第49話 恋敵


 ☆奈々美視点☆


 深夜の2時前、こんな時間にも関わらず起きていた私は、ベッドに寝転がりスマホでネットの海を泳いでいた。

 別に海水浴と掛けたわけじゃないわよ?!

 

 ピロリンッ


「亜美からメッセージ? やっと起きたかあの子」


 夕食の後、仮眠すると言って部屋に入ってから起きて来なかった。

 一応、お風呂にも誘ったのだけど返事が無くてちょっと心配してたのよね。


 スマホの画面には「今から、奈々ちゃんの部屋行っていい? 起きてたら返信下さい」と書いてあった。

 私はすぐに「起きてるから来なさい」と返した。


 しばらくすると、控えめなノックが聞こえてくる。

 私はドアの鍵を開けて、来客を迎え入れた。


「ごめんね、奈々ちゃん。 こんな時間に」

「別に構わないわよ」


 私はベッドに腰掛け、亜美を隣に座らせる。


「宏ちゃんとえっちとかしてたらどうしようかと」

「残念ながら、、何もしてないわよ」


 あいつ、お試し期間中だからっとか言って、全然手を出してこないのよね。

 こっちはいつでもいいのに、意外と律儀な奴だ。


「あはは、そっか」

「あんた、風呂上り?」


 亜美の体はほんのりと上気し、髪は少し湿っている。

 この時間、浴場は清掃中と聞いてたけど。


「うん。 目が覚めたから入ってきたよ」

「入ってきたって、清掃中だったでしょ?」

「そうなんだけどね、ちょうど予約制の家族用浴場が空いてて」


 あー、そう言えばそんなのあるって奈央から聞いてたわ。


「入って来ちゃった。 夕ちゃんと一緒に」


 ……?


「は? 混浴? また?」


 確か、5月の旅行でもしてなかった?

 この子の行動は支離滅裂ねぇ……。

 夕也の事忘れるって言ったり混浴したり意味わかんないわ。

 色々と不安定過ぎて心配だわ。


「目が覚めて、お風呂入ろうと思ったら偶然夕ちゃんに遭ってね、浴場行ったら行ったで清掃中で、他には混浴しかなくて」


 と、勢いよく捲し立てる親友。


「私と夕ちゃんって、もしかして運命の赤い糸ってやつで繋がってるんじゃないかなーなんて? あーいやいや……」

「そうねー」


 私は適当に相槌を打っておく。

 自分で言って自分で否定するの何なのよ。

 それに、その赤い糸をぐちゃぐちゃに絡ませてるのはどこの誰やら。

 てか、その糸であやとりでもしてるんじゃないの? もうスカイツリーとか作ってるでしょ。


「私、夕ちゃんの事忘れなきゃ忘れなきゃって思っちゃって」

「は? 別に良いんじゃないの?」


 んで、やっぱりそういう風に話がややこしくなる。


「そういうわけには……」

「忘れる辛さ、忘れられない辛さ、どっち取るかはあんた次第だけどさ? でも忘れたくないから、思い出作ったんじゃないの? えっちまでしてさ」

「それは……ううん、やっぱり忘れなきゃダメ。 だからね、奈々ちゃんの恋敵ライバルになろうと思う」


 おっと、そう来ましたか。

 まあ、自分から焚き付けたんだけどね。


「そう、決めたのね?」

「うん。 ごめんね」

「遠慮しなくていいってば」

「今から恋敵ライバルだね」

「はいはい」


 私は亜美と握手を交わした。

 その後亜美は、「これから宏ちゃんの部屋に行ってみようと思う」と言って部屋に出て行った。

 

