⬛第三章 想いをはかる試験

第一話「五月の連休を前にして」

「それじゃあね、魔法少女のお姉ちゃん!」


「うん、もうはぐれちゃ駄目だよ。ばいばい!」


 五歳くらいの女の子は母親に連れられて帰宅する最中、振り返って手を振る。


 女の子を見送るリリィも手を振り返し、申し訳なさそうに何度も頭を下げる母親には「気にしなくていい」意図を込めて笑みを返す。


 そんな光景を目の当たりにして結人は温かい気持ちになっていた。


 夜七時、真っ暗な住宅街にて街灯で照らされる結人とリリィはマナ回収中に見かけた迷子の女の子の母親を探し、送り届けたところだった。


「最初は家の前で遊んでたみたいだけど、ボクたちがあの子を見つけた場所から考えると随分遠くまで歩いて行っちゃったんだね」


「お母さんは近所の人と話してて気付かなかったって言ってたし、いないと分かった時はビックリしただろうな」


「でも、しっかりした子だったよね。ボクたちが話しかけてもちゃんと受け答えできてたし」


「それどころかリリィさんの衣装に目をキラキラと輝かせてた。本物の魔法少女に会えたってのはなんか夢があっていいよな」


 結人は去っていく親子を見つめ、穏やかに笑む。


(本物の魔法少女……まさにそうだ。マナ回収においては何の意味もない迷子のために時間を使える。それこそ、魔法少女のあるべき姿だ)


 隣に立つ魔法少女の優しさと正義に感動して結人はまた惹かれていく。


 しかし、同時に悲しくもなる。


(あの子は夢の世界へ飛び込んだような体験だったはず。でも、魔法少女に抱えられて空を飛んだこと、助けてもらったこと……全部忘れちゃうんだよな)


 例えば覚えている内にSNSで「魔法少女を見た」と呟く。しかし、翌日になれば「自分は何故そんな妄言を口にしたのか」と首を傾げる。


 ――それが魔法少女の記憶阻害。


(あの子もきっと覚えてはいられない。なら、唯一記憶できてる俺だけが――リリィさんの活躍を覚えてなきゃ)


 ギュッと拳を握って使命感に溢れる結人。

 一方でリリィはうーんと伸びをし、脱力して息を吐く。


「もう七時だし終わろっか。ローズちゃんと合流しなきゃだし、公園に行こう」


「そうだな。……しかし、このローズと合流する流れも日常的になってきたよなぁ」


「だねー。でも、なんかチームみたいでいいなって思うよ?」


「チーム……そういう捉え方もあるか。まぁ、マナを分け合ってるんだもんな」


 結人はいつものごとくおんぶされ、リリィはその場から跳躍――閑静な住宅街から姿を消した。


        ○


「明日からゴールデンウィークだけどさ、ローズちゃんは何か予定とかあるの?」


 マナ回収を終え、伸びをするローズにリリィが問いかけた。


 今日まで色々とあった例の公園にて互いにマナ回収活動の終了を報告、少し雑談してから解散するのがいつもの流れとなっていた。


 さて、四月三十日――学生である三人は明日からゴールデンウィークに突入する。その予定を問われたローズは人差し指を下唇に添え、思案顔。


「そうねぇ……予定といえば、私を担当してる魔女――ジギタリスっていうんだけど、そいつに会いに行こうとは思ってる。それくらいかしら」


「魔女に? それまたどうしてだよ?」


「私の願いってマナ回収で叶ったようなものじゃない? だから願いの変更ができるのか聞きに行くのよ」


 ローズは現状に満足しているのか、魔法少女の願いを行使して人格を変える必要性はもう感じていないようだった。


 ちなみに冷たく振る舞っていた瑠璃だったが、クラスメイトの何人かとは和解を果たした。流石にあの対応だったので、突然対応を変えた瑠璃に眉をひそめている者もまだ大勢いるが上々だろう。


「なるほどね。ちなみに、ローズちゃんの魔女ってどんな人なの?」


「うーん。なんか大人の女ってイメージ? 色気がある感じの魔女ね」


 結人は少しの期待を胸に想像を膨らませる。


 魔法少女が大好きな結人だが、その派生で魔女という存在にも心惹かれる。さらには結人も男の子であるため、そういった大人な感じの女性に歳相応の興味はあるのだ。


 無論、好きな女の子はマジカル☆リリィだが。


「しかし、魔女ってちゃんと人間なんだな。魔法少女が絶望して行き着く成れの果てじゃなくて安心だよ」


「……はぁ? 佐渡山くん、何の話をしてるのよ?」


「ローズさん、いつものやつだからそっとしといてあげてよ」


「あぁ……いつものやつなのね。私、そういうアニメは見ないから全く分からないわ」


 リリィが眉を八の字にして笑い、ローズは引き気味に結人を見る。


 三人で活動するようになって結人の魔法少女アニメ好きはローズにも知られ、今ではお約束扱いされるようになっていた。


(魔法少女アニメの話題で話せる友人が欲しいと思う今日この頃だな……)


