第75話 春人とお出掛け


 ☆亜美視点☆

 本日9月16日は祝日で休み。

 昨日はバレー部の地区予選決勝だったんだけど、問題無く突破した。

 希望ちゃんは夕ちゃんとデートに出掛けちゃったしとても退屈だ。


「んー、勉強でもしよっかなぁ? それとも誰か誘ってお出掛けしようかな?」


 ピロリンッ


「んん? 春くんからメール?」


 内容は「退屈なので何処か行きませんか?」というものだった。


「……」


 春くんは私の事を好きで、夕ちゃんに「私を貰う」と宣言したらしい。

 いつ告白されてもおかしくない状態だし、2人で出掛けるって言うのはちょっと迷うところだ。

 とは言え、この退屈も非常に苦痛だ。


「むぅ……」


 別に良いよねぇ? 友達とのお付き合いは大事だし。

 私は「いいよ」と返信をして出掛ける準備をした。



 ◆◇◆◇◆◇



 家の前で春くんと待ち合わせて、お出掛けを開始した。

 お出掛けであってデートではないのがミソだよ。


「希望ちゃんと夕ちゃんが居なくて退屈だったし、丁度良かったよ」

「ですよね。 僕も退屈で退屈で」

「あはは。 で、どこ行く? 決まってないなら本屋さん行っても良い?」

「いいですよ」


 小説で読みたいのがあるんだよねー。


「んじゃ、いこいこ」


 私と春くんはまず、駅前にある本屋へ向かうことにした。


「亜美さんって読書家ですよね?」

「そうでもないよ? 読みたいと思ったものだけ読む感じだけど」

「そうなんですか? 部屋に結構な数の小説があったのでそうなのかと」

「あはは、そっかそっか」


 確かに小さい頃から読んでたから、知らないうちに増えてるね。


「春くんは読書は?」

「あんまりですね。 父からは『読め読め』と言われていたのですが、僕は体を動かす方が好きなんですよ」

「春くんって見た目なよなよしてるのに、実際は体がっちりしてるよね?」

「見た目なよなよ……」

「あっ、ごめん! 気にしてた?」

「いえいえ別にそんなことは。 ただ亜美さんにそう思われてるのはちょっと」

「そ、そっか」


 ちょっと失言だったかなぁ? 褒めたつもりなんだけど。

 他の質問でお茶を濁そうと、話題を探してみる。


「春くんはバスケ以外はどうなの?」

「サッカーもそれなりにできますよ」

「おー、そうなんだ? 今度見せてね」

「そうですね。 機会があれば」


 うーん、本当に運動系なんだね。

 見た目的には、窓際で静かにハードカバーの小説を読んでる大人しい男の子って感じなのになぁ。


「あ、そうだ。 亜美さん、良ければ今日1on1やりませんか?」

「え? いやいや、私なんかじゃ勝てないからいいよ! 夕ちゃんにもいつも負けてるし」

「そうですか……夕也からかなり上手いと聞いてたので興味があったんですが」

「ごめんね」


 夕ちゃんに良く褒められはするけど、どうしても勝てないんだよねぇ。

 夕ちゃんが上手すぎるっていうのもあるんだけど、スポーツでだけは夕ちゃんや宏ちゃんに勝てないのよねぇ。

 やっぱ男の子は凄いよ。


「夕也もかなりハイレベルなプレーヤーですからね。 僕もストバスみたいなトリッキーなプレーを駆使しないと勝負になりませんよ」

「夕ちゃんは本当に凄いよねっ」

「はい」


 男子高校生バスケプレーヤーとか良く分からないけど、きっと夕ちゃんなら全国で通用すると思うんだよね!

