俺と、もふらせない三毛猫と、無防備なJKの奇妙な三角関係 ~ 異世界転生しようとトラックに飛び込んだら、何故か猫とJKを助けてしまい、転生できませんでした ~
佐久間零式改
第1話 俺と猫とJKの出会いは突然に
終電って何だっけ?
会社を出ると夜が明けていた事に気づいて、俺は漠然とそう思った。
朝ぼらけを見て、俺は馬鹿みたいに口をぽかんと開けて、ぼうっとする。
俺がミスしたワケではないのに上司に散々怒鳴り散らされた挙げ句、俺が提出したワケじゃない書類の書き直しを命令されたので、仕方なくサービス残業して終わらせて会社を出たら、太陽が昇っていた。
終電って朝だったか?
いやいや、終電は夜だろう。
だから、今は始発か?
徹夜のせいもあるのか、考えが上手くまとまらなく、自分で自分に突っ込みを入れていた。
「……そうか」
俺は終電と始発の区別が付かないくらい脳がシッチャカメッチャカの状態にあるんだ。
ここ数ヶ月、上司や同僚の尻拭いを強制的にさせられて、終電を逃すことが多い。
気づいたら、今日のように始発の時間帯になっていることもあって、ほぼ徹夜な事が多くなり、身体と精神が限界に近い。
今日もまた一旦家に帰って、シャワーを浴びて、一睡もしないで再び出社するのだろう。
「早く帰らないと……」
俺は歩き出すも、足取りが重い。
何か重い荷物を運んでいるような重量感が肩に在るように錯覚する。
錯覚なのか?
本当に何か重い物が肩にのっかっているんじゃないか?
そう思って自分の目で確認しても何も乗っかってはいない。
「……しんどい」
俺はなんでこんなにも辛い思いをして歩かないといけないんだろう。
何か悪い事でもしたのかな?
だから俺はこんなにも気持ちが落ち込んで、ありもしない重みを身体で感じている。
すべて俺が仕事ができないのが悪いのか?
会社から徒歩五分にある最寄りの駅に着いた時には、全身から汗が滴り落ちるほど疲弊していた。
なんでこんなに?
そう思いながらも電車に乗る。
朝早いはずなのに満員電車で、俺は人の波に押し潰されそうになりながら自宅のある駅まで運ばれた。
電車から吐き出されるようにして駅のホームに降り立った時には、限界を感じていた。
「……帰りたい……帰りたい……帰りたい……帰りたい……帰りたい……帰りたい」
自宅までは駅から徒歩十分のところにあるのに、俺はそう呟きながら駅の改札を抜ける。
わずか一分が一時間にも一日にも思える。
駅を出ただけで変な汗が出て来た。
帰宅ってこんなにも疲労するものだったか?
徒歩十分が遠すぎる。
もう家に帰る気力がわかない。
なんだ?
俺はもう終わったのか?
終わってしまったのか?
程なくして到着した信号で俺は立ち止まる。
肩で息をしているし、汗が止めどなく流れてくる。
もう歩くのさえ厳しい。
身体が所々悲鳴を上げていて、もう自宅にさえ辿り着けそうもない。
車がこちらに向かってくる音が聞こえてきたので、俺は無意識のうちにその車を見た。
大型トラックだった。
俺は吸い込まれるようにそのトラックをじっと見つめる。
あのトラックにひかれたら、俺は異世界に転生できるかな?
異世界に転生できたら、帰宅するだけでこんなにも疲れる身体ともおさらばできるのかな?
今は異世界に転生するお話が溢れているんだし、いくつかは実体験に基づくものだろうし、俺もチャレンジしてみるか。
異世界転生って奴を。
もしできなくてもいい。
こんな疲労感から死ぬことで解放されるんだろうし……。
こちらへとそれなりの速度で向かってくるトラックに向かって発作的に一歩踏み出す。
そして、地面を蹴って勢いを付けて……。
これでいい。
これで俺は異世界に……。
「……?」
飛び出した瞬間、視界の隅に何かが飛び込んできた。
走る速度を上げつつも、視界の隅の違和感をちらりと見やる。
は?
はああ?
視界の隅にいたのは、一匹の三毛猫だった。
何の気なしに道路に飛び出してきて、そして、迫り来るトラックの存在にびっくりして動けなくなったのか、目を見開いた表情のままトラックを見つめている。
その三毛猫は腰が抜けて動けない。
そんな様子だ。
「馬鹿野郎!!」
俺はトラックに飛び込もうとしていた事を忘れて、その三毛猫に向かって速度を上げる。
俺はどうなったっていい。
しかし、猫が交通事故で死ぬのは許さん。
猫は至宝ぞ。
言い忘れていたけど、俺は猫好きだ。
休日を猫の動画鑑賞だけで過ごせるくらいの猫好きだ。
俺が助ける!
絶対に助ける!!
そして、俺こと
まだ動けない三毛猫に手が届く位置まで来た時には、トラックがもう目と鼻の先に迫っていた。
糞が!!
轢かせはせんぞ、轢かせはせんぞ!!
三毛猫に右手を伸ばして、その身体に触れる。
よし!!
三毛猫を優しく掴み、ぐっと引き寄せる。
猫ならば大暴れしそうなものなのに身じろぎもしないで大人しくしている。
命の炎をより燃やしながら、俺は加速する。
そうすれば、トラックから逃れられる……そう信じて。
「は?」
キッと顔を上げると、何故か目の前に顔面を蒼白にさせて驚いた表情をしている制服姿の女子が眼前にいた。
何故ここに制服姿の女子が?!
ワケが分からない。
だが、このまま立ち止まっていては、俺も猫もこの女子も全員トラックに轢かれてしまう。
「きゃっ?!」
俺は無我夢中でその女子の眼前まで迫り、偶然にも空いていた左手でその女子を抱き寄せる。
命の炎をさらに燃焼させて、もう一歩前に!!
俺はさらに前に出ようと飛んだ。
そして、猫と女子とを怪我させないように細心の注意を払ってかばうように背中で着地するように身体をひねりながら、歩道へと飛び込んだ。
ドンと背中に衝撃が走る。
痛いって!!
その痛みからなのか、意識が遠のき始める。
右側はもふもふしていて気持ちいいのに、左側はごつごつとしていて肌触りがいまいちだ。
ああああ、なんだろう、このもふもふ。
猫か。
猫のもふもふか。
このもふもふ感……至高……。
ああ、意識がとろけていく、この幸せ感と共に……。
猫っていいな。
なんで、こんなにもふもふしているんだろう。
ああ、いいよ、いいよ、猫。
もふもふしていて……。
ああ、心が奪われる。
このもふみは、俺の心を容赦なく奪う。
もふみを極めていると、なんだか眠くなって……
意識が……
「大丈夫ですか! 大丈夫ですか!!」
大丈夫だから……さ。
このもふもふさえあれば、大丈夫だから……。
「聞こえていますか? 私の声、聞こえていますか?」
聞こえている、聞こえている。
この猫の息づかいが聞こえているから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます