第27話 ゾンビツリー

「なるほど。つまり、ボットを使って悪意のあるコメントを継続的に投稿すること自体は可能だったのね。でもその作業にはそれなりの知識と時間が必要で、細かい設定調整にも数十分はかかる。学校のドメインから操作するにはパソコン教室で作業をしなくてはいけないのにそんな目立つことはできるはずがない、と」


 革張りのソファーに腰かけた黒髪の少女は僕の話を聞きながら顎に手を当てて考え込むような仕草をする。


 あれからほぼ一日が経過した翌日の放課後である。


 僕は星原と定期的に図書室の隣の空き部屋で勉強会をしていて今日の放課後も一緒に過ごしていた。


 しかし、途中で一休みをするときに星原から「そういえば、あの後ボットについて詳しく調べるという話はどうなっていたの?」と訊かれて、昨日の大泉先輩とのやり取りを含めた一部始終を説明したところである。


「ああ。改めて考えてみるとわからないことだらけだ。犯人はどうしてボットを使うなんて手の込んだことまでして悪口を書き込むのか。どうやって人目につかずに学校のサーバーを使ってボットの設定をしつつコメントを投稿したのか」

「やろうと思えばできなくはないのかもしれないけれどね。例えばパソコン教室だって使用していない時間帯はあるわ。だから授業中に抜け出して、学校の旧端末を持ち込んで、電源を入れ替えLANケーブルを繋ぎボットの設定を調整すればいい。……でもそこまで手間をかける理由があるのかというと、どうも納得いかないのよね」


 僕は星原の隣でソファーに寄りかかって「どうしたものかな」と呟いて天井を見上げた。


 一方、彼女は「それはそれとして私の方でも調べていたことがあったの」と切り出した。


「調べていたこと?」

「あの書き込まれていた悪口の内容なんだけれど、一人称も統一されていないし文章の雰囲気も違って見えたでしょう。新聞部に批判的という点では共通していたけど」


 僕もあの時みたコメントの内容を思い出してみる。


 確か、記事についてつまらないとしていたものや単なる罵倒。内容について不当としたもの。それに清瀬に対する個人的な人格批判。


「そういわれてみると、いまいち統一性に欠ける内容だった気はするが……それがどうかしたのか?」

「例えば一部のSNSで使われるボットなんかだと、あるテーマに関連する言葉を事前に引用してまとめて自動的に呟き続けたりすることもできるらしいわ」


 つまり、何かのキーワードを含む文章を検索してそれを投稿し続けることもできる、というわけか。


「その場合は一人の人間じゃなく、いろいろな人間が書いた文章を引用したものを投稿することになるわけだ」

「……それでね。うちの学校の新聞部について調べていたらこんなものが見つかったの」


 星原は携帯電話を操作してある画面を僕に見せた。そこに映し出されていたのは「天道館高校関連スレッド」というタイトルの大手のインターネット匿名掲示板のホームページだった。


「誰かが作ったうちの学校についての非公式掲示板、だな」

「ちょっと、この文章を見て」


 彼女が続けて表示してみせた内容を読んで僕は「むっ」と小さく唸る。


『前はあのコラムも結構面白かったんだけど、最近マンネリ気味で萎えるな』

『この新聞部のコラム、マジ文章が臭いんだけど。俺ならもっと受ける文章書けるわ』

『でも前に野球部について叩いた時は正直もっとやれとおもったけどな』

『新聞部はなんでウチの応援してる野球部を悪く言うんですか。ありえないし』

『ま、鼻につくところもあるわな』

『新聞部マジ死ね死ね死ね』


 その内容について僕は確かに見覚えがある。


「これ、新聞部のホームページの掲示板に書かれていたのと同じ内容じゃないか。待てよ。そういえばあの時の荒らし書き込みにはどの文にも『新聞部』という単語が含まれていた。ということは……」

「ええ。あの荒らし書き込みはこういううちの学校関連の匿名掲示板やSNSで『新聞部』というワードを含む文章を参照してコピーペーストしているんだと思う」


 つまり犯人はボットを使って悪口を書いていた、というよりボットを使って新聞部の評判を集めてホームページに反映させていたというわけか。


「なるほど。……確かに一つの発見ではあるが、それ自体は犯人の特定には繋がりそうにないなあ」


「そうなのよね」と呟きながら彼女も眉をしかめた。


「多分、事前に特定のホームページから新聞部という単語を含む文章をコピーして、それを新聞部のホームページの掲示板に自動で投稿するプログラムくらいは技術がある人なら作れると思うの。……月ノ下くんが聞いてきた話からしてもね」

「だけど、誰が何の目的でそんなことをしたのかまではわからない、と」

「そういうわけ」


 いつもなら的確に状況を分析してアドバイスをくれる彼女も、今回はネットワーク技術というあまり得意ではない分野のせいか良い考えが出ないらしい。


「でも、その大泉先輩の考え方。……大きな集団に個人の考え方を超えた意志があるとか、集団が共有している意識というのをリアルタイムでキャラクター化して客観的にみられるようにするという発想はちょっと面白いと思ったけれどね」


