ちゃんは私の机に飾ってある写真立てに視線を向けた。 それは、私と夕ちゃんの結婚式体験の時の写真だ。
夕ちゃんはそれを片付けちゃっていると言うのだ。
「そ、そうなんだ……」
夕ちゃんは夕ちゃんで、私を忘れようとして……。
「ねぇ、早くしないと手遅れになるよ?」
「え?」
希望ちゃんは真剣な顔で私を見据えてそう言った。
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