第一話

 月明かりのない暗い夜の街を建物の灯りが照らしている。今日も当てもなく街を彷徨い歩く。『あいつ』に似たような小さな人影が通り過ぎる度に幾度も横目で確認する。もうこの世にはいないと心のどこかでは理解していたが、それでも僅かな希望を求め無意識に目でその姿を探していた。あいつが……イキルが俺の前から消えてからもう何度季節を繰り返したか分からない。仕事以外の時間はずっとこうしてイキルの姿を探す事に費やしていた。俺にとっての数年数十年は人生のほんのひと時でしか過ぎない。それでもイキルがいなくなってから時間が酷く長く感じるようになってしまった。


「イキル……」


 返事が返って来ないのは分かってはいたが胸が締め付けられる度にこうして何度も名前を呟いている。


「……ん」


 気付けば俺は逃げるようにとあるバーの前に立っていた。店自体はそこまで大きくなく、少し地味めな構えだ。最近週に何度かは通っている場所で普段気分があまり良くない時は最後に飲みに来ている場所だった。


「少し飲んで帰るか」


 控えめな鐘の音と共に扉を開くと中には数人の客とマスターが一人カウンターに立っていた。マスターとふと目が合う。


「いらっしゃい。 今日もいつもので?」

「ああ」


 カウンターの端に腰掛けて一息吐く。やはりここは静かで落ち着く。下手に絡んでくる客もいなければマスターも程よい距離感を保って会話してくれる。いい店だ。


「今日も例の人探しかい?」

「まぁな」

「その様子だと見つかってないみたいだね」

「何の手がかりもないし、生きているかどうかも分からないんじゃどうしようもない」

「あまり無理はしないようにね。 それだけ強い想いがあるならきっといつか見つかるよ」


 マスターが人の良い笑顔を向けながらグラスを差し出してきた。俺はそれを複雑な心境のまま受け取り、一気に飲み干した。マスターは俺がまだ飲むのを知っているからか、グラスをすぐに下げ新しくカクテルを作り始めた。


「……そういえば、命君は最近話題の都市伝説って知っているかい?」

「都市伝説?」


 俺自身が都市伝説のような存在の為か少しも信じていない訳でもないが、心霊やスピリチュアル系の類いは微塵も興味が湧かないので殆ど知らないのが現状だった。


「……興味がない」

「まぁまぁそう言わずに。 ちょっとした娯楽程度に聞いてよ。 お客さんから何度も話を聞くものだから私も話したくなってしまってね」

「仕方ないな。 大した反応は期待するなよ」


 マスターは再び俺の前にさっきと同じものを差し出してから話し始めた。


「人が死んだ後まず最初にどこへ行くと思う?」

「天国か地獄じゃないのか」

「一般的にはそう言われているね? ただ……最近は違うみたいなんだ」

「違う?」

「人が生死を彷徨っている瞬間というものがあるだろう? その時にとある場所に行くらしい」

「三途の川か」

「少し似てるかもしれないね。 そこには少年がいるらしい。 その少年はそこに迷い込んできた人の魂を生へ導いたり死に導いたりするというんだ」

「少年……」

「更に噂なんだけど……その少年は元々この世で生きていたがとある時に何者かに殺され人の生死に執着してしまった魂だけの存在らしい」


 よくある噂話だ。だけど何故か不思議とその話に出てくる『少年』をイキルと重ね合わせてしまっている自分がいた。


「もしこの話が本当だとしたらとても哀しいねぇ」

「哀しい……? 未練があるからか?」

「それもあるけれど……私にはその少年が救いを求めているように思えてね。 誰かに救って欲しくて色んな人の前に現れているんじゃないかって」

「救い……」


 この話にはイキルとなんの関連性も感じられない。だが、俺は妙にその少年について気になって仕方なかった。居ても立っても居られず、飲みかけだったカクテルを飲み干し席を立った。


「おや、もう帰るのかい?」

「ああ……釣りは話代として受け取ってくれ」


 俺は札を数枚カウンターに置き、その場を後にした。急いだところでどこでその噂の少年に会えるとも分からない。それでも歩く速さが少しづつ上がる。もしその少年がイキルでなかったとしても生死に関わる存在であればイキルへの手掛かりになるかもしれない。ただそう簡単には……


「……ッ?!」


 歩みを止める。ほんの僅かだがずっと追い求めていた懐かしい匂いがした。間違いない、これはイキルの匂いだ。確信に変わった瞬間に匂いの元へ駆け出していた。するととある廃ビルの前に辿り着いた。鍵は空いていて中には入れそうだ。中に入ると自身の足音と高鳴る心臓の音だけが鳴り響いている。


「イキル……いるのか?」


 人の気配はしない。もしイキルがいたとしたらどれだけ静かにしてようと生物の音というのは消せるものではない。では何故イキルの匂いがするのだろう。匂いは屋上の方からしている。屋上へ続く階段を登り、重みのある扉を開く。強い風が顔に当たり一瞬思わず目を細めたが柵の上に腰掛ける人影を見付け、息を呑んだ。その人影がゆっくりとこちらを振り返る。


「……あれ? 君、こんな所でどうしたの? もしかして死のうとしてたりして?」


 銀の月の光が差し込み、人影を照らす。そこにいたのは白金に煌めく髪と妖しい輝きを放つ銀色の瞳の、月と同じくらい……いやそれ以上に美しい少年だった。

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君ハ今モ夢ノ中 seras @pippisousaku

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