俺は悪だ。

紅狐(べにきつね)

俺の進む道は誰にも邪魔をさせない


 俺は悪(わる)だ。

はっきり言って、そんじょそこらの悪とはわけが違う。


 そう、俺は生まれつきの極悪非道、天然悪者だ。

周りからの評価もそうだろう。


 誰も俺を理解しない。

親も兄弟も学校の奴らも。

ま、俺には兄弟とかいないけどな。


 今日もだるい学校に行かなければならない。

めんどくさいが、高校位でないと親父にしばかれるからな。


 俺は、いやいや学ランの袖を通す。

もちろん、ワイシャツは着ない。Tシャツ一枚に学ラン。

そして、背中に書かれた『喧嘩極楽』の文字が今日も光っている。


 学校に向かい歩いていく。

横断歩道、信号は点滅から赤になりそうだ。


 俺は悪だ。

この状況でも臆することなく、進んでいく。

途中、信号は赤に。


――パァァァンン!


「オラァ! 信号赤だぞ!」


 トラックの運転手が俺に怒鳴ってきやがった。


「うるせぇぇぇ! 俺が通っているんだ、大人しく待ちやがれ!」


 俺の表情は犬も逃げ出す怖さ。

この目つきの悪いのは父親譲りだ。


「お、おぉぅ。わ、悪かったな。早く渡ってくれ。こっちも仕事なんだよ」


 窓を閉めたオヤジ。弱いくせに声ばっかり出しやがる。

俺のせいで渋滞? そんな事は知らん。

ここは、俺が通る道。邪魔をさせる訳にはいかない。


 横断歩道を通り、俺の後ろで車が行き来する。

朝から悪をしてしまった。今日もいい朝だな。


 俺を指さす女子高生。

出勤前のOLに小学生の餓鬼ども。

そしてひそひそ何か話していやがる。


 俺は悪だ。

せいぜいコソコソしていな。


 俺はペタンこな通学バックを肩に、学校に向かう。



――


「ねぇねぇ、あの人見た?」

「見た見た! 横断歩道を渡っているおばーちゃんの為に、ギリギリで渡って来た人でしょ!」

「そうそう! しかも怒鳴ってきた運ちゃんに対してもあの態度! いけてるよね!」

「わかるー、ちょーしぶいし!」

「おばーちゃんの為に体はってるー」


――


 俺は悪だ。

抜き打ちでテストがあるだって?

ふん、そんなテスト白紙で出しても問題ないだろ?


「よーし、初め! カンニングるすなよー」


 俺は悪だ。カンニングなんて朝飯前。

おっと、いまは昼飯前だったな。


 何だ、それなりに書いているじゃないか。

こいつ、普段から勉強しているのか?


「こらぁぁぁ! お前、今隣の奴の回答見ただろ! カンニングしたな!」


「うるせーな、してねーよ! ほら、答案用紙真っ白だろ!」


「そ、そうか……。それなら、いいか……。いや、白紙は良くないだろ! 白紙だからカンニングしたんだな!」


「うっせーなー、してねーよ!」


 教壇に移動する先生。


「今日のテストは無しだ! カンニングの可能性がある! お前一人の為に一時間無駄になった、あとで反省文だ!」


「うっせーよ、そんなに騒ぐな。書くよ、書きゃいんだろ?」


 先生はプルプルしている。

あ、顔がタコみたいだ。


「放課後、生徒指導室に来い!」


 またかよ。

毎回、毎回ご苦労なこった。


――


 テストなんて聞いてない。

今度赤点とったら、塾確定になってしまう。

塾は嫌だ、行きたくない。


 やるしか、無いのか……。

僕は引き出しにこっそりとカンニングペーパーを準備する。

多分、この辺が出るだろう。


 ……いける。多分赤点は免れる。多分だけど。

残り時間は少ない。もう少し、このノートが見れれば……。


「こらぁぁぁ! お前、今隣の奴の回答見ただろ! カンニングしたな!」


 のぅぁぁぁぁ! ば、ばれた! やばい!


「うるせーな、してねーよ! ほら、答案用紙真っ白だろ!」


 隣のやつの事か。

ビックリしたな! 僕の事かと思ったじゃないか!


「今日のテストは無しだ! カンニングの可能性がある! お前、一人の為に一時間無駄になった、あとで反省文だ!」


 良かった、テストが無くなった。

これで、赤点とる事もないし、塾に行かなくて済む。

……本当にそれでいいのか?


 隣の不良は僕の代わりに見つかってくれたんじゃ?

もしかしたら、僕にもっとしっかりしろって、メッセージを送ってくれたんじゃ!

その体を張ってまで!


