第51話 最低の女になるなら

 

 ☆奈々美視点☆


 2日目のメインコンテンツであるマリンスポーツ三昧を終えた私は、亜美と2人で宏太の部屋の前まで来ていた。


「あいつ、しっかり鍵掛けて寝てるわね!」

「え、普通だと思うけど?」


 人が心配して看にきてやってるのに。


「フロントでキー借りる? ちょっと大袈裟かな?」

「そうねー、そこまでしなくても良いような……」


 ガチャ……


 亜美と相談していると、扉の開く音がした。


「……おう……静かにしてくれ」

「こ、宏ちゃん大丈夫?」


 亜美が心配するのも無理はない。 明らかに体調が悪そうだからだ。


「あぁ、寝て少しはマシになったけど、まだちょっと怠い」

「どうしたのよ? 風邪?」

「いや多分……疲れと寝不足だ」

「ね、寝不足?」


 宏太が「とりあえず入れ」と、言うので部屋にお邪魔する事にした。

 フラフラと歩いているけど、本当に寝不足だけ?


「亜美」

「らじゃだよ」


 アイコンタクトで意思疎通する。 さすが我が親友。

 亜美はすかさず宏太の手を取り脈を測り、私はその隙に宏太の額に手を当てて体温チェック。


「ぐぉっ?!」

「脈がちょっと早いね」

「熱もあるじゃない! 何が寝不足よ」

「私、近くに薬局無いか聞いてくる」

「お、おい、大袈裟だぞ……寝てれは治るって。 疲れと寝不足のせいだから」

「で、でも」

「いいって……」


 出て行こうとする亜美を引き止めて、布団に入る宏太。

 頑固な奴ね。


「昨日、あんだけ遊んだあとで疲れてたんだが、夜寝れなくてな……」


 宏太はぽつりぽつりと話しを始めた。


「そ、それ、もしかして……私の所為だったり?」


 恐る恐るといった感じで宏太に確認する亜美。

 そう言えば、昨日あの後で早速宏太にアタック仕掛けたらしいわね。

 遠慮するなとは言ったけど……。


「ま、その通りだが……」

「ご、ごめん」


 しゅんっと小さくなって謝る我が親友。


「丁度良い……亜美ちゃんに確認したい事がある」

「確認?」

「あ、私は席外した方が良いかしら?」


 一応確認を取ってみたが、構わないという事なので部屋に残らせてもらった。


 とは、言え気まずいので、離れた場所から見ている。

 ま、それでも話は丸聞こえなんだけど。


「なあ? 夕也の事を忘れたいって言ってたっけか?」

「うん、好きで居る事が辛いから……」


 好きが辛い……か。

 まあ、分かるけど。

 私だって長い間、宏太に振り向いて貰えなくて辛かったし。


忘れたいってことで良いのか?」

「えっと……?」


 ん? ちょっと雲行きが怪しいわね?


「亜美ちゃんにとって、俺は、夕也を忘れるために利用できる都合の良い男なんだな?」

「そっ……そんなことはっ……」


 亜美の言葉が詰まる。

 私の懸念していたことだ。


「宏太、ちょっ……」

「奈々美はちょっと黙っててくれ。 俺は亜美ちゃんに聞いてるんだ」


 黙ってろって……。


「そ、それは……」

「俺の事が好きって気持ちが昨晩の亜美ちゃんからは感じられなかった。 ただ、夕也を忘れさせてほしい、それだけだろ?」


 これは中々きつい。

 宏太も亜美の事が真剣に好きだからこそ、心を痛めながら亜美に問いただしているのだろうけど。


「……っ!」


 亜美は勢いよく立ち上がり涙を流しながら走って部屋を飛び出して行った。


「……」

「宏太、あんた……」

「悪い、亜美ちゃんを頼む……」


 言われるまでもないわよ。

 私はすぐに立ち上がり亜美を追った。




 ☆亜美視点☆


 宏ちゃんの言うとおり……私は最低だ。

 また自分勝手な気持ちで、大切な人を傷付けた。

 私が楽になりたいばっかりで、宏ちゃんの気持ちを考えてなかった。

 宏ちゃんの私への好意を利用しようとした。

 こんな私、宏ちゃんに支えてもらう資格なんかないっ!


