第39話 沼の水全部抜く

「えー、本日はよく晴れて、水温も高く、絶好の沼の水抜き日和です!今までの調整、周囲の鉄柵、ご苦労様でした!今日は団員、一団30名、二団20名、三団20名、見習50名の120名を持って作業にあたります。みなさん、気合いを入れて、まずは沼の水、えー、これを抜くこと!出てきた沼地に潜む魔物、魔獣、あるいは宝石のような石!それらをすべて捕獲するように!また、怪我のないように、万物の神の祝福がありますように!なるべく一日で終わらせますように!そして、ここは他国領でもありまして、これから諸注意を申し上げます。えー、まず初めに…」


 夜が明けきらぬ早朝、寮の入口でマイヤーに待ち伏せされ、移転魔術とやらでドアを潜り抜け、あれよあれよという間に、瞬時に沼地入り口に連れて来られた。

 着くやいなや、どこぞの侍女たちに「ささ、リオ様、こちらへ」

 と、桃色の胴付き長靴に着替えさせられる。


 その後、知らない騎士団員に、

「はい、ここにいて」

 と言われ、現在、教壇のようなところの真ん前に並ばされているのだ。


 今、行われているのは、運動会前の校長先生のありがたい挨拶のようなもので、整列してそれを聞かされている状態なのである。


 右斜め後ろを振り返ると、リンクが居てホッとした。

 だが、彼は参観日の母親のように、

『振りかえっちゃダメよ!ちゃんと先生の言うこと聞きなさい!お母さんの方、向かなくて良いから!』

 と、キリリと睨んでから目を閉じて小さく首振って合図した。


 …一体、何なのだ。


 ここ、沼地は紫の煙で薄ら澱んでおり、どう見ても毒で呪われているように見えるのだが、母親のような態度を見せたリンクはどう思っているのだろうか。

 彼も見えているはずだろうに、体育会系特有のど根性とやらで何とかなっているのだろうか。


 左後ろを見ると遠目にルーカスが立っていた。キラキラ王子風の男子が緑色の胴付き長靴を着ていると、無理して田舎の子になろうとしているような不思議な空気が漂っている。

 彼には明らかに見えているのだろう、うつむき加減だが顔面蒼白であった。

このまま倒れたら、

『せんせー!ルーカス君が倒れた!』

 と、いう校長の挨拶長過ぎ貧血案件になりそうな顔色だ。


 変な妄想をしていたら、美しい人が壇上に上がる。よく見れば、マイヤーだった。

 白衣を着ていないマイヤーをまじまじと見るのは初めてかも。もちろん胴付き長靴は着ていない。

「今、騎士団総監督から挨拶がありましたように、バケツリレー方式で沼地をさらいます。途中からは水系が水流噴出で押し流すので、そこまで運ぶように。魔獣が出た場合は土系で固め、火系で土を焼くように。必ず一度捕らえること。石はバケツに集め、水系で洗い流し、キャンプ地へ持ち込むように。それらは闇系の鑑定をします。具合の悪くなったものは救護用テントへ。担当医はニール。ではよろしく、以上」

「各自持ち場へ、解散!」

 騎士団総監督の声が高らかに響く。

 ウォォォーと気合の拳が上がり、全員一気に動き始める。


 持ち場とは…?


