⬛第二章 二人目の魔法少女

第一話「すれ違いの予兆」

「あんま気にしてこなかったけどリリィさんと巡り合えたんだから身だしなみとか意識しないとなぁ。……しかし、こういうのみんな何から情報収集してるんだろ」


 授業合間の休憩時間、トイレの鏡を覗き込んで前髪の行方を悩み続ける結人の姿があった。


「カッコいいやつの髪型はもっとこう……何だろう? 尖ってたり、ふわっとしてる感じ? 整髪料を使ってるのは分かる。ただ、俺が知識もなく使ったらサ○ヤ人になるだけだろうな」


 中学時代に刺激的な存在(マジカル☆リリィ)と出会ってしまった結人は魔法少女アニメ堕ちし、一般的な男子が恋愛と比例して興味を持っていくあれやこれを逃してきたのだ。


 前髪を束にして鼻筋に流してみる結人。


「お、いい感じじゃないか? いじってみればそこそこ形になるじゃん!」


 髪をいじって悦に入っていた時――、


「あ、結人くん! どうしたの? そんなに鏡を覗き込んで」


「――あいえぇぇえぇぇえぇぇえぇぇえぇぇええええ! 政宗!? 政宗、なんでぇ!?」


 鏡に映り込んだ政宗に結人は悲鳴を上げてしまう。


「ど、どうしたの結人くん!? そんなに驚いて! ボク、ビックリさせるようなことしちゃったかな?」


「……あ、いや、すまん。お前が男子トイレにいて心底驚いてしまった。そっか、そりゃそうなるのか。俺は使ってるトイレを間違えたかと思ったぞ」


「そこで驚くの? ボク、男子の制服着てるわけだけど……」


 胸を押さえ呼吸を整えている結人に対し、責任感を感じてか困惑する政宗。


 自分の存在がこの場において違和感だと悟ったのか、そそくさと個室へ入っていった。


        ○


(政宗が男子トイレにいて驚くのはセーフのはずだよな。政宗を女の子扱いしてるからこそ驚いたんだし。……本当にそうなのかな?)

 

 結人は教室に戻りながら、さっきの発言を振り返る。


 咄嗟に出てしまった言葉が正しかったのか悩むのは最近の結人にはよくあることだった。性同一性障害を抱える政宗との向き合い方を模索している途中なのだ。


 彼の中にあるのは腫れ物に触る感覚ではなく、とにかく優しくしたいという想い。だが、そうして政宗に接する中で結人は分からなくなっていた。


(もしかしたら俺はリリィさんが好きだから、その正体である政宗に優しくしてるだけなんじゃないか。政宗に嫌われたら――リリィさんとの交流までなくなるから)


 優しさの原動力は間違いなくリリィへの恋心。

 ならば――。


(そもそもリリィさんをきっかけに生まれた気持ちを――政宗に傾けていいのか? 同一人物なのに分けて考えるのは変な気もするけど……でも、政宗に向けた純粋なものじゃないのは事実だ)


 いつしか結人はリリィと政宗を別個に考えるようになっていた。

 まるで多重人格者の一人格を好きになってしまったように。


 言ってみれば、魔法少女に恋した人間特有の葛藤になるのだろうか。

 

(お菓子のオマケだけ取って捨てるのは罪悪感があるから仕方なく食べてる……そんな考えが自分にあるんだったら、すごく嫌だな。俺は政宗を――どう思ってるんだろう?)


 そして――。


(いつか政宗が契約を終えてリリィさんと会えなくなった時――俺の気持ちはどうなってるんだろう?)


 そこに明確な回答を持たない限り、少しずつすれ違っていくのだろう。

 まぁ、それは必要なすれ違い、と――言えるのかも知れないが。


 四月十九日――結人と政宗が出会って一週間が経っていた。


        ○


「ここ数日は随分と平和だよね。その方がいいんだけど、マナが普段の量に満たない日ばかり……一体どうしちゃったんだろう?」


「ちょっと早い五月病で凹んで悪いことする気も起きないとか? でもリリィさんの口ぶりだと去年はこうじゃなかったみたいだし……」


 夜七時――高速道路にてあおり運転を行っていた人間からマナ回収した結人とリリィ。


 放課後からずっとマナ回収をしていたため今は休憩中。跨道橋こどうきょうから流れる車を見下ろしながら会話していた。


「しかし、あおり運転ってのはマナ回収の効果がてきめんだな。一時の感情に突き動かされてる証拠か」


「事件になる前に対処すれば何事も起こらないから安心だよね。対応も時間停止があるから簡単だし」


 この一週間の間に結人とリリィは何度も高速道路を訪れ、悪質な運転手の抱える感情を回収してきた。


 あおり運転の理由は各々多岐に渡るとは思うが、基本的には「苛立ち」から行われる犯罪。なので、それを取り除いて事件解決……なのだが、中には勢いを失った加害者に対して今度は被害者側が強気となって迫るレアなケースもあった。


 二度マナ回収が可能になるためラッキーと言えなくもないが、悪意が連鎖していく人間感情の醜さ――その縮図のようで二人は良い気分にはならなかった。


「高速道路に生身でやってくるなんて貴重な経験だよなぁ」


「魔法少女と一緒じゃなきゃ見られない景色かもね」


「普通じゃ見られない景色を目の当たりにできて面白いよ。……まぁ、相変わらず俺は何の役にも立ってないんだけどな」


 結人は今日までの日々を思い返し、溜め息混じりに語った。


 一応できることを探してみたが、やはり時間停止による問題解決の速度が圧倒的過ぎて力になれそうもなかったのだ。


「結人くんはいてくれるだけでいいんだよ。一人でやってた頃に比べて心強いし、今みたいな時間も暇しないから助かるよ」


「本当か? そう言ってもらえると嬉しいな」


「でも予定とかは大丈夫なの? 毎日一緒に来てくれるのは嬉しいけど、放課後の時間が潰れちゃってるよね?」


 結人は放課後から行われるマナ回収に今日まで欠かさず同行していた。


「俺の方はもちろん大丈夫だよ。だってリリィさんと一緒にいられるんだ、最高じゃないか!」


「なるほど、確かにそうだよね」


 リリィは短く結人の言葉に相槌を打ち、走り去る車が描く光の筋をボーっと見つめた。


 そして――、


「その言葉は、ボクも受け取っていいんだよね……?」


 車の行き交う音に隠してひっそり呟き、リリィは胸の前で握った手の力をギュッと強める。


 暫し二人の間に会話のない時間が流れ、そんな一切を払拭するようにリリィは立ち上がり「行こっか」と結人に言った。


 ――そして、去りゆく二人の影。


 魔法少女が去った高速道路にあるのは――急ぐ車がそれぞれの方向へ駆け抜ける、平穏なすれ違いだった。

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