第29話 ボットを誘導する者

「いや、待ってくれ。君の話ではうちのホームページに悪口を書き込んでいたのは、大泉が作ったネット上の新聞部への評価を集めるボットだったんだろう? それが何故、特定の犯人がいるなんてことになるんだ?」


 保谷部長が困惑して首を傾げた。


「保谷部長、僕の話を聞いて少しおかしいとは思いませんでしたか。大泉先輩がボットを仕掛けて部活を辞めたのは『半年前』なんです。しかし清瀬の話では悪質なコメントが投稿されるようになったのは『二ヶ月ほど前』からだ。最初の四ヶ月は何事もなかったのに、なぜ急に悪質なコメントが先々月から増えたのか」

「……そう言えば確かにブランクがあるようだが、何が言いたいんだ?」


 僕はその場にいた全員に向き直る。


「こんな話がある。マイクロソフト社がインターネット上のユーザーと対話をすることで学習するAIボットを開発した。つまり『AIボットが多数の人間とネット上でコミュニケーションをすることで集合知を得て賢くなっていく』というプロジェクトだ」


「へえ。少し大泉先輩の発想と似ているね」と日野崎が相槌を打つ。


「ああ。でもこの話には続きがあってね。悪意あるユーザーの一人が自分の言葉を繰り返すゲームをこのAIに教え込んだ。そして人種差別的な発言や虐殺を肯定する言葉、性的なスラングを繰り返し投稿してそのAIに刷り込んでしまった。そしてそのAIはたった一日で不適切な発言を発信し続ける悪質アカウントになり果てたんだ」


 新聞部員たちは僕の話に何の意図があるのかわからないままに無言で聞き入っていた。


「こういう話もある。……あるおもちゃ会社が子供と会話ができる愛玩人形を開発した。仕組みとしてはインターネットと無線でつながっていて、音声認識システムで会話の内容をクラウドに送る。そして使用者の情報を蓄積して人形の返事の内容に反映させるというものなんだ。だけどセキュリティがゆるいために、ハッキングされたら暴言を吐くような子供に有害なおもちゃになってしまう可能性があると危惧されているそうだ」


 星原は今の僕の話から言わんとしていることを察したようで「なるほど」と頷いて鼻を鳴らした。


「……大泉先輩のボットは匿名掲示板のうちの学校についてのスレッドから文章をコピーしていた。つまり『誰かがそこに悪意を持って発言を投稿し続ければ、その内容がボットに影響を及ぼしてホームページに書き込まれる』ことになるわ。そしてその人物の発言に触発されて数か月経つうちに悪意あるコメントが増えていったと」


 その言葉に清瀬がぎょっとした顔になる。


「じゃあ、たまたま悪意あるユーザーが増えたということじゃなかった? 誰かがボットの存在を知ったうえでわざと匿名掲示板の雰囲気を、新聞部を非難する方向に誘導したというのか? なぜそう言えるんだ?」

「大泉先輩に聞いたんだけど、大抵の匿名掲示板に書き込めるコメントの数は決まっているそうだ。一定のコメント数を超えれば、次のスレッドを建てる必要がある。だから大泉先輩の仕掛けたボットは最初の数か月で参照している掲示板のコメント数が限界になって、機能しなくなるはずだったんだ。……言い換えると『悪意を持った誰かさん』が大量にコメントして掲示板のコメントできる数の限界を超えれば、『ボットが参照するスレッドについても設定を修正しないといけない』。それなのに悪意あるコメントが途切れずに毎日続いていた。つまり誰かが彼の仕掛けたボットを発見して、掲示板が新しくなるたびにそちらを参照するように定期的に調整し続けていたんだ」

「それは……まさか?」

「ああ。大泉先輩が使っていた買い替え前の古いパソコンを引き継いだ人物。そして新聞部のホームページの構造を熟知していて、ボットの設定を調整できる人物。それは新聞部のホームページの運営を引き継いだ、君しかいない」


 僕はその人物を凝視した。


 自然と清瀬や日野崎たちも彼に目線を集中させる。


 黒い前髪を伸ばした新聞部員の一年生男子。露骨に清瀬に対して反感を示していた少年、秋津くんに。




「ば、馬鹿を言わないでください。全部状況証拠じゃないですか!」


 周囲からの疑惑交じりの目線に秋津くんは慌てふためきながら立ちあがった。


「大体、ボットが送信されていたのは古い買い替え前のパソコンなんでしょう? 僕がそんなものを持っている証拠があるんすか?」

「それについては備品を管理している先生に聞いてきて既に裏が取れているんだ。買い替えで処分するはずだったパソコンを譲ってもらった生徒が何人かいる、と。その中に新聞部の先輩がしていた作業を引き継ぐといって一台持って行った一年生がいるということだった。秋津くん、君だよな?」


 彼は一瞬言葉を詰まらせるが、「ふん」と鼻を鳴らして落ち着き払った態度を装う。


「素人はこれだから困るんだよなあ。いいですか? 仮にあなたの言うように僕が大泉先輩の残したパソコンからボットを送信して、ネットや学校の掲示板上の発言を集め続けるように設定を調整したとしたら、それなりの作業になるんですよ? そして投稿されたドメインは学校のものだった。つまりこのパソコン教室で古い端末を持ち込んで何十分も作業しないといけないことになる。僕がそんなことしていたのを見た人間がいるんですか?」

「それが、目立たずに作業する方法があるんだよ。……日野崎。例のUSBケーブルを見せてくれ」


 僕の呼びかけに彼女は「え、ああ」と一瞬戸惑いながらもポケットから先日大泉先輩にも見せていたUSBケーブルを取り出した。


「これは先日、日野崎がここの教室で誰かが忘れて置いていったのを見つけたものだ。USBタイプCと言って、パソコン同士でも繋げば充電ができるという代物なんだそうだ。だからこれで古いパソコンとここに設置されたパソコンを繋げば、電源を繋ぎなおさなくても済む。……いやそれだけじゃなくこのケーブルはデータの同期も可能なんだ。つまり、新聞部の作業の最中に自分のカバンにでも古いパソコンを隠してここにある新しい方のノートパソコンとつなげば設定作業もできる」


 さながら枯れかけた切り株が他の木と根っこと繋がって生き続けるように、だ。


「メインの設定作業さえ済ませておけば古いパソコンを直接繋いだときに、ボットの更新データをネット上に反映させる作業を短縮できるはずだ。後は人目の付かない休み時間にでも、このパソコン教室を訪れてほんの二、三分の間、LANケーブルに繋いで送信すればいい」


 ここで僕は日野崎に目をやった。


「なあ、日野崎。このケーブルはどこで見つけたんだ?」


 彼女は若干気まずい表情で頭を掻きながらも、無言でその席を指さした。それはいつも新聞部で秋津くんが定位置として座っている場所だった。

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