これを読んで貴方が心から笑ってくれたなら…

青白狭間

第1話 始まり


今は戦国時代。ちょうど織田信長の名が広がり始めた頃だろうか。名だたる戦国武将が日々戦に明け暮れている中、重要ではなく、殆どの武将の目にも止まらない土地。しかし生活に必要な土地は肥えていて、水も豊富、森や林もある。だが資源はない。

この物語はそんな土地を治めた戦国大名と八人の家臣の話。


舞台である国の名は豊土と言った。豊かな土地がある、そのままの意味だ。そこそこ広い土地で人口は700名ほど。自給自足ができる土地だった。ただ、残念なのは都から少し遠いということ。しかし、豊かな土地ならばどこかの武将が手を出してもと思われがちだが、手を出さない。その理由はのちのち。


豊土の中心にあるそれほど高くない山に築かれた平山城、三凪城(みな)は頂上から本丸、二の丸、三の丸、城下町そして平野が広がっている。この城の主は末永空桜守国光(すえながあおのかみくにみつ)と言った。

国光の八人の家臣は月、鶴、石、鬼、前、光、大、長谷と言った。おかしな名前だが、これには訳がある。末永家は初代が変わっていたようで、代々家督を継ぐ際に次期当主は八人の家臣を自分で見つけるとした。それは身分を問わず、能力、人格をみることと古い考えに囚われず、常に新しい考えを吹き込むという考えからだが、今までの家臣は御意見番として新しい家臣を支え導く任に就いていた。選ばれた八人の家臣は名を仕える当主へと差し出し、新しい名を当主から貰う、これが当主と八人の家臣との絆の証となる。だから、国光の家臣の名づけのセンスはあまり良くなかったことがわかる。そして、末永家はもう一つ、変わった考えを持っていた。


では、国光が当主になる前から始めよう。

「お前も17歳になった。そろそろ八人を探し始める頃だろう。…国光!聞いているのか!」

使われていない広間の畳で寝転びながら本を読む国光を見つけた、父、末永豊土守国吉(すえながほうどのかみくによし)は立ち止まり声をかけた。国光はまずい所を見られたかと急いで起き、座ると父に頭を下げた。

「父上、今日もご機嫌悪く…あ。」

「少し前までは機嫌がよかったのだがな。」

父に睨まれ、国光はハハッと笑った。

「何を言ったか申してみよ。」

「八人を探す頃と。ですが、二人はもう決まっているので、あと六人ですよ?」

聞いてないようで聞いていた国光にイラッとした国吉は大きく息を吸う。

「はよ、行ってこい!」

そこまで広くない本丸の玄関口にいた下女の肩が驚きで揺れるぐらいの声が響いた。

「はい!行ってきます!」

国光は広間から逃げるように走って行った。


城下町。

「八人ねぇ。」

国光は面倒くさそうな顔をしながら店や人を眺めつつ歩いていた。

「お?美味しそう。」

ふと、ある店で足を止めた。並んでいるのは野菜でどれも新鮮そうで、形もいい。皮は日にあたってキラキラしていた。

「お兄さん、どうだい?」

声をかけて来た男はニッコリと国光に笑いかけた。

「どれも美味しそうだね。一つ、そのきゅうりをもらおうかな。」

すぐ食べたいと言う国光に男は指で頰を掻きながら困り顔を向けた。

「これ、煮込む用なんだ。」

やめた方がいいと言う男の言葉を無視して国光はお金を渡し、きゅうりにかぶりついた。


ガッチンッ。


ん?なんだ?この歯が悲鳴をあげたような音は?それに顎から足の先まで震えが走ったような。口から離したきゅうりを見れば、勢いよく噛んだのにきゅうりには傷一つない。

「どういう、きゅうりですか?」

目をパチパチさせながら男を見る国光に男はだから言ったのに。

「僕は野菜を作るのが好きでね。品種を変えて作ったりしているんだ。このきゅうり、煮ると美味しいけど、生は歯が折れるほど硬くて食べれないんだよね。」

あはははと笑う男にそ、そうなんだと国光は苦笑いをした。


少し痛みの残る顎をさすりながら国光はまた、店と人を眺めつつ歩いていると。

「きゃー。」

叫び声が後方から聞こえ、振り向けば転んでいる女性が国光の方へ走ってくる悪そうな顔の男を指差して泥棒だと叫んでいた。国光は男を捕まえようと構えた時。

「坊主、肩借りるぜ!」

後ろから声がしたと同時に肩にグンッと重みがかかった。へ?と国光が空を見れば、違う男が空を飛んでいた。その男は泥棒に向かって飛び蹴りをくらわしてそのまま倒れた泥棒の上にドスンッと乗った。泥棒は蹴られた上に勢いよく乗られて伸びてしまう。男は泥棒から財布を取ると後から追ってきた女性に財布を返した。女性は泣きながら男にお礼を言い、男はよかったなと手を振っていた。

「坊主、肩は大丈夫か?」

男は国光に笑みを向けながら肩に触れて確認した。

「ああ、大丈夫。人助けに役に立ったならよかったよ。」

「おお、助かったぜ。これはお礼だ。」

口を開けろという男に国光は素直に口を開ける。すると飴玉ぐらいの大きさで、柔らかく甘辛味が口の中に広がった。

「美味しい。」

「これ、俺の仲間が作った野菜なんだ。生は駄目だが煮ると美味しくてな。」

そう言って男は国光に背を向けたまま手を振ると行ってしまった。


今日は色々あると思いながら歩いていると平野が見えてきた。豊土の平野は今、たくさんの野菜が実っていて、農民は収穫に追われている。この頃は皆手作業なので、時間がかかって大変そうだ。

