第60話 雪が降った日

 リオの1週間は、家庭教師のメイリンと共に、試験対策、ダンス、貴族のしきたり、貴族のマナー、三カ国の歴史、文学・絵画・造形等芸術センスを磨く、というものである。

 試験対策、これは当たり前。ダンス、貴族のマナー、習得必須なのも分かる。

 次、三カ国の歴史、これがまぁ全く頭に入らない。こんなに興味のないことは頭に入らないものかと、自分自身に感心するほどだ。


 それでも、自分と関わった国の主要人物は覚えておこうと思う。

 まずラーンクラン国。リオの出身地。国王は、ティアマト・ロン・カーサル。第一王妃ミーナ第二王妃サラヴァンディ。子はライオネル、ジークハイト、シリウスがいる。しかし、今は同盟破棄問題からライオネルが失墜して、ジークハイト、シリウス、ライオネルが正しい継承順位らしい。


 次、エルレティノ国は、国王オーラマグナ・エル・レイ・ラソナブレ。第一王妃ローズと第二王妃カーラ。子は、ハインリ、マグダナ、エルヴァイン。マグダナは皇女なので、継承順位はハインリ、エルヴァイン、マグダナ。


 なかなか、カタカナ名ばかりは目がチカチカする。いや、実際はキリル文字、ロシア語的な感じなんだけど。

 リオはしょぼしょぼしてきた目を何とか開きながら、歴史書を読み解く。


 同盟破棄は有名な歴史問題と、確かエヴァも言っていたな…と思いを馳せる。あの時借りた本にも載っていたはずだ。と、いうことはあの本は、11年前くらいに書かれたものだということ。


 あの本と言うのは、エヴァが選んでくれた本と一緒に借りた本で『伯爵家令嬢なんだけど、訳あって男装医師なんです!』という題名だ。


 その本の感想文について。

 ラウスとライアは双子の男女。ライアが女性の主人公だ。

 ラウスは医師として都市の役所に勤めている。一方ライアは医師の資格はあるものの、女性ということで、家にいた。要するに家事手伝い。

 ある日、ラウスは婚約者を決められたのが嫌で、家をこっそり抜け出した。

 それから家族のお願いで、ラウスの仕事をうめるために、ライアは男装することになる。

 元々男性にしては華奢だったラウス、女性にしては逞しかったライア、ぎこちなく男装は定着して行く。

 ライアは医師友達、つまり兄友に恋をする。それを悩んでいた時に、たまたま隣国から留学生として来ていた薬師ミミに男装が見つかる。ミミは変わった人間で、男装に笑い、なにかと手を差し伸べてくれた。

 ライアは女性として、兄友に告白するチャンスをミミに作ってもらい、すんなりではなかったが成立する。

 そして、ミミに恋する男性もいた。オルフェンはミミにかなり分かりやすくアタックする。だが、彼女は首を縦に振らない。

 オルフェンから相談を受けライアはミミに、これ以上の良い縁談はないということを説得する。

 かくしてミミはオルフェンの家へ嫁がことになった。

 しかし、その時同盟破棄問題が勃発。ミミの実家は第一王子派閥の煽りで取り潰しとなる。それに合わせて、ミミは嫁ぎ先で居場所がなくなるのだった。

 その時逃げ出す手引きをしたのがライア。しばらくライアの別荘に匿うが、そこでミミが妊娠していることを知る。

 ライアは医師だ。ミミに別荘で出産することを提案し、無事女の子を出産。だが、オルフェンにその場所が見つかりかけると、ミミは赤ちゃんと共に姿を消したのだった。

 本の最後にはこう書かれていた。

 もし、この本を読んで心当たりのある方はわたしに連絡ください。彼女の身を案じています、と。

 しかし、連絡先はなく、なにかの暗号…もしくは、ここまでが物語なのかな?とリオは考えた。


 ライアと兄友は何となく良い雰囲気の夫婦だけど、ミミとオルフェンはこりゃオルフェンの一方通行だな、というのが感想。しかし、ミミはこの後どうなったのか、結構オルフェン家でいじめられていたけど…。

 図書館へ本を返却しに行った時、二巻目があるかと探したけどなかったから、読み切りだったようだ。

 

 小説にも載るくらい、同盟破棄問題は根深いことがわかる。それはこの三カ国が一つの王位継承から分離して土地を任されたものであり、血を分けた者たちが戦争をするなどあってはならないことだったからだ。