「っと」

「ぁぅっ」


 人とぶつかってしまった。


「すいませんっ! 前も見ずにホテル内をっ!」

「ありゃ、亜美ちゃんどしたの?」

「さ、紗希ちゃん……?」

「んん? 亜美ちゃん泣いてる?」


 うぅ……見られた。


「紗希ーっ、亜美を捕まえておいて!」

「お? あいよー」


 捕獲されてしまった。


 ◆◇◆◇◆◇


 私達は3人でホテルを出て、近くの海岸にやってきた。

 丁度、夕陽が沈む時間帯の様で凄く綺麗だ。


「んと、何があったのかな?」

「ん、まあ色々と」

「……」

「ふーん、話したくないなら良いけどさ、話した方が楽になる事もあるよ? 恋愛の話なら先輩の私から何かアドバイス出来るかもしんないし」


 いつも軽い感じだけど、紗希ちゃんも奈々ちゃんと同じで、しっかりしてるんだよね。


「実は──」


 先程、宏ちゃんに言われた事、私は最低な女の子だと言う事を紗希ちゃんに話した。

 隣に座る奈々ちゃんも、口を出さず最後まで聞いてくれていた。


「んー! 最低な女の子だね!」


 ぐさっ!

 遠慮無いなぁ紗希ちゃん。


「あはははは」


 奈々ちゃんもお腹抱えて笑ってるし。

 ひ、ひどい!


「まあ、でも別に良いんじゃん? 最低でも」

「え?」

「だって、誰でも自分が一番可愛いじゃん? 自分の事を第一に考えるのが悪い事かなー?」


 そ、そんなもんなのかなぁ?


「私だってそだよ? 自分が一番可愛いし、多少他人を傷付けても自分の事優先するかな?」


 紗希ちゃんは、そうやって他人を傷付けながら彼氏さんとの関係を築いて来たんだろうか?

 きっと紗希ちゃんは強いんだろうな。


「紗希って割と色々考えてんのね?」

「失礼なっ! でも、今は私も悩みがあんのよねー」

「あら? 彼氏と何かあった?」

「まあ、ね。 相談相手は確保したから心配しないで良いよ」


 紗希ちゃんと彼氏さん、上手くいってないのかな?

 先月はそんな風には見えなかったけど。


「なんてーかさ、私から見た感じだけど……あんた達、皆なんか重いんだよね、幼馴染愛ってーの?」


 幼馴染愛が重い……?


「あー、他人から見るとそうなのかもしれないわね」

「恋は戦争だよ? 仲良しこよしの譲り合いじゃなくて自分の幸せを賭けた奪い合いなの」


 う、奪い合いって……。


「んじゃ、話し戻すよ最低な亜美ちゃん?」

「傷付くなぁそれ」


 奈々ちゃんは笑いを堪えるのに必死だ。

 他人事だと思って。


「佐々木君の事はどう思ってるのかな?」

「好き……だと思う」

「んじゃ、今井君はどう?」

「えへへー、愛してる」

「だいぶ差があるわねぇ」


 奈々ちゃんが呆れている。

 し、しょうがないじゃない!


「いやー気持ち良いぐらい最低な女だねー亜美ちゃん! そんなんで、佐々木君に擦り寄っちゃったりして!」

「私泣くよっ?!」


 紗希ちゃん、私をいじめて楽しんでるんじゃないの?!


「ねぇ、おんなじ最低な女になるならさ、『愛してる』男に擦り寄りなよ?」

「えっ……でも……」

「『希望ちゃんの事は傷付けられないよぅ』とか考えてるね?」

「うっ……」


 読まれてる。


「それだって、希望ちゃんを盾に使って自分を誤魔化してる最低の行為だよ?」

「うぅぅぅ……」

「恋愛は戦争なの。 誰も傷つかない恋愛なんてそうそうあるもんじゃないよ? 欲しけりゃ最低でも何でもいいから本気で奪いに行くのよ」

「ねぇ? 紗希って今の彼氏そうやってゲットしたの?」

「うちは、あいつから勝手に来たのよ! 私は別に何もしてないもんっ!」


 嘘だこれ。

 きっと必死に頑張って、そうやってライバルを蹴落としてゲットしたんだ。


「どうすんのか、そりゃ亜美ちゃん次第よ? 佐々木君と奈々美を傷付けてでも、今井君を忘れる為に最低女をなるのか、今井君と希望ちゃんを傷付けてでも自分の幸せの為に最低女になるのか」


 ど、どう転んでも最低女なんだね……。

 もう泣きそう。


「もう1つ、自分1人だけ傷付いて生きていくなんて可哀想なルートもあるわよん? これね、案外新しい恋が見つかるかもしれないオススメルート」


 そのオススメルート、私はすぐリタイアしちゃいそうだよ?


