君ハ今モ夢ノ中

seras

プロローグ『セイとシノ』

 誰かに呼ばれている。知らない声……

 朦朧とする意識の中私はその声に導かれるように目を覚ました。


「……あ! 目覚めた?!」


 まだぼやける視界に映り込んできた何者かを確認する為に数回瞬きを繰り返す。すると視界もクリアになってきた。天使のように可愛らしくて綺麗な顔。白金の髪にきらきらと銀色に輝く瞳……その瞳には呆けた私の顔が映っている。


「なぁに? そんなにじっとボクの顔を見て……もしかして惚れちゃった?」


 少年は楽しげにくすくすと笑う。その隣から対象的に大人しそうな雰囲気を放つ少年が覗き込んできた。


「シノ……やめろよあからさまに困惑してるだろ。 ……君、大丈夫?」


 艶やかな漆黒の髪にルビーのような煌めく赤い瞳のこれまたとびっきりの美少年。


「え~そんな事ないって! ねっ!」


 シノと呼ばれた白金の髪の少年が私に微笑みかける。


「あ……あなた達は? それに……ここは?」


 私は上体を起こしぼんやりとする頭を振り辺りを確認する。何もない、真っ白な広い空間に私と不思議な2人の少年の3人だけ。私は一体どうしてこんな所に……


「僕はセイ」

「んで、ボクがシノ! よろしくね!」


 いきなりシノがずいっと嬉しそうに顔を寄せて手を握ってくる。


「うわぁ?! な、何……?!」

「君、死にたいんだよね? じゃあ死んでボクと愛し合おうよ!」


 こ……この子は一体何を言ってるの?

 唐突な告白?に何も言えないまま固まっているとシノの顔が私から離される。


「シノ! お前……また勝手な事して!」

「いたぁい! セイのDV男~!」

「誰がDV男だ!」


 呆れた様子のセイがシノの耳を引っ張っていた。耳を掴まれじたばたするシノを無視しつつ、セイは私の方を見る。


「ごめんね……いきなり。 ちゃんと説明するから、落ち着いて聞いてくれるかな?」

「え、あ……うん」


 セイはシノからぱっと手を離し私の方へ向き直る。そしてゆっくりと口を開いた。


「ここはね……生と死の狭間の世界。 君は今生死をさまよってここに魂だけの存在となってきているんだ」

「生と死の狭間の世界……? 魂だけの存在……?」

「よく思い出して……ここに来る前、君は何をしていたか」


 ズキンと頭が痛む。そうだ。私は、確か首を吊ろうと……

 思い出した。私は、死ぬつもりだったんだ。私はいじめられていた。根暗でコミュ障でなんの才能もない地味な私がクラスのいじめの標的となるのは当たり前だった。毎日が地獄だった。両親には相談出来なかった。いつも忙しそうにして私の話なんて聞いてくれない。学校に行きたくないと言っても「我儘を言うな」「今が1番大切な時期なんだからちゃんと行きなさい」とろくに相手にしてくれなかった。先生も見て見ぬふり。話しても「やめてと言わないお前が悪い」と……私の味方なんてどこにもいなかった。毎日が辛くて苦しくて涙が止まらなかった。椅子を蹴った後の事は覚えていない。


「私……死んだはずじゃ」

「正確には違う。 言ったでしょう? ここは生と死の狭間の世界だって。 君は選択しなきゃいけないんだ……生きるか、このまま死ぬか」

「変なの! この子は死にたくて死のうとしたんでしょ? なら答えはひとつじゃないか! ねぇ?」


 シノは相変わらず楽しげに微笑みかけてくる。でもどこか目の奥に不気味で暗い影があるような気がした。


「よぉく考えてみなよ……あんな不条理で残酷で醜い世界になんの未練があるの? 君の事を助けてくれた人は? 理解してくれた人は? 誰一人としていなかったんじゃない? このまま生きて苦しい想いするなら死んで何も考えないでいる方が幸せだよね?」


 何も言えなかった。


「どうしたの……? そんな怯えたような目をして……大丈夫だよ。 ボクが君を楽にしてあげる……愛してあげる。 君は愛されたかったんでしょ?」


 シノが耳元で私にそっと囁く。それはまるでプロポーズのように、優しくて甘くて……


「ねぇ、ボクの所に来なよ。 ボクなら君を苦しませずに殺してあげられる。 幸せな夢を見せてあげる。 君の望みを全てボクが叶えてあげるよ」


 シノが差し伸べた手を思わず取りそうになる。


「待って。 駄目だよ。 本当にそれでいいの……? 死んだらもう何もかも失うんだよ……確かに今は苦しいかもしれない。 先の見えない未来は恐ろしいかもしれない。 だけどいつかきっと希望が必ず……!」

「うるさいなぁ。 いつか、なんてそんな曖昧で不確かなものに説得力なんてあると思う? 相変わらずの偽善者だね、君は……そういうの、無責任って言うんだよ?」


 シノの声は先程までの優しく包み込むような声ではない、低く刃のように鋭くて冷たかった。セイは唇をぎゅっと噛み俯いて黙り込んでしまった。


「さぁ、早くボクの手を取って」

「ま……待って!」


 私はさっきまで死にたかったはずなのにどうしてこんなに戸惑っているのだろう。私はセイの所へ歩み寄った。何故だか分からないけど、あまりにも彼が悲しそうな顔をしたから……何か言いたそうにしていたからもう少し話を聞いてみたかった。


「ねぇ……まだ話したい事あったんでしょ?」

「え……聞いてくれるの?」


 セイが泣き出しそうな目で見つめてくる。


「うん。 どうして他人事なのにそんなに悲しそうにするのか気になったから……」

「……僕は何度も君のように死を選んだ人を見て来た。 だけど本当にそれを幸せだと感じている訳じゃない。 人は苦しんだまま死ぬと残るのは負の感情だけなんだ……死んだ後もずっと憎しみや苦しみの感情という鎖に繋がれるんだよ」


 セイは俯いたまま重々しく呟いていく。


「生きていればいくらでも選択肢は残ってる……でも死ねばやり直しは効かないんだ。 僕は…君のように生きた人間じゃないから、色んな生き方が出来るのが羨ましい」

「だけど……このまま生きる理由なんて……」


 セイが一冊の本を取り出し、ページを開くと私にそっと見せてきた。


「……見て」


 中を覗くと写真だと思ったものがまるで動画のように動き出す。赤ん坊を抱き優しげに微笑む女の人。隣には旦那さんらしき人がいた。


「これは……? それにこの女の人……何か見覚えが……」

「これは君だよ」

「え?!」


 確かによく見れば女の人は私にそっくりだ。とても幸せそうに笑っている。


「この本は君が選択した人生のひとつを映し出す本……必ずこうである保証はないけれど正真正銘君の未来だよ」

「私は……幸せになれるかもしれないって事?」


 セイが少し微笑み頷く。それから訴えるような力強い瞳で私を見つめる。


「君は生きる事を選択すればここでの記憶はなくなってしまう……だけど生きる事を選んだ君の気持ちは消える事はない。 必死に生きるんだ。 そうすれば、必ず……」

「この子は今すぐ苦しみから逃れたいんだよ? あるか分からない幸せの為にこれから長く苦しめなんて可哀想だよ。 ねぇ、君は早く死にたいよね?」


 2人は同時に私に手を差し伸べてくる。私はどうしたいのだろう。生きるか死ぬか……

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