 リオは先頭にいるので誰にもついて行くわけにも行かず、後ろを振り返る。

 離れた真後ろにジェリスがいて、思わず駆け寄った。

「ジェリスさん!」

「あら、リオちゃーん、久しぶりー!桃色のツナギなのね、可愛らしい」

「お久しぶりです。そしてありがとうございます。ジェリスさんも…」

 ジェリスもクリーム色の胴付き長靴から胸がはち切れんばかりに飛び出てて、妙に色っぽいのだが、それをどう褒めたら良いことやら。

 あなたがこの世界の不二子ちゃんか。


「私はどこへ行けばいいんでしょう」

 持ち場はどこだ…。

 とりあえずジェリスに聞いてみるが「ごめんね知らなーい」と答えられる。

 ええ、報告の仕事とハンバーグの事以外、ずっとそんな感じでしたよね。


 所在がないので、周辺で移動している人の後へ続いて行った。


 どうやら沼地の中に入るバケツリレー要員のようだ。

 名も知らぬお兄さん方の間に入る。

 3人とも珍しい青い髪の毛で体格が良い。同じ顔して元気な声で挨拶をかわす。

「宜しく!ちびっ子!」

「よろしく!頑張ろうな!」

「ヨロシクな!」

 そんな挨拶を交わしていると、中心の方からバケツがやってきた。


 木のバケツキター!


 少しテンションが上がる!


 が、上がったのはこの時だけで、ものすごく重い。

「ホイ、ホイ、ホイ、ホイ、ホイ…」

 低めの声でホイホイ言いながらバケツを渡して行く。それがバケツリレー。

「ホイ、ア、ホイ、ア、ホイ、ア…」

「あー、ホイノホイノホイ、ホンデホイノホイノホイ…」


 なに、この重いホイホイ地獄。

 ひたすらホイのホイのホイ。

 小説の蟹工船を思い出すわ…。


 もう、腕が抜けそう…そう思った時、驚いた顔のリンクが駆け寄ってくる。

「リオちゃん、何してるの?!」

 見りゃ分かるでしょ、蟹…じゃなくてホイホイ地獄。

「イーヴァル兄弟、ちょっとごめんね、この子抜けるから」

 スポッと沼地から野菜を抜くように持ち上げられる。え、そういう抜けるという意味?

 お兄さん達は「うりぃー!」とリンクに返事した。


「リオちゃんは煙を見る係だよ、俺の首に手を回してね」

「!?」

 驚いて見上げると、そっぽを向く。

「…その、ちょっと急いでる…」

 はい。言われるがまま、リンクの首に手を回すと、両足を抱えてお姫様抱っこされる。

「わっ!あの?」

 ものすごく顔が近い!

「テントまで我慢してね、マイヤー先生が呼んでて」

「ホイ」

 あ、やばい、さっきのホイが抜けてない。リンクはリオの返事に堪えきれず、あははと笑った。


 泥の重みもあっただろうから。

「すみません、重くて」

 最後キュッと抱きしめられてから降ろされる。え、今体重確認した?

「いや?フワフワしてて軽かったよ!」

 青年期独特の爽やかな笑顔。この笑顔…絵を描くのが嫌で、逃げて怒られていた人間と同一人物とは思えまいて。


「あのテントだよ!」

 リンクはテントを指す。

 が、リオはテントよりも何か突き刺さるような悪寒を感じた。

「!!」

 視線?!テントの奥?

 一瞬、レーザー光線のような視線が視界に入る。


 視線の元を探る。あそこか!

 テントの少し奥にステージ台を見つけた。そこに豪華な椅子が並べられている。

 いわゆる来賓席なのか、行き交う人々の着ている服も豪華そうである。沼地に場違いと言っても良い。


 その中の1人、赤いドレスの女の子。

 金髪、縦ロール。いや、この業界ではドリルって言うのか。

 単眼望遠鏡の支えを、手袋ではめた両手で上品に持ち、こちらを見てニヤリと笑っているように見えた。


 思わず二度見する。


 あの人、この前のお蝶のご夫人では、あるまいか?!

 この世界はスマホとかテレビとかないから、やたらリオの目は良いのですよ。


 でもよく考えれば、ここはラーンクラン国。しかもこの土地は、公爵家所有なので監視目的で来ていてもおかしくはない。


 いつから見られていたのか、なんだかずっと見られていたような気がして鳥肌が立った。

 いや、それは少し自惚れかも知れないと気持ちを立て直す。

 たまたま見ている方向が一緒だ。リオばかりを見ている暇人ではないだろう…。

 ということで、リンクに案内されるまま軍用20人収容の円形型モスグリーン、モンゴルパオ風のテントに入った。

 

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