第37話 部活の創立者

 終業のチャイムが寒々とした校庭に響いた。


 翌日の放課後である。


 僕は二人の少女に挟まれるように本校舎の渡り廊下を歩いていた。


「別に星原は付き合わなくても良かったんだぞ?」

「だって、もしかしたら非合法な活動をしている集団と関わるかもしれないのよ? あなただけでは心配だわ」


 つややかな黒髪の少女は僕の少し後ろを歩きながら言い返した。


 一方、少し先を歩いていた虹村は振り返りつつ尋ねる。


「月ノ下くん。言われた通り雑草研究部の生田さんに声は掛けてあるけれど。なにか判断の材料になるものが見つかったってこと?」


 僕らは雑草研究部に今回の一件について話をするべく、話をするためにプレハブ小屋に向かっているところだった。


「ああ。化学部が何を隠しているのかはわからないが、部室の移転についてはどうにか決着を着けられると思う」

「……それは良かったけれど。一体どんな方法を使うつもり?」

「なに、単に二つの部が言い争う根拠が無意味なものだとわかってもらうだけだ」

「それって、昨日月ノ下くんがクラス委員会の資料を調べてきたことに関係しているの?」

「そうだ。僕の考えが正しければ、それぞれの部活は創立当時に密接な関係があったと思うんだ。そのことを説明してみる」


 僕がそう呟いたところで、プレハブ小屋の入り口が見えてくる。


 先を歩いていた虹村がノックをして「クラス委員会です」と声をかけて扉を開けた。





 プレハブ小屋の中は以前と変わらず、作業台が置かれ、周りの棚には標本が並べられている。


 部屋の中では生田さんと鶴川さんたち、雑草研究部員が僕らのために待機していた。


 相も変わらず落ち着いた雰囲気の生田さんが部屋に入ってきた僕らを見てお辞儀をすると、早々に口火を切る。


「それで、結局うちの方に使用権があることになったんでしょうか?」

「そのことについてなんだけど、……まず、伝えておかないといけないことがあるんだ。双方の部活創立時のこの部室の使用申請のことだ」

「使用申請?」


 鶴川さんも興味深げに顔を向けてきた。


 僕はコホンと咳払いをしてその場にいる全員に呼びかける。


「実は僕は最初から疑問に思っていたんだ。どうして雑草研究部と化学部の両方にこのプレハブ小屋の使用許可が下りていたのかと。どう考えたって利害が対立するのだから、トラブルになるのは目に見えている。それなのに何故許可が下りたのか。……それでクラス委員会の資料を見せてもらったんだ。そして当時の部室使用の許可申請書をコピーさせてもらった。それがこれだ」


 僕はポケットからコピーさせてもらった部室の許可申請書を取り出した。


 一枚は雑草研究部のプレハブ小屋の使用申請。もう一枚は化学部のプレハブ小屋の使用申請だ。それぞれに「施設使用申請書」という文題と「使用者の氏名」「施設の場所」「申請年月日」などが「縦書き」で記載されていた。