「もう一度言うよ? 恋愛は戦争。 誰も傷付かない優しい恋愛なんてそうそうない。 希望ちゃんだって、亜美ちゃんを傷付けて夕也くんを手に入れたんだよ? ほら、希望ちゃんだって最低だ!」


 いやいや、希望ちゃんは最低じゃないよ?!

 私が勝手に譲って、勝手に傷付いただけだし!


「とか思ってるうちは、恋愛弱者だよ亜美ちゃん!」

「心を読まないでよぅ!」


 紗希ちゃんの話しは説得力はアレだけど、凄いゴリ押しで無理矢理納得させてくる。


「同じ最低女なら、幸せになれる最低女にならきゃね?」

「なんか意味は分かんないけど凄いわね、あんた」


 話しは無茶苦茶だけど、でも紗希ちゃんはそうやって後悔しないように頑張って、幸せを掴んだんだろうなぁ。

 あ、でも今はなんか問題が起きてるんだっけ。


「これ皆も思ってるだろうけど、あんた達5人見てると、なんかこう、じれったいのよねー」

「うっ……」

「あぅ……」

「何? 『夕ちゃんを取ったら希望ちゃんが幸せになれないから譲っちゃう』『親友が可愛そうだから彼氏譲ってもいいわよ』『亜美ちゃんが傷付くから近くではイチャイチャしないよぅ』 バッカじゃないの?」

「最低バカ女にクラスアップ……」

「奈々美もバカ」

「わ、私も?!」

「そうよー? 今回、佐々木君がしっかりしてたから大丈夫だったのよ? 私から見たら5人の中じゃ一番まともで、恋愛上手だわ 一般的にはそれでもまだおかしいけど」

「あ、あいつが一番まとも……?」

「あのさ、もっと気楽に生きなよ亜美ちゃんも奈々美も」


 言うだけ言って満足したのか、「そろそろ夕飯だし戻ろ」と言って、帰って行った。


「な、なんか色々悩むのがバカらしくなるわね」

「だねー……」


 幸せになれる最低女にならなきゃ……か。


「で? どうするの最低バカ女さん?」

「傷付くからやめてよぉ」


 そうだなぁ。

 同じ最低女になるなら愛してる男にかぁ……。

 と、言っても今はまだ、希望ちゃんを傷付けてでもって風には思えない。

 愛が重すぎるか。 多分そうなんだろう。

 でも……。


「私、もう少し悩んでみるよ、夕ちゃんの事、希望ちゃんの事」

「宏太はどうすんの?」

「宏ちゃんには後で謝っておきますっ! 最低バカ女でした、ごめんなさいって」

「結構気に入ってるのね、最低バカ女」

「今の私にはピッタリな称号だよ。 さて、私達も帰ろうか?」

「そうね」.


 私と奈々ちゃんは暗くなった海岸を後にして、ホテルへ戻った。


 ◆◇◆◇◆◇


 宏ちゃんの部屋にて。


「ごめんなさい宏ちゃんっ」

「お、おう?」

「私、最低バカ女だったよ」

「お、おう?」

「もう、宏ちゃんに『夕ちゃんの事を忘れさせてほしい』なんて言わないよ」

「お、おう」

「それでね、私、もう少しだけ頑張ってみる……ダメになりそうになった時は『支えてほしい』って言うかもしれない。 その時はほんの少しだけでも良いから、支えてくれますか?」

「おう、辛かったら俺でも奈々美でも頼ってくれよ」


 やっぱり私は最低だ。

 こうやって優しい宏ちゃんの事を利用しちゃって。

 でも、「誰でも自分が可愛いもんだ」って言ってくれた紗希ちゃんにちょっとだけ感謝だよ。

 少し気が楽になったよ。


 これは後日談だけど、奈々ちゃんと宏ちゃんのお試し期間終了して、正式に交際をスタートさせたらしい。

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