Interlude of Burnout

泡沫 六花

curtain call

 かつてラストヴライトとして此処――シティ・アンサングから去っていったフォージの少女がいた。

 ゆっくりと消滅へと向かっているこのシティ・アンサングにおいて、ラストヴライトの御伽噺は捜査官並びにフォージたちにとって、唯一の希望といってもいいだろう。

 しかし、その希望を打ち砕いたのは、ラストヴライトとなった少女が『渇望の龍』と名乗り、人一倍想い入れのあったらしい捜査官の敵討ちという名目でこの世界を破滅させようと再来した出来事だった。唯一の希望が絶望へと変わったのを目の当たりにして、精神的に摩耗してしまったペアも多数存在したらしい。

 

 

 

 最前線に送られた捜査官三名により、『渇望の龍』は行動を停止。光の粒子となって消えていった。

 しかし、被害は甚大。何せ『渇望の龍』――もとい、かつてフォージだった少女が歩みを進めるたびに、街のあちこちが破壊され、人は踏み潰され、数多の命が失われていった。

 

 

 

 このシティ・アンサングは、二柱の女神によって統治された、アーセルトレイという積層都市の集合体のうちのひとつ、だった。七年前のステラバトルに敗北し、シティ・アンサングは崩壊の運命を辿った。その直前に二柱の女神はここシティ・アンサング――通称753階層を見捨た。しかし、どこかから奏でられた「うた」によって、この世界は崩壊を免れ、辛うじて維持され続けている。

 七年前の当時もステラナイトとして活動をしていたが、二柱の女神の加護を失い、ステラナイトとしての力を失った。その後はアンサング・ヤードに入り都市捜査官としてこの世界を維持する活動を続け、四年前に誕生した人造シース《フォージ》製造システムが安定化した結果、かつてのステラナイトとしての経験を買われ、フォージをもつ都市捜査官ブリンガーとなった。

 

 

 

 フォージは人工生命体で、寿命は長くても一年。寿命を迎えた後か、フォージが製造された直後から各々所持している、フォージをフォージたらしめる五つのフラグメントを失った場合、即座に処分しなければならない。でなければ、生まれ持った力が歪み、その瞬間からこの世界を破壊するブライトと化してしまうからだ。

 人工生命体とはいえ、フォージには感情も言語能力もある。一年も共に過ごせば愛着が湧き、自ら手を下すことが出来ないブリンガーも何人もいた。そいつらの代わりに、そいつらのフォージを処分した経験も何度かある。

 自分に与えられたフォージも、処分が出来ないブリンガーの代わりに手を下すことも、表情ひとつ変えずにやってのける俺に、同僚ですら「お前に人の心はあるのか」と問われたことがある。その時になんと返したか、よく覚えてはいない。

 俺の望みは此処、シティ・アンサングが崩壊の道から外れ、救いある場所へと変わりゆくことだ。その為なら――フォージをいくら犠牲にしても構わない。

 かつてステラナイトだったにも拘らず階層の崩壊を招いてしまった俺が、唯一出来ることだと、そう思った。

 

 


 『渇望の龍』事件の後、最前線に立った俺と、7班に所属しているという香月とクロウはヤード局長から三日間の休暇を与えられた。アイツらは、それぞれ互いのフォージと過ごしたり、『渇望の龍』の墓を作ってやるらしい。

 ひとまず、スズカ――俺のフォージに三日間の休暇の話をすると、案の定フラグメントを使用しなかったことに文句をつけ、休暇中は好きに過ごすと言って部屋に戻っていった。様々なフォージを見て来たが、あそこまでフラグメントの消費を急かすタイプと組むのは初めてだ。

 使いどころがなかったんだから仕方がないだろう――という言い訳染みた言葉を飲み込んで、帰路へとつく。さすがに今日は疲れた。休んで体力が回復したら――第6地区へと向かおうと決めた。

 

 

 

 『渇望の龍』事件で最も被害を受けたのが第6地区だった。渇望の龍が第6地区を中心に暴れ回ったせいでいくつもの建物が崩壊し、尋常ではない死傷者が出た。昨日の今日ということもあって、正式な数は発表されていないが――恐らく、三桁は覚悟しておいた方がいいだろう。

 年々出生率も下がりつつあるこの街で、多くの人命が失われたのは手痛い損害だった。




「おう、テオの坊主じゃねぇか。昨日はオメェさんが活躍したそうだな。よっ、ヒーロー」

 聞き慣れた声がして振り返ると、第6地区にパン屋を構えている老年の男性がそこにいた。

「……やめてくれ、大したことはしていない。それに、坊主呼ばわりもそろそろ止めてくれないか」

 パン屋の店主は幼い頃からの顔見知りだ。そのせいか、成人しもう三十路間近になっても坊主と呼んでくる。七年前の敗北で親族を失った俺にとっては、父親に近い存在だ。第6地区に大規模な被害が、と聞いた時に真っ先に過ったのが店主のことだった。多少ガーゼや手当の痕跡は見られるものの、こうして出歩いているということは、無事なのだろう。気づかれないようこっそりと安堵の息を零した。