「それが何なんです?」


 生田さんが首をかしげて僕が手に持った二枚の紙を覗き込んだ。


「生田さんは雑草研究部の創始者はサイキヘイシロウという人だと言っていたね。そして化学部で聞いてきたんだが、むこうの創始者は『栗平』という人物だったんだ」


 虹村も横で頷く。


「ああ。そう言えば化学部に行ったとき、そんな名前の人の残した記録があったね」

「へえ、そうなんですか。……でもそのことが今回のこととどう関係しているんですか?」

「まだわからないかな? その二人は同一人物だということが」


 その場の全員が一瞬黙り込んだ。


「どういうことなの?」と最初に口を開いたのは虹村だった。


「この申請書をよく見てくれ」

「『西木平志郎』と書いてあるけれど」

「僕の考えでは違うな。多分『栗平志郎』と書いてあるんだよ、その雑草研究部の申請書には」

「えっ? ……そういえばこの二枚、筆跡はよく似ているね。つまり、同じ人物が雑草研究部と化学部それぞれの立場から使用申請を出したっていうの?」


 そこで後ろで様子を見ていた星原が近づいてきて、僕が持っている二枚の紙片をじっと凝視した。


「ああ。なるほどね。……この栗平という人はちょっと癖のある字の書き方をしていたみたいね。少し間延びしたように縦長の漢字を書くんだわ。『栗』という字が『西木』という字に見えるくらいに、ね。ただ、そのせいでこの『縦書き』の氏名欄のスペースに四文字の名前を書くのには窮屈になってしまった。それで残り僅かなスペースに無理やり『平』『志郎』と押し込めるように書いたから『サイキヘイシロウ』という風に読めたんだわ」

「そういうこと。おそらく部員名簿にも同じように手書きで書いたから勘違いされたんだろうね。ただその少し後に化学部として申請を出したときには、注意深くなったのか字の癖を抑えて『栗平志郎』と普通に読めるようになっている」


 勿論、雑草研究部で実際に活動していたときは「栗平」と呼ばれていたのだろう。しかし卒業して時がたつにつれ名前の読み方は忘れられ、誰かが創部時の手書き名簿を見て「サイキ」と読むようになったのだ。さながら「不幸の手紙」が「棒の手紙」になったように。


「……嘘でしょう?」


 ポカンと口を開けて声を漏らしたのは、鶴川さんだった。


「うちの部活の創始者であるサイキさんが化学部の創始者でもあった?」


 一方、生田部長は渋い顔をしながら「ちょっと待ってください」と手を挙げた。


「それじゃあ、その栗平志郎という人物は、化学部を立ち上げた後で雑草研究部も創ったっていう事ですか」

「そういうことになるね」

「……そういうのってありなの? わざわざ二つの部活を作ってそれぞれに属していたなんて」


 そう呟いて彼女は頭を抱えていた。


「でも、うちの学校では『どちらかの活動に支障がでないのであれば、複数の部活に入っても問題ない』ということになっているんだ」


 現に僕は先日「バスケ部」と「化学部」に所属している久我山という実例を既に目にしている。おそらくこの取り扱いについては創立当時も変わらなかったはずだ。 


 横でやり取りを聞いていた虹村が口を開く。


「なるほどね。普通ならば既に雑草研究部が使っている部室を化学部との共用にしたらトラブルのもとになると考えてクラス委員会も認可しないでしょうけど。……でも、それが『同じ人物』が申請したもので『トラブルにならない』と担保されているのなら、認可しても不自然ではないよね」

「そういう事だ」

「でも当時の部長は、栗平さんは何故そんなことをしたの?」

「そこなんだけど。おそらくは、あの神社にお供えをするという伝統が関係していると思うんだ。……生田さん、神社にお供えをするときにはどんな決まりがあるんだったかな」


 急に話を振られた彼女は少し戸惑った表情になりながらも、僕の問いに答える。


「ええと。そうですね。前にも話した通り、その月の最終金曜日にお供えをすること。制服か、白い清楚な印象の服を着ること。神社に着いたら鈴を鳴らして、お供えを置くこと。だいたいこんな感じですが」

「その一連の決まりは恐らく『見られること』を意識して、意図的に創られたものなんだ」

「見られる? 誰にです?」

「化学部の部室から。化学部員から見られるように、だ」

「え?」

「金曜日は、化学部の活動日でもある。薄暗い夕暮れの校舎裏でも『白い服や制服を着ていれば目立つから』お供えに来たのがわかる。鈴を鳴らさせるのも同じだ。全て、君たちが神社にお供えをしに来たのを確認できるようにするためのものだ」

「何のために?」

「……今の時点では何とも。ただ、そのお供えをする伝統もこの人物が作り上げた可能性がある。つまり『雑草研究部で活動をして、さらに化学部でその成果物を利用する』ためのカモフラージュだったんだ」