「ん?あれは?」

一人の男が鎌の持ち手部分に縄をつけ、ブンブンと回し、きゅうり畑に向かって勢いよく水切りのように投げた。鎌はきゅうりの茎を刃でバサバサ切っていく。そして男がグイッと縄を引くときゅうりが茎ごと縄に引っかかってまとまった。それを男はズリズリと縄を引きまとまったきゅうりを茎ごと担いだ。

「すごいなぁ。」

これなら一度で多くのきゅうりが刈れる。国光の声に男は国光の方を見たが、何も言わずに行こうとしたのを国光が引き止める。

「この方法を考えたのは君か?」

「…ああ。」

男はあまり社交的ではなさそうだ。

「もっと話を。もし他の者達が出来るようになれば…。」

男は国光を無視して行ってしまった。


夜。

縁側に座っていた国光は今日会った少し不思議な三人が気になっていた。

「明日も会いに行ってみようかな。」

そんな事を思っていると国光に下女二人の声が聞こえてきた。下女は国光に気付いていないようだった。

「ここ最近、泥棒がいるんだって。」

「まあ。怖いわね。」

「それが、泥棒に入って物は盗っていくけれど、殺しはしないって。それに盗ったものは玄関に置いていくそうよ。」

「ええ?いいのか悪いのかわからないわ。」

「そうなの。皆、姿は見るけれど、顔を見た者はいなくて、三人組だとかそうでないとか。」

「まあ、この本丸は安心よね。警護されているし。」

下女達は台所の小屋へと向かって行った。

三人組?一瞬今日会った三人が頭に浮かんだが、まさかねと国光は笑った。見られているのに捕まらない、人も殺さないか、面白い。


「であえー!」

外の騒がしさで国光は目が覚めた。

「捕まえろ!盗人だ!」

盗人?まさか下女達が言っていた?国光が外の様子を見ようと障子を開けたその時、バッと黒い大きな影が部屋へと突っ込んで来た。

「すまない。ちょっと黙っていてもらいたいな。」

入って来たのは三人。1人は背後から国光の首に刀をあて、1人は国光の足を掴む。そして、最後の1人は国光の口を押さえた。

「やっぱり一の曲輪は警護が凄いな。」

「僕、反対したよね?」

「道具の改良が必要だな。」

小声での会話を聞いて、国光はクスクス笑いだした。三人は急に笑いだした国光に固まった。国光は口の手を退けるように指差した。口の手がゆっくり離される。

「まさかとは思ったけど、本当にあなた達だったなんて。」

おかしいねと国光は笑った。

「ええ!なんで君が!」

「私はここでは若様って言われてる。」

解放された国光がロウソクに火を灯せば、目をパチパチしている三人がいた。


障子にあたった灯りが四人をうつし、灯りが揺れるたびに四人の影も揺れていた。外はまだ盗人探しが続いている。

「さあ、話してもらおうかな。」

興味しんしんの国光に言われ、正座をしている三人は観念したように話しだした。

「俺たちの村は戦で焼かれてな。三人とも親、兄弟を失った。」

それから三人、ずっと一緒だった。一人はとても身軽でよく頭がきれ、二人のまとめ役に。もう一人は料理や野菜作りが上手く、力が強かった。最後の一人は無口だが道具を開発することに優れ、戦う時は動きが速い。大人になると三人は自分の得意な事を活かして盗みを始めた。

「初めは生きる為、それが段々と自分の能力を活かしたくなってな。」

へえと言いながら国光は考える。

「頼む。このまま逃してくれ。それか、せめてこの二人だけでも許してくれ。」

その言葉に他の二人は嫌だと一緒だと首を振った。

「三人とも逃がすことはない。」

三人の顔が深刻になった。

「顔も見たし、今夜で泥棒は終わりだ。」


「どうする?このまま捕らわれるか、それとも私の家臣となるか。」

三人の顔が驚きへと変わり、目には期待の色が。

「あの警護を潜り抜け、三の曲輪、二の曲輪を経て、よく一の曲輪までやってきた。その戦略の綿密さ、行動の正確さその力が欲しい。その能力、私の元で活かさないか?」

三人は何度も頷き、それに国光は満足そうに頷いた。


「結局、盗人は捕まらなかったのか。」

国吉は唸っていた。その様子を隠れて国光は笑った。


「本当に僕達、家臣になるのかな。」

どこか不安そうな声に二人も不安げだ。

「嘘はないと信じたい。」

「だよなぁ。」

三人は通された広間に並んで正座をしていた。そこへ障子が開く。

「え?」

「うそ?」

「あ?」

三人は驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。

「おはよう。昨日はよく眠れた?」

笑顔の国光が広間へ入り、三人の前に座る。

「では、改めて。家臣となるからにはまず、私に三人の名を差し出し、今日から私が与えた名を名乗ってもらう。それで私の家臣となる。いいかな?」

国光の言葉に口を開けたまま三人は頷いた。

「では、端から。身軽であり、頭のきれるそなたは今より、鶴と。」

次に真ん中に視線を移す。

「次に、料理と野菜作りが上手く、力の強いそなたは今より光と。」

「そして、道具の開発に優れ、俊敏なそなたは今より大と。」

三人は姿勢を正し、まっすぐ国光を見る。

「鶴、光、大。よろしく頼む。」

三人は深く頭を下げた。


「ごめんなさい。名前つけるの不得手で。」

四人で縁側に座って話をする。

「いや、名前は諦めるが、その前に。」

三人は国光をジッと見た。

「あら?気付かなかった?私、女なの。」

全然!と三人は叫ぶ。女物の着物を身に付けた国光は笑った。


末永家、もう一つは、


男女問わず、能力あらば当主。


これから飽きる暇はなさそうだと三人は楽しそうに笑った。

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