氷の女王

みなづきあまね

氷の女王

例年に比べ、寒さを感じる日々が続いている。仕事終わりに早めの忘年会が開かれ、10名ほどで飲み会が開かれた。


グルメな上長のおかげで、なかなか美味しい物が食べられ、酒も進み、多少なりとも良い気分で帰宅したのを覚えている。


これには別の原因もある。


同じ部署の女性も忘年会に参加していた。俺より4つほど年下。数カ月前まではそこまで打ち解けた仲でもなかった。


俺が人付き合い悪いのもあるが、仕事の用事で彼女のところへ行くと、にこりともされなかったり、自信なさげにされることがよくあり、嫌われてるのか、あまり良い印象ではなかった。


しかし、話す機会が増えるにつれ、少しずつ笑顔が増え、世間話で5分10分、彼女の側に留まることもできた。


あとから聞けば、本人はそのつもりはないが、いつも「怖い、冷たい、よく言えばクールビューティだが、近寄りがたい、ひどい時は氷の女王と評される」といい、


「ビューティーは分からないけど、とにかく第一印象は最悪みたいです。別に嫌いだったり、不機嫌だったり、怒ってるわけでもないのに。」


と、むしろそう言われることを悲しがっているようだった。


人に警戒心を持ち、慣れるまでにかなり時間がかかることは確からしく、俺と打ち解けるための時間の長さも、例外なくそのためだったようだ。


話が逸れたが、そんな彼女と飲み会の夜に話が弾み、少し浮かれながら翌日出勤したのだ・・・が。


俺が出勤した時には既に彼女は机に向かい、電話を取っていた。昨夜が遅くても、いつもと変わらず綺麗に化粧をし、ストレートの髪は乱れがない。


いつ話せるチャンスが来るか、楽しみにしていた。


昼前、たまたま廊下ですれ違ったが、会釈だけで何もなかった。


午後、前日に頼んでおいた書類を、部長に出し、それが無事戻ってきたと言い、俺のところに渡しに来てくれた。だが、いつもと変わらず、 事務的な対応。


・・・何かしたか?いや、昨日が楽しすぎて、期待した自分が馬鹿なんだ。


少し冷静になり、たまたまそのあと、再び彼女と確認が必要な書類が回ってきたため、俺は席を立ち、彼女に声を掛けた。


彼女は立ち上がってその内容に目を通し、


「じゃあ、いつものとこにしまっておいて下さい。」


と言った。それだけか、と思いながら歩き始めた時、後ろから声がした。


「あの、背中にホコリ付いてますよ。」


そう言われて俺は手探りしたが、なかなか場違いなところばかり触ったようで、


「取れてない、笑。取ってもいいですか?」


と、ほんの微笑と共に彼女は言った。


「いいですよ。」


むしろそうして欲しい、なんて言えず、俺は歩みを止めて、じっとしていた、彼女が俺の右腕のスーツに指を添え、腕の内側と背中の隙間にあった、そこそこなホコリをつまんだ。周りの目もあるだろうから、なるべく触れないよう、そっと。


彼女の表情は幾分か緊張していたが、伏し目がちになった横顔が美しかった。


「はい。」


そういうと、彼女は俺から離れた。


「ありがとうございました。」


俺もなんだか無愛想にお礼を言い、お互い席に戻った。


ああ、今のはかなり嬉しかったけど、やっぱり彼女の表情の変化がみたい。何かきっかけがあれば。


翌日、会社全体的に週末の忙しさがあり、そのうえ人がまばらになってもなお、仕事が終わらず、残っていた。


キーボードを打つ指を止め、ふと周りに目をやると、彼女も何かしら忙しなくしていた。山積みの段ボールを数え、どうやらそれを移動するらしく、近くにいた女性同僚と運んでいた。


一往復してなかなか重かったのか、腕を軽く叩きながら戻ってきた。一度残りの箱を前に思案すると、俺の方へ歩いてきた。


「あの、お願いしてもいいですか?あの荷物を今運んでるんですけど、手伝っていただけませんか?」


周りに男性があまり残ってなかったのは、俺にとっては幸いだった。二つ返事で席を立ち、先に一箱抱えて出て行った彼女を追った。


搬入先で追いつくと、二箱抱えた俺を見て、目を丸くしながら、


「え!一気に二つもさすがに重くないですか?」


と心配された。


「いや、幸いこれ軽いやつでした。」


見栄でもなく本当だったので、彼女もそれを確認すると、心なしかほっとした様子だった。


部屋に戻ると小さめの箱が3箱あり、俺は先にひとまとめに持ち上げた。


一足遅く着いた彼女は、自分が頼んだ仕事の最後を全く関係ない人にやらせるのは申し訳ないと思ったのか、


「私が運びますから。」


と駆け寄ってきた。あ、いじわるしてみるか。


「これ、重いですよ」


と言うと同時に、重くて結構キツイのが伝わるように膝を軽く曲げ、


「・・・っ、重っ!」


と呻いた。とたんに彼女は焦って、


「え、持ちます!せめて1個!」


と言うと、1番上の箱を取り上げた。思ったよりそれが軽かったようで、2個目のまあまあ大きめな方も俺から取ろうとした。


その瞬間、曲げてた膝を戻し、


「重くないですよ、演技です。」


と笑いながら荷物をそのまま運んだ。彼女の顔を見た。


困った目が、慌てた色を帯び、恥ずかしさで少し顔が赤らんだ。


「え!じゃあ、持ちません!」


と言いながら、プイッと軽い荷物だけを持ち、俺の前を歩き始めたが、ふいに止まると、ツカツカと戻ってきて、2個目の箱も取り上げた。


「どうせこの1個持って行くんだから、いいのに。」


「だって、仕事頼んだのに、気持ち的になんか・・・すみませんってなるから。」


そうちょっと拗ねたような彼女を斜め後ろから見て、俺は思った。


氷の女王なんて、大嘘だ。

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