「何だかもやっとした言い方をしますね」


 彼女は首をかしげて「言いたいことがあるならはっきりしてほしい」と言わんばかりに僕を見る。


「まだ、推測だけどね」


 僕は星原を一瞬横目で見てから、続けた。


「例えば、雑草研究部の活動にかこつけて自生していた麻などを採集し、お供えと称して化学部の近くにある神社に持っていき保管する。そして化学部として活動する時にその麻から大麻を精製していた、なんてことが当時行われていたのかも」


 しれない、と僕が続けようとしたところで、虹村が「ちょっと待って」と遮った。


「それが本当なら学校内で重大な犯罪行為が行われていたことになるよ?」


 一方、生田さんは僕の言葉に「いや、麻なんてあまり採集していないと思いますが……」と難色を示していた。


「例えばの話だし、そこまではまだ断言はできないけれどね。ただ、何かしら人に知られたくない行為をしていたのは間違いないはずなんだ。そしてプレハブ小屋を残すことで間接的に神社にお供えをする伝統を続けさせようとしていたと考えるなら、今でもそれが化学部で形を変えて続いているということになる」

「それで化学部はプレハブ小屋の使用権を主張して残したがっていたということなの」

「ああ。だがおそらく理由は他にもある」

「えっ?」

「一つには、プレハブ小屋があることで神社が校内の通路から隠される。つまり神社に何かを隠したり取り出したりしても、部外者から見えにくくなる。そしてもう一つだけど」


 僕はここで生田さんと鶴川さんに向き直る。


「君たちは化学部がこのプレハブ小屋を使用しているところを見たことがあるかな」

「……前にも話したとおり、見たことはないです」

「標本の採集で道具を貸してほしいと頼まれたことはあるけど、年に数回ですね。彼ら自身がこのプレハブ小屋に足を踏み入れたことはほとんどないはずです」


 そこで黙って聞いていた星原が口を挟む。


「……ということは、そもそも化学部がこの小屋を使うような状況はほぼないとみるべきなのね。そもそもスペースもないようだし」

「にもかかわらず、彼らはプレハブ小屋を残すことにこだわっている。つまり『化学部も日常的にここを使っている』んだ。彼らが使うスペースもちゃんとあったのさ」

「え? どこに?」

「前に鶴川さんはこう言っていた。『お供えを怠ると部室には誰も人がいないはずなのに物音が聞こえたり、笑い声が響いてくる』という話が伝わっていると」

「……隠し部屋があるとでもいうの? そんな不自然に壁が厚いところはなさそうだけど」

「隠し部屋、か。ある意味そうだな。僕も虹村もプレハブ小屋に入るときに『そこへたどり着くための通路』を既に見ていたんだよ。雨ざらしになっているにしては『頻繁に使われているかのように綺麗な梯子』をね」


 生田さんが「は、梯子? あの、それじゃあ。まさか?」と目を見開きつつ、人差し指で『上』を指した。


「そのまさか、だ。彼らは『屋根の上』を使っていたんだ。もっともそこじゃあ流石に目立つだろうから、そこからさらに隣接する実習棟の屋根の上に移動したのだろうけど」


 鶴川さんが呻くように声を漏らす。


「確かにそこなら人の目にはつかないかもしれないですが。つまりそこで化学部が何代にもわたって秘密裏に人に知られたくない何かをしている、と?」

「……そう考えれば、説明はつく。ただ、この時点ではただの推測だ。だから現場を押さえる必要がある。それも言い訳できないように部外者の僕らだけでなく、当事者の君たちもそろっている状況で、ね。そうすることで、彼らがプレハブ小屋の使用に口出しできないようにはできるはずだ」

「なるほど。……つまり、私たちにも協力しろということですか」


 生田さんは戸惑って頭を掻きながら小さく唸ってみせた。

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