 と、いうのがこの三カ国の基本的考え方なんだけど、日本史にしたって世界史にしたって、そんなに甘くはない。血を分けた兄弟で殺し合いはあるものよ…。

 フッとリオは格好をつけて笑った。


「なにわらったのー?」

 ミリィがリオの顔を覗き込んだ。

「知らない事がたくさんあるから、がんばろうって思ったのよ」

「ふーん、がんばる?」

「はい、がんばります」

 ミリィは興味が無くなったのか、ふーんと言いながら窓の前に立った。

「おねえさま、ゆきー!」

「わぁ!とうとう降って来ましたね!」

 この世界で初めて見る雪…。

 とても白くて綺麗。王都から遠くへ来たのだなと実感する。


 他の子供たちも窓に駆け寄り、わいわい嬉しそうに声を上げた。

「わぁーい、ゆきだ!ゆきだー!」

 天使のようなクリクリ頭の小さい子たちが、輪になってぴょんぴょん飛び跳ねた。可愛い、物凄く癒される…。少し、ホームシックになりかけてたけど、イマール家に来てよかった。


 イマール家の人々はリオに興味ない人はほとんど関わらず、逆に興味ある人はとことん親切にしてくれた。それが大変ありがたい。


「なんだよまた、ニヤニヤしてんかよ」

「ニヤニヤしっぱなしだなぁ、おい」

 この口の悪い2人は双子のケニーとサントス。リオと同じ歳だ。

「うん、みんな可愛いから」

「まぁな、俺らの弟達だし」

「だな」

 2人がリオを挟んでソファーに座る。

「何、2人とも」

「訓練」

「そうそう」

 何、訓練って。リオは首を傾げる。2人はおかしそうに笑った。

「女の子に慣れる訓練」

 そう言ってゲラゲラ笑う。この2人は良く笑い合っている、楽しい双子だ。よく周りを見ているし、特に面白い事には目鼻がよく効く。


 そのことを発見したのは、ある日の昼食で、お父様であるダルトンの鼻の下の髭が一部だけ違う方向に向いていたことからだった。


 何、寝癖?鼻の下の毛が?


 それからお父様の髭が気になって可笑しくて、リオはなるべくそちらの方を見ないようにしているのに、そういう時に限って質問が飛んでくる。

「どうだ、慣れたか」

「勉強は進んでるか」

 真面目な質問であればある程面白い。

 リオは顔を真っ赤にして俯いていたと思う。双子はそれを一部始終、見ていたのだ。リオがこっそり笑う姿を。


 リオを笑わす犯人探し。双子はそんな遊び気分でキョロキョロし出した。

 双子の昼食の席はリオと向かい合い。リオの視線を辿り、ようやくその結論に辿り着いた。

「おい、あれ、見てみ」

「ぶはは、あれか!」

「ナイス、リオ!」

 息するたびにダルトンの髭がぴょんぴょん揺れる。

「「ぶはははははは」」

 2人はゲラゲラ笑い出し、ディアナに怒られる。怒られている間も、ダルトンの鼻息が荒くなるので、鼻髭がビョンビョンする。

「「うははははは」」

 ユーリ、ジェイ、ミリィは「?」という顔で2人を見る。ジョバンニに至っては、いつものことなので無視だ。

 

 結局怒られたり呆れられたりする2人だが、良い点はその観察眼だと思う。その2人が女の子に慣れようというのだ。どこかから縁談が持ち上がったのかも知れない。

「妹に慣れても意味はないのでは?」

「いいや、俺達は思ってねぇから」

「そうそう、新しく出来た友達だぜ。鼻毛を見た仲じゃねぇか」

 そう言って、鼻毛という部分で笑う。

「あれは…」

「鼻髭なんだろ?知ってる知ってる」

「あの堅物親父が面白いことをしたんだ、乗っかろうぜ〜、リオちゃーん」

 2人がサッとリオを挟んで肩を組む。キャバクラじゃないんだから。

 本当に悪い事に巻き込む時だけは、ちゃん付けなんだから。

「もう、充分慣れてるじゃない!」

「「わはははは」」

 意地悪く言っても、可笑しそうに笑う。本当、いい性格してるよね。


 リオは立ち上がって窓の近くに寄った。今日はユーリの木の上のお家が頑丈に出来ているかの試験のはず。

 どんな試験か分からないけど、せっかく作ったんだもの、潰されなければ良いなと祈った。

 

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