 彼女は僕が話した大泉先輩の価値観に興味を持ったようだ。


「それは僕もちょっと感じたよ。そういう個体の意識を超えた集団意志みたいなものは人間以外でもあるのかな。……例えばアリとかハチなんかは女王を中心とした社会的な生物だろ。巣を守るためなら個体が平気で犠牲になる、みたいなさ」

「そうね。そういう類の話ならゾンビツリーという話を思い出したわ」

「ゾンビツリー?」


 何となく不気味そうな単語だ。


 僕は首をかしげながらも「どんな話なんだ?」と彼女に先を促した。


「ニュージーランドにカウリという木があるのだけれど、そのカウリの森の中で不思議な切り株が見つかった。普通、木の切り株は光合成ができないから、だんだん朽ちていってしまう。それなのに、その切り株は枯れることもなく長い間ずっと生き続けていた。不思議に思った科学者がその木を調べたところ、ある事実がわかったの」

「どういうことだ?」

「そのカウリという木は根っこで森全体の木が網の目のように繋がっていたの。そしてその切り株は他の木から栄養を分けてもらっていたから枯れずに済んだ、というわけ」

「……森全体の木が繋がっている? まるでそれ自体が一つの社会みたいだな」

「ええ。他の木と繋がれば水分と栄養分を安定して補給できるし、急斜面に生えていても倒れずに済む。まさに一つの群体であり、繁栄するという目的のためにたくさんの集団が一つの社会を作り上げているの」


 繁栄するために協力し合う集団、か。


「でも、自力で栄養を作れなくなった木をどうして他の木は助けているんだろうな。見捨てられてもおかしくなさそうだが」

「それについてはいろいろな説があるわ。一つにはたとえ切り株でも、地崩れなどを防ぐために必要だとか。免疫情報を交換するために個体は多い方が良いとか。あとはいざという時の栄養タンクなんじゃないかいう意見もあるし、別々の木の栄養を運ぶための通り道つまりコネクターとしての役割なんだという話もある。……ちょっと似ていると思わない?」

「確かに森全体が繋がって生存するという目的を共有しているというのは集団的な意識に通じるものがあるかもしれないな」

「うん。でも私が似ていると感じたのはそれだけではなくて、さっきの特定の単語を含む文章を集めるボットの話なの。……それ自体は命を持たないプログラムなのに、生きた人間の書いた情報を繋げられたネットワーク上で集めて本物の人間のアカウントのようにふるまって活動する。まるで死んでいるはずの切り株が他の木と繋がって活動するように」

「ああ、なるほど。確かにそういう意味では似ているな。色々な人間の書いた情報を集めればその集団全体の性質とか共有意識も見えてくるかもしれないものなあ」


 僕は頭の中で無機質なロボットが根のように張り巡らしたネットワークと繋がって、いろんな人間の性質や知識を吸収して人間のようにふるまう、そんな様子を想像した。


 星原は僕の言葉に「そういうこと」と頷いてみせる。


「実際にマイクロソフト社が会話をすることで賢くなるAIを作ってSNSをさせていたという話があるわ。ネット上のユーザーとコミュニケーションをとることで成長する一種のボットね」


 命を持たない人工知能がネット上のユーザーと情報交換をして、集合的な知識を獲得していくのか。


「へえ。それじゃあ、最終的には集団の意見を代弁してくれる『一つの人格』になりそう……」


 僕はその言葉を言いかけたところで、脳裏に一つの閃きが走るのを感じた。


「どうしたの? 急に黙って」

「いや、星原のおかげで色々なものが見えてきた」

「というと?」

「コメントを投稿するために何故ボットを作ったのか、その動機だ」

「つまり、新聞部にコメントを書き込んだ人間がわかったということなの?」

「そこまでは断言できない。……でもボットについて関係している人間は判った気がするんだ。だからそのことについてこれから確かめてくる」


 僕はおもむろに立ちあがると、廊下へ向かうべく歩き出す。


 星原は「ふうん」と声を漏らすと何か感じ取るものがあったのか「ひょっとしたら、ボットを作ったその人には悪意はなかったのかもしれないわね」と呟いた。


 僕は背に投げかけられたその言葉に「ああ、あるいはね」と返して部屋を後にした。





 十分後、僕は先日訪れた作業教室棟の教室の前に再び立っていた。


 ノックをしてから扉を開けると、そこには髪を刈りこんだ質実剛健な雰囲気の男子生徒が席の一つを占領して、この間と同じようにノートパソコンをいじっている。


「……大泉先輩」

「おお、月ノ下じゃねえの。どうした?」

「一つ、聞きたいことがあってきました」

「聞きたいこと?」


 そこで彼は手を止めて僕に向き直る。


「新聞部にコメントを投稿するボットを作ったのは先輩なんじゃないですか?」


 大泉先輩は悪戯っぽく、にやりと笑ってみせた。


「その通りだ。よく解ったな」

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