食事はろくなものではない

韮崎旭

食事はろくなものではない

 列車の順番まちをしていると隣人の見知らぬ携帯電話がけたたましくなったので殺したくなったが、私が殺したいのは隣人か、携帯電話か、こんなタイミングで電話をかけてくる向こう側の人間なのかわからなかったのでどうしていいのか知れず途方に暮れ、しかもどうしてこんな面識のない隣人の携帯電話で殺意に支配された挙句に途方に倉田りしないと入いけないのかさっぱりわからなかったし、きっとこうして隣人の携帯電話の着信音とか、ホームドアとか、席での行儀が悪い人間二人組のうるさい会話の騒音とか、ごみ同然の赤子の鳴き声とかで本当に感情を台無しにされて台無しにされた感情にかかわりあっている間に死んでいくんだと思うとなぜもっと合理的に、効果的に、有効に、スムースに、死ねないのかといらいらしてきて、そういう苛立ちとかのどうでもいいことこの上ない感情のなかで私はまた私を無駄遣いしているのだと思うと、暇つぶしのために読書をする人間だってなかなかに愛すべきものではないか、だって潰すための暇があるのだから……と思わざるを得ないのだった。私は鞄に医薬品とジュースと、あ、医薬品服用してない!今朝飲まなくてはいけない医薬品だったのにどうして好きでもない存在を続行しながらあの手この手で自分の機嫌を取り、しかも精神科の世話にまでなって潰滅的な事態をまぬかれようとしているのか本当に意味が分からない。いや多分意味は一生解読できない、なぜなら隣人や機械や工事現場や自分の立てる騒音で精神の調子を外部から侵襲的に一方的に台無しにされた挙句にその後始末はなぜか私がしないとならないときているのだから、こんな時にハンバーガーなんか食べている場合では実に全くなくて、そんな粗悪なことをするのであれば初めから存在しないことの方がいかに洗練されていて優美なあり方(存在しないのに!)だろうと思う。心から。でも隣人の携帯電話と其れに話しかけ始めた隣人はこの上なくうるさいし、いつだって殺意は対象が私に向くか、他の具体的な誰かに向くか、漠然とした存在の仕方をするかの差はあれ存在しているのであって、電線に鳩が止まっているとかそんなどうでもいいことにまで気を配って死に際に素敵ですねなんて言っている暇はあきらかにない。というか私は何をしに来たかというと気晴らしに買い物に来たわけで衣類などがそのターゲットなのだが、人間が私の衣類に、「夜着る服だ、夜着る服だ、それはこの地域では夜に着る服だ、あと良くも悪くもセクシーだ」と繰り返しいうものだから(確かにショートパンツに網タイツを着用してはいたが)そいつの頭をかち割ろうかと思った。言われている当初は、うるさい虫が部屋にいるくらいにしか感じなかったのだが、うるさい虫が部屋にいれば普通に腹が立ち、やがては地球が滅べばいいのにといった莫大な殺意を抱くに至ることはもう定石であって、つまりは此れもそういうことなのだけれど、そのことを思い出すだに、もう電車がホームに進入してくるというのに手に負えないほど感情が煮詰まってしまい、私は線路に身を投げた。

おわり。

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