3-5

 筋肉でぴちぴちになったタンクトップに迷彩のカーゴパンツ、四角い顎に四角い額、顔もデカく、刈り込んだ頭髪。まるでおもちゃ屋のアクションフィギュアが動き出したような、教師に似つかわしくない風貌をした男性教師のハスキーな声を聞き流しながら彼女、木下美穂が頬杖をついてぼんやりと外を眺めていた時だった。ドタドタと誰かが廊下を走っている音が聞こえてきた。何事かと廊下を確認しようとドアを開けたマッチョが前のめりに倒れていく。それと同時に突入してきたのはモフッとした何かと汗だくの英二。


「ちょ、ちょっと! 何やってんの!?」


 木下の声を無視し網を振り回す英二と、駆け回るすねこすり。暴れまわるそれらから逃げるクラスメイト達で教室内はパニック状態。そんな中、マッチョがユラリと立ち上がる。青筋を立てたマッチョはズンズンと歩を進める。


「ええいっ! おとなしくせんか!」


 迫る腕を身を屈め避ける。逞しい腕が英二の頭上を通過する。同時に網の柄で相手の脛を狙う。でも飛んで避けられた。


「甘いわぁ!」


 英二はとっさに頭上で自分の腕を交差させる。全身のバネを使って伸び上がり、迫る巨腕を跳ね上げた。相手がバランスを崩した隙に、すばやく周囲を見渡す。


 ――見つけた。掃除用具が入ったロッカーの上、ちょこんと座ったそれに向かって駆け出す。

あと数センチの所でそれはロッカーから飛び降りた。ご丁寧に英二の頭を踏みつけて。英二は無理やり体をひねってなんとかロッカーとキスする事態は避けた。


 そんな彼の視界に入ったのはこちらに向かって両腕を広げ突進してくるマッチョ。軽くホラーだ。ドアを開け廊下に飛び出す。マッチョからの抱擁など嬉しくない。


「ヒバリさん! 目標は!?」

「前方、およそ四百メートル先!」


 英二の正面には窓。その先は中庭があるのだが、ここは二階。さすがに飛び降りるわけにはいかない。「迂回する!」と伝え英二は走り出した。


 ロッカーと熱い抱擁を交わしていたマッチョはおもむろにタンクトップを掴むと、真ん中から一気に引き裂いた。マッチョがシャツを破る時、それは封印が解かれた事を意味する。と誰かが言っていた気がする。


「一条ぉぉ! わしにも、わしにもモフモフさせろぉぉぉっ!」


 授業そっちのけで走り去るマッチョ。その風貌に似合わず可愛い物好きな彼は、家庭科教師である。

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