無生物への共感と消えたぬいぐるみ

第41話 物への愛着

 人間は不思議な生き物で、たとえそれが魂のない無生物であっても身近でずっとそばにあるものだと愛着を持つものなのだという。


 例えば僕の隣にいる黒髪で色白の少女、星原咲夜。


 小説家志望の彼女はいつもカバンの中にアイディアノートを持ち歩き、思いついたことや小説の構想をメモしているのだそうだ。彼女曰く「携帯電話のメモ帳で打鍵するよりも、ノートに書きこんだ方が頭に浮かんだ発想がより明確な形になって残りそうな気がする」とのことである。


 彼女にとって自分の着想を詰めこんだそのノートはかけがえのない相棒のようなものなのかもしれない。


 だからその日、僕らがいつものように放課後に校内の空き部屋で勉強会をしている時にも当然彼女はそのノートを持っていた。


「……今日は何から始める?」


 ペンケースと問題集をテーブルの上に並べながら僕は尋ねる。


「そうね、昨日が数学だったから今日は英語にしましょうか」


 彼女がそう応えながら参考書をカバンから引っ張り出そうとしたとき「ズルリ」と勢い余って一冊のノートが引っ張り出された。


「大丈夫か? 拾うよ」

「あ、ええ。……ありがとう」


 そのノートこそ僕も何度か見たことのある彼女のアイディアノートであり、たまたまページの一部が見えるように広げられた形で床に落ちていた。


 そして、拾おうとした僕の目に意図せずその内容が飛び込んでくる。


 小さく『私はただいつも見守るだけ』と注釈された文章の列の内容はこうだ。


『かたくなで冷え切ったあの子を』

『君はそっと招き入れて』

『静かにあたためているの』

『私はそれをガラス越しに触れることもできず』

『見守ることしかできなくて』

『ただ、ずっと待ち続ける』

 

 何とも切なげな散文詩に僕は一瞬魅入られた。察するに意中の男子が他の女子に優しくしている様子にやりきれない思いを抱えている少女の心情を描いているのだろうか。


「星原は詩も書くんだな。知らなかった」

「え? ああ、それ。見ちゃったの」


 彼女は軽く眉をしかめながら頭を掻いていた。


「恥ずかしがることないだろう。短いけれど綺麗で抒情的でロマンチックな詩じゃないか」

「あのう。言いづらいんだけど、それ冷凍食品の肉まんを電子レンジで温めている時に思いついたの」


『冷え切ったあの子を』『招き入れて』『あたため』『ガラス越しに』『見守る』


 ああ、単に食欲旺盛な女子が冷凍食品が温まるのを待ちきれないだけのポエムだったか。


「寒い冬に家に帰ってきたときにすぐ温かいものを食べさせてくれる電子レンジの頼もしさを表現したくて」

「うん。まあ気持ちはわかるよ。それに物である電子レンジを別の目線で表現するのも斬新と言えば斬新だ。……そういえば、こういう道具に対する感情移入的なものは日本特有なのかな」

「ああ、アニミズムというやつね。それ自体は世界各地で見られると思うけど。ただ、身近に今でも息づいている国という意味では日本がそれに当てはまるかもしれないわね。物をずっと使っていると付喪神になるとか古くなった人形を供養するとかね」

「物に対して感情移入する、か」


 その話でふと僕は最近巻き込まれたある一件を思い出した。


「そういえば、星原は……一年生で噂になっている、ある『ぬいぐるみ』の話を聞いたことがあるか?」

「え、何? 何の話?」

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