第九話「特別な少女と普通の少年」

「いやぁ、しかしこれだけ犯罪行為が行われてるのを知ってしまうとブルーになるな。世の中悪事だらけなんだなって」


「ボクも初めてマナ回収した時は同じ気持ちだったよ。本当はマナ回収なんてできないほうがいいんだよね」


 結人と政宗はマナ回収を終え、駅通りにあるファミレスへとやってきていた。


 夜七時――窓際の席に案内された二人は向かい合って席へ腰を下ろす。メニューを見ていると店員がやってきて注文が決まったら呼ぶよう告げて去っていった。


 窓の向こうは夜の駅通り、飲みに向かう仕事終わりのスーツ姿が上機嫌な表情で行き交う。


「もしかすると魔法少女がああやって時間停止で事件を解決、もしくは未然に防ぐからそれほど表になってないのかな?」


「それはあるかもね。ちなみに今日一日マナ回収をして感じたと思うけど、昨日の銀行強盗みたいな大きい事件は珍しいんだよね」


「確かに。今日のマナ回収は軽犯罪って感じのが多かったよな」


 二人共家で夕食が用意されているのでドリンクバーのみと決め、店員を呼んで注文。


 ドリンクバーコーナーから結人はアイスコーヒー、政宗はオレンジジュースをグラスに注いで席に戻ってきた。


「でもさ、悪事って意味では魔法少女の方も大丈夫なのかってちょっと心配になったよ」


「魔法少女の方が? どういう意味?」


 政宗は不思議そうな表情を浮かべながら飲み物を口へ運んだ。


「だって時間停止ができるんだぞ? その力を使えば好き勝手できちゃうじゃないか。中には悪さする魔法少女もいるんじゃないのか?」


「なるほどね。それは大丈夫。魔法少女にはその力を悪用させないルールが設けられてるから」


「流石にそういう規則はあるのか。まぁ、そうじゃなきゃこの世界は魔法少女に支配されちまうもんなぁ」


 強力すぎる魔法少女の力にちょっと畏怖を感じていた結人は胸をホッと撫で下ろす。


「詳しくは知らないんだけど、ボクら人間が法律で禁止されてる大抵は魔法の国のルールでも違法らしいよ」


「じゃあ魔法少女はその力で一般人に危害を加えられないわけか。……あれ? でもリリィさん、銀行強盗を蹴ってなかったけ?」


「怪我しないくらいならオーケーなんだよ。友達同士、軽く小突いたくらいで逮捕されないじゃない?」


「あれはそういう範疇なのか……? とりあえず、大抵の悪さが違法なら時間停止をして盗みを働くとか、そういう悪さもできないんだな」


「そうだよ。もしかして結人くんって心配症なの?」


「そうなのかなぁ? あんまり自覚はないけどな」


 面白がるように問いかけてきた政宗にピンときていない表情を返す結人。


 まぁ要するに――結人の懸念である「魔法」はルールと罰則によって縛られ、悪事のためには行使できないのだ。


「――それでさ、今日一日マナ回収に同行してみてどうだった?」


 政宗は改まって問いかけ、結人は腕組みをして難しい表情になる。


「うーん、正直言ってリリィさんが時間停止であっさり片付けるから実感がないんだよな」


「あはは、それもそっか。ボクとしては助かったんだけどね。マナ回収って他人の悪意とずっと向き合うからブルーになっちゃうし、回収してる時間よりターゲット探してる時間の方が長いからさ。話せるのは楽しかったよ?」


「あ、そこは俺も同意だ。リリィさんと話すのは楽しかった。ビルの間を跳ぶのも慣れればドライブしてる気分で最高だったよ!」


 グッと拳を握って熱弁する結人と、はにかんで視線を送る政宗。

 和気藹々とした会話――なのだが、結人はふと違和感に気付く。


(あれ、よく考えたら俺……なんで政宗相手に『リリィさんと』なんて話し方してるんだ? そこは政宗の名前を呼んじゃ駄目なのか? さっきから――いや、今日ずっとか?)


 モヤモヤとした気持ちを払拭すべく結人は話題を変える。


「それにしても今日みたいなマナ回収を毎日やってるのか?」


「うん、そうだよ。普段は家に帰ってゆっくりしてから出たりもするんだけどね。あと、土日は休んでるよ」


「流石に年中無休ってわけじゃないか。なるほど、じゃあ土日は学校もないから一日まるごと休みってわけだ」


「……と言いつつ、土日もたまにマナ回収に出たりしちゃうんだけどね」


「そうなのか? せっかくの休みなのに?」


 結人は話していて手つかずだったアイスコーヒーを口に含み、


(休みを返上してでも願いを叶えるためのノルマをさっさとこなしたいのかな? でも、そんなに無理して大丈夫なのか……?)


 などと考えながら複雑な表情を浮かべていた。


 しかし、結人の知るマジカル☆リリィを思えば自ずと休み返上の理由が見えてくる。


「……あ、分かった」


「ん? 何が分かったの、結人くん?」


「リリィさんのことだからアレだろ。土日にマナ回収しなかったら助けられたはずの――そして、防げたはずの犯罪が野放しになる。それが落ち着かないんだろ?」


「わっ! 何で分かったの!? ……うん、確かにボクはそんな理由で休みの日にマナ回収へ出るけど」


「今日のリリィさんを見てたら分かるよ。だって、マナ回収の対象がなくても一目散に飛び込んでいっただろ? あの火災現場に」


 結人は自分が助けられたあの日もマナ回収の対象が存在しなかった――それを思い出しながら語った。


(自分が休んでる時にこの街で事件が起きてたってニュースで知ったらきっと「助けられたのに」って罪悪感を抱く。リリィさんはそういう魔法少女って気がしたんだよな)


 思ったとおり正義の魔法少女だったため満足げな結人に対し、政宗は見抜かれたのが恥ずかしかったようで体をもじらせる。


「や、やっぱり自分に助けられる力があるなら、そういう人のためにこそ振るわれるべきだと思うから……」


「優しいんだな。正直、リリィさんのそういうところって本当に素敵だと思う」


「そ、そうかな……? 初めて言われたからちょっと嬉しいような……恥ずかしいような?」


 政宗は照れて笑みを浮かべながら頬を掻き、結人はそんな仕草を微笑ましく見つめていた。


 しかし――、


(やっぱりさっきから「リリィさん」って呼び名を連呼してるな。けど、これってどういう呼び分けなんだ? まるで政宗とリリィさんを無意識下で別個に考えているような……?)


 夜のファミレス、出会って二日目の二人は互いを知るための会話を交わしていく一方で――奇妙な予感が波紋のように広がっていく。


        ★


「――この街の魔法少女はどんな子なのかしら?」


 結人と政宗がファミレスで談笑するのと時を同じくして――とあるビルの屋上。夜の街、宝石のように色とりどりの光が瞬く風景を望む人物がいた。


 まるでアニメの世界から切り抜いてきたような姿――そう、彼女も魔法少女なのである。


「……まぁ、どんな子だって構わないわ。この私が――ぶっ潰してあげるから」


 得意げな表情で語り、彼女は屋上から飛び出して姿を消した。

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