第72話 微妙なライン

 ☆夕也視点☆


 9月6日の金曜日。

 明日から8日までは地区予選がある為、今日の部活は軽い練習のみ。


 新学期に入って直ぐに春人を口説き落としてバスケ部へ入部させたのだが、地区予選の選手登録が間に合わなかったので、試合には出れないらしい。 

 即戦力なのに残念だ。


「春人、悪いな。 絶対に地区予選は突破してやるから県予選からは頼む」

「はい」


 春人は快く返事をしてくれた。

 こいつが入れば全国だって夢じゃない。

 惜しむらしくは今回のウィンターカップしかチャンスが無いと言う事だ。


 ◆◇◆◇◆◇


 部活終わり、今日は何故か奈々美から呼び出しを受けて、喫茶緑風へやってきた。


「んで? 何か相談か?」

「違うわよ。 あんたに聞きたい事があるの」

「聞きたい事?」


 奈々美は、コーヒーを一口飲んだ後、頬杖を突く。


「亜美から聞いたけど、お互いの距離をもうちょっと置いて付き合っていこうって話になったんだって?」

「ん? まあ俺は今、希望と付き合ってるからな」


 それが亜美と距離を置く理由。


「希望と付き合ってるからっていうのは、まぁわかるわね。 つまるとこ、これからは希望を第一に考えていこうと?」

「そういうことだ」

「まぁ、納得してあげるわ。 で?」

「で? って何だよ?」

「ずばり、どれぐらいの距離ならセーフなわけ?」


 また、難しい事を訊いてくる奴だな。 亜美に頼まれたか?

 あいつ自身も、ここ数日はその距離感を測りあぐねているようだった。


「具体的にこれぐらいってのを示すのは難しいな」

「そうでしょうね」

「まあ、お互いが男女の関係を意識しない程度の付き合い方なら、構わないかな」

「ふぅん。 手を繋いだりとかは?」

「それぐらいなら、まあ……抱き付くとか腕を組むはさすがにダメだが」


 しかし、良く考えたら俺と希望が付き合う前はたまに亜美の方から腕組んできたり、抱き付いたりしてたな。

 あれはどこの幼馴染でもやるもんなのか?


「なるほどね、それは亜美に伝えても良い?」

「やっぱりあいつの頼みか?」

「私がお節介焼いてるだけよ」

「さようか。 まあ、別に構わないぞ」

「じゃあ、後で伝えとくわ」


 コーヒーをまた一口飲む。 奈々美の表情はまだ何か聞きたいという顔をしている。

 話は終わりじゃないのか?


「もう1つ良い?」

「何だよ?」

「春人となんかあった?」


 こ、こいつは俺の家に監視カメラでも付けてんじゃないだろうな!


「な、なんでそう思う?」

「あんたとは逆に、春人が亜美との距離を詰めだしたように見えるのよねー。 それを見るあんたも何かソワソワしてるような気もするし」

「……」


 春人は亜美に惚れている。 直接俺に言ってきた。


「あいつ、亜美に惚れてるらしい。 俺に亜美を貰っていいのか確認に来た」

「ふぅん……なるほど」


 奈々美の目が鋭くなり、俺の方を睨む。

 なんて冷たい視線を向けやがる。


「それで?」

「何だ?」


 コーヒーをスプーンで混ぜながら相変わらず睨むような視線で俺を見ている。

 