 本物の魔法少女に出会っても結人のアニメを見る習慣はなくなっていないのだ。


「それにしても、ジギタリスさんはウチの魔女と全然違う感じだね。ボクの担当はメリッサっていうんだけど、毎日ぐーたらしてるだらしない魔女なんだよね」


「へぇ、なんか意外だな。……いや、魔女のイメージなんて俺の勝手なものだから、意外って言うのはおかしい気もするけど」


「でも、そのくらいの方が可愛げがあるんじゃないかしら? ジギタリスは隙がなくて、何を考えてるか分からないからちょっと苦手。あと、魔法少女を複数抱えてるから私の専属ってわけでもないしね」


「メリッサから魔法少女を複数抱えてる魔女がいるって聞いたことあったけど、ローズちゃんの魔女もそうだったんだね」


 リリィは心配そうな表情を浮かべ、結人はローズの魔女に少し問題がありそうだと会話したことを思い出していた。


「で、その魔法少女達がまた厄介でね。ジギタリスのお気に入りなのか知らないけど、結構好き勝手やってるみたいで意地悪なやつらなのよ」


「やっぱり色んな魔法少女がいるんだな。しかし、好き勝手って何やってるんだよ?」


「それはその……まぁ、色々よ」


 言葉を濁したローズは咳払いして仕切り直す。


「とりあえず、会うことはないと思うけど危険なのよ。あの――マジカル☆クラブと、マジカル☆カルネはね」


「クラブさんとカルネさんかぁ。何だかちょっと怖いかも」


 二人の名前を口にし、不安そうな表情のリリィ。


 とはいえ、魔法少女は自分の管轄内でマナを回収する。その領域を持たないものが奪いにくる縄張り争いは考えられるが、クラブとカルネがジギタリスのお気に入りというならきちんと与えられた土地でマナ回収を行っているはず。


 ならば、リリィやローズと邂逅する理由はない――のだが、


(魔法少女は巨大な力だ。手にして調子に乗るやつが出てこないわけないんだよなぁ……。俺は前からそこが不安なんだ)


 いつぞや、時間停止を悪用できるのではないかとリリィに問いかけたように結人は不安視していた。魔法の国の決め事で縛りがあるとはいえ――そういった枷の裏を突く人間は常に存在する。


(そういうやつが自分の縄張りで大人しくするかなぁ……? まぁ、まだ何かが起きたわけじゃないし、心配しても仕方ないのかな)


 スッキリしない気持ちを抱えながら、結人は予感を育てないように努めることにした。


「――それよりもよ、リリィ。あんた、ゴールデンウィークの予定を聞いてきたけど……もしかして私と遊びたいのかしら? どうしてもっていうなら……べ、別に付き合ってあげなくもないけどっ!」


 髪を指でいじりながら顔を背け、素直ではない口調で語ったローズ。


 結人とローズは随分と自分の気持ちを表に出せるようになったローズを微笑ましい気持ちとなる……のだが、リリィは体をビクつかせる。


 そして、バツの悪そうな表情を浮かべ――、


「あ、ごめんっ! 諸事情で変身前の姿を晒せないから……ボク、遊びにはいけないんだっ!」


 両手を合わせて頭を下げ、謝罪するリリィ。


「えぇ!? 予定を聞くからには遊びに行く流れじゃないの!? じゃあどうして予定を聞いたのよ!」


「うーん……何となくゴールデンウィークが近いから?」


「へ、変な期待させるんじゃないわよぉ!?」


 ローズはがっくりと肩を落とし、うなだれて心底落ち込む。


 おそらくリリィもローズと遊びに行くつもりで予定を聞いたのだろうが、話が進んだ土壇場になって約束を藤堂政宗の体でこなせないと気付いたのだろう。


 普段政宗の体でも瑠璃と接しているため、顔の使い分けがまだ慣れておらず混乱したらしい。


(正体を明かせればこうはならないんだろうけど……やっぱ難しいよな。瑠璃も政宗相手に遊びの約束を取り付れば問題なかったんだけど)


 ちなみに――結人と政宗の二人にはゴールデンウィーク、遊びに行く約束があったりする。

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