 少し心配だ……。

 亜美が宏太に縋る理由──それは決して宏太への愛じゃない。

 そんな亜美にでも、頼られれば宏太の心は揺れるかもしれない。

 だってあいつは、私が宏太を好きだった時間と同じだけの時間、亜美が好きだったんだから。


「一悶着、ありそうね……」


 バタッとベッドに倒れ込む。

 どうなるかは私にもわからない。

 でも、亜美が言うような運命の赤い糸ってのがあるなら、私は絶対に宏太と繋がってると信じている。




 ☆亜美視点☆


 奈々ちゃんに、私の意思を伝えて部屋を出た私は、その足で宏ちゃんの部屋の前までやってきた。

 私、何を焦ってるんだろう。


「起きてる……かな?」


 確認する為にも、取り敢えずノックしてみる。


 ……。


「やっぱり寝てるよね、2時過ぎだし」


 私は部屋に戻ろうと、踵を返した。


 ガチャッ──


 後ろから扉の開く音がした。


「ん……? 亜美ちゃん……か? こんな時間にどうした……?」

「ごめんね? 起こしちゃったかな?」

「いや……それより、まさか夜這いか?」

「似たようなものかな?」

「は?」


 私は宏ちゃんに話がある旨を伝えて、部屋の中に入れてもらう。

 なんだか宏ちゃんちょっとふらついてる? 眠いのかな?


「で?」

「うんとね、単刀直入に言うね? 私とお付き合いして欲しいの」

「えっと、ちょっと落ち着いてくれ」


 こめかみを抑えて蹲る宏ちゃん。

 いきなりそんなこと言われたらそうなるよね……。


「ごめん急に」


 宏ちゃんは、少し待って欲しいと言って今度は頭を抱え始めた。


「宏ちゃんには奈々ちゃんがいるのはわかってる……でも、私にも宏ちゃんが必要なの」

「……どうした? 何があった?」


 宏ちゃんは凄く心配そうに私を見ている。

 

「うんとね──」


 この間、希望ちゃんに八つ当たりしてしまったこと。

 今は奈々ちゃんに話を聞いてもらって落ち着いてるけど、いつまたああなるかわからないという不安を抱えているということを、全て宏ちゃんに伝えた。


「このままじゃ私の心壊れちゃうんじゃないかって」

「そっか、うむ、亜美ちゃんの不安な気持ちは分かった」

「ごめんね、急にこんなこと言って」

「いや、朝から亜美ちゃんの様子がおかしいって事は気付いてたんだ。 昼ぐらいにはいつも通りだったし、何ともないのかと思ってたんだが」


 宏ちゃんは、立ち上がって窓際の方へ歩いていく。

 私は、その後ろ姿を目で追う。


「亜美ちゃんの言う通り、今の俺には奈々美がいる。 実はそろそろお試し期間終わりにして、正式に付き合おうと思ってたんだ」


 あー、やっぱり、なんだかんだで上手くいってたんだ。

 それなのに今更になって私、こんな事を。


「そっか……」

「ちょっと前の俺ならノータイムで亜美ちゃんを抱き締めてたとこだけどな」

「あ、あはは……」

「で、奈々美はこの事は?」

「知ってるよ」

「そっか、一応あいつの了承は得てるのか」

「うん……」

「なあ、1つ良いか?」


 宏ちゃんが真剣な表情で振り向いて聞いてくる。


「もし俺と付き合えば、夕也と雪村の側に居ても平気でいられるようになるのか?」

「……宏ちゃんが夕ちゃんを忘れさせてくれれば、多分だけど」


 ピクッと宏ちゃんの眉が動いたような気がした。


「そうか。 時間かかりそうな話だなそれは」

 

 否定は出来ない。

 今、私の中の夕ちゃんへの想いは、とてもじゃないけど直ぐにどうこうなるレベルでは無くなっている。


「そう……だね」

「まぁ、一応検討はしてみるが……」

「うん、ありがとう。 あの、遅くにお邪魔しちゃってごめんね」


 私はベッドから立ち上がって、宏ちゃんの部屋を後にした。

 後は宏ちゃんにお任せしよう。


 私は部屋に戻り、メールで奈々ちゃんに報告だけ入れて眠りについた──。

 

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