「親仁、店は無事か?」

「あ? あぁ、なんとかな。しかし通りの向かい側が駄目だ。建物の上半分がごっそり持っていかれちまってなぁ」

「……そうか」

 話を聞いて、思わず舌を打つ。もっと早く対処出来ていれば、第6地区にここまでの被害は出なかったかもしれないと思うと、自分の力不足が悔しくてたまらなかった。

「なんだ、随分と思い詰めた顔してんな」

「……そんなことはない」

「本当にそんなことがないやつはそんな風には言わないんだよ。ほら、持っていけ」

 そう言って何やら紙袋が投げ渡される。中を開くと、ふんわりと良い香りが漂ってくる。手にした袋自体もまだほんのりと暖かい。

「形が崩れて人様に出せなくなったやつだ。今日の昼にでも食ってくれ」

「店は無事なのか」

「無事じゃなきゃ焼けるわけねぇだろ」

 まあ今日は、片付けを担当している連中への炊き出しとして焼いているんだが、と付け足す。炊き出しならば無料で配るものだろう、形崩れなど気にしなくてもいい筈、と言いかけて、やめた。きっと親仁なりに俺を気遣ってくれているのだろう。

 

 

 

「そういや、聞いたか? 昨日の夜『うた』が聴こえてきたんだ。まるで七年前のあの日みたいだって朝話題になったんだ」

「ああ、そういえば」

 帰り道、どこからかそのようなものが聴こえた覚えはある。何の言語か分からず意味は理解出来なかったが、確かに七年前、この世界の崩壊から免れた瞬間と、よく似ていた。

「不思議なこともあるもんだなあってな。ひょっとしてあの龍が、七年前のか?」

「違う。はっきりと『自分の捜査官を殺した世界への復讐の為に来た』と言っていた。自分で守った世界を自分で壊しに来るだなんて、思考回路が理解出来ない」

「おいおい、それはオレみたいな一般市民に喋っていいのか?」

「パンの礼だ」

「ふっ、誰にも言わねぇから安心しろよ」

 そう言って肩を叩かれる。軽い態度に反して、しっかりした人物であることを知っている。流布されることはないだろう。

「ところで、捜査官がこんなところふらふらしていていいのか? まさかサボりじゃねぇだろうな」

 それを言われてそもそもの目的を思い出す。

「三日ほど休暇を貰った。あの龍を制圧した褒美、だそうだ。ここが最も被害に遭ったと聞いて、手伝いに来た。瓦礫の片付けは人手はいくらあっても困らないだろう」

「おいおい、それじゃお前が休む暇はねぇじゃねぇか。有難く休んでおけばいいってのによ」

「――いいんだ。俺がやりたくて此処に来たんだ」

 そう言って唇を緩めると、親仁は肩を竦めながら復興作業の中心となっている場所へ案内してくれるといった。




 七年前、俺はこの世界を守ることができなかった。

 どこかの誰かの奇跡のお陰で、世界も、街も、俺も生きながらえている。

 しかし崩壊の標から外れたわけではない。年々減少する出生率、ブライト化による人口の減少や街の損害。数え上げればきりがない。この世界にはゆっくりと、しかし確実に滅びへと向かっている。

 そんな世界を守りたいと、元の在り方に戻したいと願っていると口にしたら、頭のおかしいやつだと思われるだろう。

 大体の捜査官はラストヴライトの権利を獲得してこの世界の脱出を目指しているか、少しでも長く崩壊へのカウントダウンを引き延ばすかのどちらかを考えているだろう。

 女神に見捨てられ、ステラナイトの力を失い、いくら戦えど願いが叶うことはない。

 しかし今回のように、自ら見捨てたこのシティ・アンサングにも何かを乞わなければならないほどのことがあれば、願いを叶えるくらい許されてもいいのではないか。

 

 

 

 そんな馬鹿げた夢物語のようなことを時折考えてしまう。俺にとってはこの世界が何よりも大切で、掛け替えのないものだ。世界がなくなれば、七年前に失った親族も、友人たちも、仲間たちも、"なかったこと"になってしまう。そんなことにはなって欲しくない。

 たとえ、ラストヴライトの権利を俺が獲得したとしても、行使することはないだろう。この世界を離れるつもりはさらさらない。

 俺は此処――シティ・アンサングを、生まれ故郷であるこの世界を、心の底から愛している。

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