 頑張ってほしいな。

 と、ニコニコしながら夕ちゃんの事を考えていると。


「夕也の事を語る時の亜美さんは、なんだか活き活きしてますね」

「そ、そうかな?」

「そうですよ」


 か、顔に出てるかな? 気を付けないと。


「うーん、ちょっと妬けますね」

「あ、あはは……」


 春くんは結構自分の気持ちをストレートに表現してくるタイプだなぁ。 私じゃなきゃもうメロメロにされちゃってるよ? 見た目も、普通の女の子ならもう間違いなく速攻で落ちるレベルだと思う。

 何なら、さっきからすれ違う女性は皆が皆振り返っている。  誰がどう見ても美少年だし仕方ないんだろうけど。


 と、2人で雑談をしながら目的の本屋さんに到着した。

 私は早速、新刊コーナーへ足を向け目的の本を見つけた。


「あったあったこれこれー」

「恋愛小説ですか?」

「うん、この作家さんのが好きなんだよ」

「部屋にもいくつかありましたよね?」

「お、良く見てるねぇ」

 

 この人の恋愛小説は全部読んでるんだよねー。

 切ない系のストーリーが凄く良くて、ヒロインの心境に共感したり、登場人物になりきって読めたりするの。


「じゃあ、会計行ってくるね」

「はい」


 私はササッと会計を済ませて、春くんの元へ戻る。

 すると春くんは、一冊の本を手に取ってじーっと見ていた。

 んー? あれ、バレーボールの雑誌……。

 あっ! 私と弥生ちゃんのポスターが付いてるやつだ! ちょっとセクシーなポーズを要求された恥ずかしいやつ!


「春くん、それ……」

「あ、終わりましたか?」

「う、うん。 その雑誌買うの?」

「このポスターは魅力的ですが、実物が近くにいますので」

「あぅ……」


 そんなこと言われるとちょっと照れる。

 春くんはその雑誌を元の場所に戻してこちらを振り返る。

 そんな、まぶしい笑顔を向けられると困るよぉ。


「それでは、次どこ行きましょうか?」

「こ、今度は春くんの行きたいとこにしよ?」

「うーん……そうですねぇ、そうだ。 この街に来たばかりの時にパフェを奢る約束をしましたよね?」

「ん? あぁ、私が奢られると喜ぶって言った時?」


 たしか、春くんに街を案内した時だ。

 あれからもう1ヶ月経つのか。 春くんが日本にいられるのは5ヶ月とちょっと。

 きっと5ヶ月なんてあっという間に過ぎちゃうんだろうな……。

 それまでに一杯思い出作ってもらわなきゃね。


「行きましょうか、喫茶緑風」

「いこいこ」



 ◆◇◆◇◆◇



 というわけで、2人で仲良く緑風へやってきた。

 私はもちろんフルーツパフェを注文する。 人の奢りだと思うとさらに美味しく見えるから不思議である。

 アイスやら生クリームやらに家に季節のフルーツが載せられたパフェ。

 季節ごとに別のフルーツの味が楽しめるのがなんとも言えないの。


「なんだかすごく嬉しそうですね?」

「大好物だもん~」


 夏でも冬でもこれ! きっと、この店のフルーツパフェの注文の7割は私なんじゃないだろうか。

 お得意様だよ私!


「いただきまーす! んむんむ……ほわぁー」

「ははは、本当に幸せそうな顔しますね、。 夕也の言った通りです」

「んむ……んむんむ? 夕ちゃんから聞いたんだ?」

「ええ、『あいつに緑風のパフェ食わせると、めっちゃ幸せな顔するぞ』と」

「もう、夕ちゃんったら! んむんむ……」


 怒りながらもスプーンは止めない。 んー美味しい。


「亜美さんは皆と、こういう時間をたくさん過ごしてきたんですね」

「んむ……」


 そりゃ、皆とは物心ついた頃からの付き合いだ。 お互いの事は何でも知ってる仲。

 こういう時間も幾度となく過ごしてきた。

 家族ぐるみの付き合いがあったから、よく一緒に旅行へ行ったり、外食にも行った。

 奈々ちゃんの家にはたまにおじゃましたり、お泊まりにだって行ってる。

 幼馴染ってそういうものだと思う。


「そうだねぇ。 色々な時間を過ごしたよ」

「本当に皆が羨ましいです」

「……んー、あと5ヶ月ちょっとだけど、出来るだけ色んな事しようよ? 皆との思い出作ろうよ」

「亜美さん……はい」

「まずは、月ノ木祭だね! 目一杯楽しもう!」

「はい」

「あ、そういえば月ノ木祭のコンテストはどうするの?」

「出てみようかと思います。 思い出にもなるでしょうし、なにより……」


 と、一旦言葉を区切って私の顔を見つめる。


「亜美さんとステージの上で踊りたいですから」

「あぅ」


 春くんも夕ちゃんと同じで、こういうことを恥ずかしげもなく言うのね!


