オペラグラス・ラブ

みなづきあまね

オペラグラス・ラブ

今シーズン、最も寒いと予報されたので、一瞬悩んだがスーツの上からコートを着て、家を出た。


男子校に勤めて1年目、まさか男子校でも外に観劇に行くとは思わなかった。劇場まではさほど外を歩かないが、それでもいつもより寒さが身に沁みた。


予定より15分早く着いたが、すでに他の教師はもちろん、生徒もまばらだが姿があった。待ち合わせ場所の中央には、もうクリスマスツリーが飾ってあり、華美ではない装飾が気分を盛り上げた。


その隣に佇む女性に気がついた。違う学年の教師だ。年下だが、落ち着いた雰囲気にいつも品良くまとめている。顔はどちらかというと幼いので、「育ちのいい学生」のように見える。


いつもとそんなに変わりないが、少し大ぶりのイヤリングが揺れ、冬支度の黒いダウンは後ろで紐をリボン結びにしており、腰から下の緩やかさが女性らしかった。


ふいに彼女がこちらに視線を向けたので、俺は慌てて隣の同僚に話しかけた。


今日はたまたま彼女のクラスと席が隣で、しばらく彼女を見るチャンスに恵まれた。


館内は暖房と人の熱気で暑く、ワイシャツの下にも防寒シャツを着たことを後悔した。


隣の区画で生徒を座らせている彼女を眺めやった。若くて、平均的に見ても可愛らしい人が男子校で働いているなんて、側から見たら危険と思われるかもしれない。実際に、若い女性に対して色々言っている奴らがいないわけではない。


しかし、所詮男子。面倒を見てもらいたい幼さと、直接ちょっかいは出せない気持ち、そして案外そういう女性が担任だと、困らせたくないという心理が働くのか、比較的いい子にしている。


そんなことを考えていると、彼女が上の方から階段を下りてきて、俺の横へ来た。


「全員揃いましたか?うち、まだ3人来てないんです。」


「うちはあと1人ですかね・・・あ、今来た!揃いました、笑。」


「えー、どうしよう。今、何時?」


彼女は俺に時計を見せるよう、せがんだ。


時計は開演10分前を指していた。そのやりとりの間に2人来たが、残り1人はどうやらチケットを忘れたと連絡が入り、間に合うか怪しそうだった。


「もう、どうしよう。悪気はないけど、こういう時あたふたしちゃう子だからなあ。想像できちゃうのが、もう。」


彼女は眉毛を下げて、1回席を眺めた。俺もつられて、下に目をやった。


「平日だけど、結構入ってますね。」


「うん、私もそうだけど、クリスマスシーズンは演目も公演も多いし、やっぱ見たくなるからね。」


そう言う彼女の手元には、オペラグラスがあった。ミュージカルやバレエ、演劇など普段から見慣れてるらしい。


正直、俺はあまり興味がないが。


まだ下を見続ける彼女を眺めていると、生徒たちの声が耳に入ってくる。俺と彼女が話している様子を暇つぶしに見ている奴らが、よからぬ噂話で盛り上がっている。


彼女は全く気づいていない。だが、他の人たちからどう見えてるんだろうか。柔らかな劇場の照明にあたりながら、二回席の桟敷横に立ち、下を眺めながら話す男女。


席が隣だったら良かったのに。あいにく彼女と同じ列だが離れている。


結局、彼女の生徒もギリギリ間に合い、ブザーが鳴った。お互い自分の席に座り、照明が消え、幕が開き、しばらくすると明るい光がこちらまで届いた。


さっと左側に目を向けた。オペラグラスを持って、真剣に舞台を眺める横顔が見えた。


照明が暗くなった。はやる鼓動を抑えつつ、俺はもう一度前を向いた。

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オペラグラス・ラブ みなづきあまね @soranomame

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