「あんたは良いって応えたわけだ?」


 コーヒーをグビッと一気に飲み干した。

 椅子の背もたれに体を預けるようにもたれかかる奈々美。


「お前はエスパーか何かか?」

「ちょっと人間観察が好きなだけよぉ」


 末恐ろしい女だなぁ全く。

 宏太の奴、浮気とかしたら速攻でバレてタコ殴りにされちまうぞ……。


「まぁ、好きにしろとは言った」

「ふぅん……やっぱそうか。 希望を選んだあんたは、亜美を春人に明け渡すつもりだと……」

「明け渡すってお前なぁ。 春人と付き合うのかどうかを決めるのは亜美だ。 亜美がそれを選ぶなら、俺は応援してやろうと思ってるだけだ」

「そう」


 表情がいつもの表情に戻った。

 どうやら、解放されたようだ。


「んじゃさ、最後にもう一つ聞いていい?」

「なんだよ、まだあるのか?」

「簡単な質問よ」


 ならいいか。


「亜美の事、どう思ってんの?」

「お前な、話聞いただろう? 俺と亜美は──」

「ここには私しかいないし、誰にも言わないわよ」

「……ったくよぉ。 亜美には言うなよ? 好きだよ、今のとこはな」

「ふふっ、それを聞けて良かったわ。 今日はごめんなさいね。 私、もうちょっとゆっくりしてくから先帰ってていいわよ」

「そうか、金ここに置いてくぞ」

「えぇ。 明日の試合頑張んなさいよ」

「おう、サンキュー」


 俺はコーヒー代を置いて席を立った。



 ◆◇◆◇◆◇



 ☆奈々美視点☆


「だ、そうよ?」


 私は通話を繋ぎっぱなしにしていたスマホを取り出してそう言った。

 しばらくすると、背後からぐるぐるメガネと帽子で変装した人が私の向かいに座る。


「ありがと、奈々ちゃん」


 その人物はメガネと帽子を取って正体を現した。

 まぁ、亜美なんだけど。

 今日、夕也と話をすることを伝えたら「私も聞きたいっ」と言ってきたので、スマホの通話を繋いだままで遠くの席に待機させていたわけだ。


「夕ちゃんと手は繋げるんだね」

「みたいね。 男女の関係を意識しないぐらいの距離感って、また微妙なラインねー」

「うん……」


 ちょっと複雑そうな顔をしている親友。

 やはり、だいぶ夕也に気持ちが傾いてるわねぇ。

 春人が哀れになるわ。


「でも、嫌われてるわけじゃなかったみたいだし良かったわね?」

「好きって言ってくれてたね。 えへへ、嬉しい」


 わかりやすく笑顔になる。 本当に可愛いわねぇ。

 亜美はフルーツパフェのおかわりを注文している。


「私の幸せどこにあるのかなぁ」

「春人があんたにアタックし掛けるって夕也に宣言したみたいね? 春人と幸せに暮らす未来ってのもあるんでしょ?」

「うん……」

「良いじゃん、幸せになれるなら春人にしちゃえば?」


 その方がややこしくなくていいような気がするし、幸せになれるんだし。


「春くんの気持ちは嬉しいけど、春くんの事は選べないかな」

「ま、そうよね」


 この子は本当に幸せにになれない子ねぇ。

 ずっと希望の幸せを優先してきて、自分の幸せを捨ててきたバカな女の子。

 この子にも、ちゃんと幸せになってほしい。


「占い師さんの言葉を信じるなら、自分の気持ちに正直でいれば私は幸せになれるんだよ。 だから大丈夫」

「そう? まぁ、占いをあまり盲信しないようにね?」


 いくら他の事が当たってようと、所詮占いは占い。


「うん、ありがと気を付けるよ。 そういえば、宏ちゃんとの初めてはどうだったの?」


 急ににやにやしながら話題を変えてきた。

 本当にこの子は……でも、良い顔してるわ。

 これなら心配いらなさそうかしら?

 夕也でも春人でも他の男でも、この子を幸せにして上げてほしいものだわ。


「で? で?」

「意外と優しかったわよ?」

「おお! どんなことしたの!?」

「そうねぇ、まぁあんたらみたいな、激しいのはまだちょっと出来なかったけど……胸でとか?」

「おお、私もしてあげたよ」


 そんな女子の会話を喫茶店で恥ずかしげもなく話す私達であった。



 ◆◇◆◇◆◇



 ☆亜美視点☆


 ──亜美の部屋──


 お風呂から上がってきて、私はスマホと睨めっこをしていた。

 さすがにまた、夕ちゃんの部屋へ行くのは何か言われそうだから、電話で話そうか考え中なのだ。


「うーん、今、夕ちゃんの部屋言っても追い返されるよねぇ……で、電話なら良いかな?」


 スマホの発信履歴から夕ちゃんの電話番号を出す。


「えぃっ!」


 勇気を出して電話をかけてみた。

 無視されたら仕方ないけど。

 と、思ってたら繋がった。


『もしもし、どうかしたか?』

「こ、こんばんは夕ちゃん」

『おお、こんばんは』


 あ、明日の試合頑張ってね! 明日の試合頑張ってね!


「あ、明日の試合、観に行っても良いかな?」


 ちっがーう!! ど、どうしよー、「来るな」とか言われたら凹むよー!


『何でそんな事訊くんだ? 勝手に来ればいいだろ?』

「あ……う、うん、じゃあ希望ちゃんと2人で行くね」

『あぁ』


 ちょっと素っ気ないけど、優しいとこは変わってない。

 夕ちゃんもまだ、距離感を測りかねてるところなんだろうか?


『用事はそれだけか?』

「色々話したいけど、夕ちゃんが嫌そうだし、今日はこれで切るよ、おやすみ夕ちゃん」

『嫌とは言ってないだろー? ったく、明日早いからもう寝ようとしてだけだよ』

「そか……」

『おやすみ』


 私は夕ちゃんとの電話を切って、眠ることにした。

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