 ありがとう。

不良だと思って関わらないで来たけど、僕は君の事を理解するよ。

僕は、頑張って勉強する。ありがとう!



――


 学校帰り、ふと気になり視線を向ける。

男が女に対して壁ドンしていやがる。


「してほしかったんだろ?」


「……」


 女はまんざらでもなさそう。

肩を震わせ、壁ドンしている男を見つめている。


 むかつくな。


 俺は悪だ。

俺はわざと男にぶつかるように歩き、肩をぶつけた。


「おっと、失礼」


 男が謝ってきた。

ぶつかったのは俺の方なのにだ。


「なにしてくれてんだ? 今、肩ぶつかったよな?」


「え? でも、君が……」


「女連れだからっていい気になってんのか? ん? おい、ちょっとこっちにこいや」


 イライラするから因縁をつけよう。

道端で壁ドンしているこいつが悪い。


「い、いや、その……」


「早く来いよ。なんだ? それとも逃げるのか?」


 男は何も言わずに女を置いて逃げて行った。

っち、何だよ。


 俺はイライラをそのままにその場を去っていく。


――


「あの、やめて下さい! 困ります!」


「いいじゃん、いいじゃん。すぐそこだからさ」


「私、待ち合わせしているんです!」


「大丈夫だって、すぐに終わるから。ほんの少しだからさー」


 誰か、助けて! この人怖いよ、なんで誰も助けてくれないの!


「なにしてくれてんだ? 今、肩ぶつかったよな?」


 誰? でも、助かった!

そして逃げいて行くナンパ野郎。


 助けてくれた人はちょっと言葉使いが悪いけど、私の王子様。

助けてくれてありがとう!


 あ、なんで何も言わずに去っていくの?

もっと、お礼がしたいのに!


――


 急に雨が降ってきやがった。

おっと、傘が落ちているな。


 俺は悪だ。

 落ちている傘は、誰のものでもない。

ようは、俺の物だ。


 傘を開き使う。っち、穴があいていやがる。

まぁ、拾った傘だから贅沢は言わない。


 ん? 何だあのダンボール。

箱の外側に『拾ってください。名前はタマです』


 捨て猫か。

箱の中に布っきれ一枚。

包まっていやがる。


 お前も捨てられたのか?

一人なのか? 俺と同じだな。

こんな雨の中、捨てられちまうなんて、ついていないなお前も。


「傘、欲しいのか? そうか、欲しいのか。ただではやらん。そうだな『ワン』と鳴いてみろよ。そしたらこの傘をやろう」


 俺は悪だ。

捨て猫に対して『ワンと鳴け』。

無理だろ? 無理だよな?

傘はこのまま俺が持って行こう。


「ワン!」


 そ、そんな馬鹿な。

俺はゆっくりと布をひろ広げてみる。


 犬じゃねーかよ。

誰だよ、タマなんて名前付けたの。


 俺は悪だ。

悪だが、約束を破るわけにはいかない。

俺のポリシーだ。


「ほら、やるよ。いい人に拾ってもらいな」


 傘を犬に、俺は濡れながら帰る。


――


「ねー、見た?」

「何を?」

「あそこの学ラン」

「何かあったの?」

「今さ、分別されて無かった傘をゴミ捨て場から持って行ったのよ」

「あー、あそこね。良くゴミが散乱している所ね」

「持ち去りはダメなんだけどさ、その傘どうしたと思う?」

「不良でしょ? そのまま差して帰ったんじゃない?」

「ぶっぶー! 捨てられた子犬にあげていきました!」

「ほんと?」

「まじまじ。ほら、あそこの段ボール」

「まじ感激ー。いまどきそんな奴いるんだ」

「とりあえず、やっとく?」

「やっておこうか?」


「バズった」

「おぉー。子犬効果かな?」

「分からない。イイネがすごい数」

「あ、その学ランを特定しろってリプきてるー」

「まずくね?」

「別にいいっしょ。特定されないって」

「だよねー」

「あんな彼氏欲しいなー」

「無理無理。あんな硬派な彼にはしっかりした彼女いるって」

「だよねー。その彼女うらやまし―」

「あんたももっと清楚系になったら?」

「無理っしょ」

――


 俺は悪だ。

俺の道は黒い。そして、明るくもならない。


 俺は俺の道を行く。

その道は、誰にも邪魔はさせない。

共に歩く者もいない。孤独な道だ。


――

「でも、彼の事もっと知りたいよね」

「だよねー。いっちゃう?」

「いきますか?」

「行ってくる! じゃ、また後でね」

「成功を祈る!」


――

「ねぇー! ちょっと! 私の傘に入らない?」


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俺は悪だ。 紅狐(べにきつね) @Deep_redfox

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