第23話 お蝶のご夫人の襲来

 マイヤーの部屋は王宮内の一角にあった。何故なら彼女は公爵ご令嬢であり、研究者としても優秀であり、教務も受け持っている。さらに付け加えると、美人でスタイル良くて、自立していて、まさにこの時代においてのスーパーガール。胸を張って王家へ嫁げる人だ。


 凄い人と出会ったものだ。その一言に尽きる。


 エントランスの高い天井には、レオナルド・ダ・ビンチが描いたような空と裸婦と天使の絵、金の装飾が廊下の白い壁を彩る。上空には天使の彫刻が彫られており、いつか動くのではないかと思うほどの精巧さである。


 正面に二股に別れた3メートル幅はあろうかという大理石の階段。ゆっくり上がると、二階は赤い絨毯で敷き詰められた回廊になっていた。

 左右どちらかに進んでもマイヤーの部屋にたどり着いたはずなのに、リンクとルーカスは左を、リオは右をチョイスしてしまった。

 その結果、豪華な一団とすれ違うこととなる。


 リオはジェリスに言われたことを思い出していた。位の高い人が通るかも知れないから、端を歩けと。


『あんた、端っこ歩きなさいよ』

 何かのCMの、まさか本当にこの状況の、言われる方になるとは思ってもみなかった。


 相当位の高い貴族なのだろう、ふわふわの扇子を口に当ててやってくる。黒服の執事を筆頭にゾロゾロと4人の侍女も率いていた。


 言われた通り、そっと壁の花瓶の影に隠れ、文字通り壁の花と化す。


 下を向き、目を合わせないようにする。リオは必殺仕事人侍女に選んでもらった白い靴に付いている、黄色いリボンを見ていた。


 早く通り過ぎないかなぁ。


「ん?…んん?」

 近くで声がした。

 え、何。怖い。


 もしかして目の前で立ち止まってる?


 目を伏せたリオには見えないが気配でわかる。匂いも香る。なんかフローラルの匂い。


「ん?」

 少しずつ、近づいてくる。

「んん?」


 見つかっていると思うけど、見つかりませんように…!


 そんな変な願いに突然、中国の死体妖怪キョ⚪︎シーを思い出す。あれは息を止めてたら、見つかってても見つかってない。

 思わずいっぱいに息を吸い込んで止める。


 こんなに怖い、「ん?」ってある?


「あ、あなた!!!!」

 びっくりして息を止めたまま、顔を上げてしまう。

「やっぱり!!!!」


 そこには、真っ赤なドレスを着た少女がパタリ⚪︎のような口をして立っていた。

 髪は金色、縦ロールの髪の毛はグルングルン。あ、この業界ではドリルって言うんだっけ。

 良く見ると長い睫毛がすごく上を向いてる。そして、気の強そうな凛々しい眉毛。


 あ、この顔!ピンと来た!


 テニスの授業でラケットを持ったら必ず1人はやってしまう、お蝶のご夫人に似てる!高校生なのに、ご夫人て。


 パタリ⚪︎のような口のお蝶のご夫人と、花瓶に隠れた息を止めて真っ赤になった変顔の女の子。

 変顔で見つめ合う2人を周囲から見たら、なんと思うのだろうか。


「あなた!!名前は!」

 ズバリそうでしょう!とばかりにビシッと扇子の先でリオを指す。


 聞かれたら答えなければならないのが、この戦国時代ルール。

「リオに…、ございます」

「やっぱ…!!いえ、そうなのね?!」

 

 そう言いきった後、お蝶のご夫人は扇子と反対の手で口を押さえて、暫くフリーズ。


 お蝶のご夫人が動くまで、かなりの時間を要した。


「あれ?リオちゃん?」

 反対側、お蝶のご夫人の後ろの角から、なぜかルーカスがキラキラとした笑顔で現れる。

 お蝶のご夫人は、一瞬ギョッとルーカスを目視し小さく呟いた。


「ええっ?ルー??そうなの?!」

 再びクルッとこちらを向き、ビシッと扇子の先を向ける。

「そうなの?あ、あなた!すでに選んでいるの??」

 何を選んだというのだろうか。

 しかし困ったことに、聞かれたら戦国時代ルール適用。逆質問不可。


「拙者は…、分かりませぬ」

「せ、せっしゃ??…あ!そうか、まだオープニ…前だから…え?でも…」


 ああ、人間ってこんなに目を見開くんだな、と思うくらい大きい瞳で見つめられる。睫毛の長さもあって、顔の半分以上が目じゃないかな?と思うくらい。


 この世界は漫画だから、そういうものなのか!!?


 お蝶のご夫人も、何かを必死に考えているのか、扇子の先をリオに指したままフリーズしているので、動けない。


「ちょっと待って、そんなこと…?!」

 扇子を下げ、パンッと開き口を隠したまま下を向き、何かを必死に考えてる。

「もしかして、そうか…ジャで…は男?!」

 独り言なのか?自分に言われているようだが、これはどうなの?


 リオは相当困っていた。これではマイヤーの部屋へ解放されるまで辿り着けない。


 すると、そこへお蝶のご夫人の後ろの角から、再びルーカスがやって来た。


 マイヤーを連れている。

 ナイス、ルーカス!


「エスメラルダ公爵家アリア様、ご機嫌麗しく存じます。また、この度はソール村沼地の件にご配慮頂きありがたく存じます」


 お蝶のご夫人はハッと顔を上げ、優雅に微笑む。

「これは…ミルウォーク公爵家マイヤー様、ご無沙汰しております。沼地の件につきましては同盟国が一刻を争う課題ですもの、配慮など…特に今回は境目とはいえ、わたくしの国ですもの、当然のことをしたまでですわ」


 目の前で繰り広げられているのは、ご令嬢の仮面を被った恐竜vs恐竜。クワバラクワバラ。


「本日、これより催し物を開催致します。是非お越し下さいませ」

 お互いの、にこやかな笑顔って怖い。


「お招き頂き、ありがとうございます。しかし、これより夜会がございますゆえ、またの機会にお時間を頂ければと存じます。ラーンクラン国へ来られた際には是非、我が家へお立ち寄りくださいませ。薔薇の咲き誇る庭園をご案内しますわ。…では、ご機嫌よう」

 見事なカーテシーをして、階段を降りて行った。


「失礼いたします」

 執事が恭しくマイヤーに頭を下げ、お蝶のご夫人に続いた。


「大丈夫だった?」

 ルーカスが心配そうに首を傾げた。

「ありがとうございました。マイヤー先生を呼びに行ってくださったのですね、生きた心地がしなかったです」


 なかなか一歩踏み出せなかったリオはルーカスに手を引かれ、マイヤーにも丁寧にお礼を言った。

「エスメラルダ公爵家と知り合いなの?」

「いいえ、全く。話しかけられて驚きました」

 あのような場で話しかけられる事はないようで、マイヤーも、とても驚いたとの事だった。


 その後、マイヤーの部屋で美味しい料理を食べ、リンクとルーカスに寮まで送ってもらい、部屋に辿り着き、燭台に火を灯し、シャワーを浴びて寝たはずなのだが、起きた時には、お蝶のご夫人の出来事以降の記憶がすっかり抜け落ちていたのだった。





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