「わ、私が優勝するとは限らないじゃない?」

「まぁ、僕もそうですが」


 夕ちゃんと春くんが男子部門に参加するのかぁ。

 面白くなってきたけど……どっちを応援したら良いのか少々複雑である。


 ◆◇◆◇◆◇


 パフェも食べ終えて、私達はゆっくりと帰ることにした。

 時間はまだ15時だけど、後は夕ちゃんの家でまったりしようということになったのだ。


 ──今井家 春人の部屋──


 最近もちょこちょこと来ている、春くんの部屋におじゃましている。

 ちょっと前までは物置部屋だっと思えないほどに片付いた部屋。

 夕ちゃんの部屋は、私か希望ちゃんがちょくちょく掃除してあげてるけど、春くん自分で掃除してくれてるので助かる。

 こういうとこは夕ちゃんも見習ってほしいものだ。


「……」


 さて私はというと、買ってきた小説を早速読んでいる。

 本を読み始めると没頭する癖があり、周りの事など見えなくなることもある。

 本の世界に入り込んでしまっているとも言える。


「……」


 本の内容はというと、小さな頃から一緒に育ってきた男女の恋愛を描く幼馴染ものだけど、大学生になった頃、女の子の方が重い病にかかってしまい余命1年を宣告されてしまう。

 2人はすぐに入籍し、残された時間を幸せに過ごし、最後は別離してしまうというよくあるものだ。


「……んー、切ない」

「そうなんですか?」

「うん」


 私がこの作中の男性だったら、この先1人で生きて行けるだろうか?

 多分無理な気がする。


「しかし、亜美さんは本読んでる時は凄く集中されてますね」

「え? そう?」

「はい、ずっと見てても気付いてくれませんでしたし」


 やっぱり、没頭すると周りの事は見えなくなるようだ。

 それにしても、ずっと見てた? 本読んでる人の顔をずっと見てて何が楽しいんだろ?

 んーわかんない。


「ってもう、こんな時間かぁ。 今日は夕ちゃん達は外食って言ってたし、簡単なもの作るだけで良いかな?」

「はい」


 私は読んだ本を鞄にしまい、夕飯の準備をする為にキッチンへ向かった。



 ◆◇◆◇◆◇



 時刻は19時半──。

 夕飯も食べ終えて、お片付けも済ませ、リビングで小休憩しているところ。

 そろそろ夕ちゃんが帰ってくる頃かも。


 そんな事を考えていると、唐突に春くんが口を開いた。


「亜美さんの旦那さんになる人は、幸せ者ですね」

「え、そう?」


 割と良く聞く台詞を、普通に口走る春くんに視線を向けると、何やらニコニコと微笑みながらこちらを見ていた。

 優しくて暖かい笑顔だなぁ。

 このスマイルは女子に効く。 すでに学校内でも、春くんファンがいるほどだ。 何人かに「彼を紹介して」と頼まれたこともある。

 

「その人が、羨ましいですよ」

「あはは、今のところその席は空席で、埋まる予定も無いけどねー」


 軽い感じで返すと春くんは「ははっ」と笑い、やはりというか良くある台詞を口にした。


「僕が、立候補しましょうか?」

「ダメダメ、テンプレの台詞じゃつまんないよー?」

「そ、そうですか?」

「うんうん。 そんなんじゃ、今時の女子高生は落とせないよ春くん? 特に私はね!」


 なんてちょっと偉ぶった態度を取り、春くんを煽ってみる。

 しかし、これは少々やり過ぎたかもしれないと後になって思った。

 春くんは、私が好きなのだ。 本人から直接聞いたわけではないが、夏祭の日に「惹かれている」と言われた。

 顎を手に置き「んー」と難しい顔をして考え込んだ後で「わかりました」と言った。


「?」

「来年、僕がアメリカへ戻る時に、一緒に向こうの学校に来てくれませんか?」

「え?」

「僕とアメリカへ来てください」


 春くんは、真剣な眼差しを私に向け、迷いなく言った。

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