3-1

 とっくに一時限目の授業は始まっているというのに英二は教室を離れ、とある一室で男と対面していた。整えられた顎鬚に眼鏡の奥から覗く鋭い眼光を真っ直ぐ英二に向けるその男の机上には、理事長と書かれたプレートが立てられている。その斜め後ろでは白髪の男性が直立不動で控えていた。


「何故呼ばれたのか、わかるかね?」


 顎鬚の低い声に英二は一度頭を掻き口を開いた。


「朝から起きてる件について聞きたいんでしょう?」


 英二の返答に顎鬚は重々しく頷いた。


「その通りだ。それで、退魔士プロの見解は?」

「『すねこすり』って妖怪の仕業でしょうね。放っときゃそのうち居なくなりますよ」

「そのうち、では遅いのだよ。直ちに退治してもらいたい」


 いっそう鋭くなった顎鬚の眼光に英二は思わず息を呑んだ。まあ確かに、今は男達がビンタされる位で済んではいるが、転んだ拍子に階段から落ちたりしたら大問題ではある。曲がりなりにもこの男は理事長、そこまで考えているんだな、と英二は思っていた。


「もし! もしもだ! 女性陣が転んだ拍子に足を怪我でもしたらどうする!? スカートから覗く女性の足とは至宝なのだよ! それに傷が付こうものなら私は! 私はぁ!!」


 グッと拳を握りながら力説する顎鬚。自分の思っていたものとは遠くかけ離れた理由に、こんな奴が学園のトップでいいのかと英二は思わず口元をヒクつかせつつ、右掌を上に向け親指と人差し指で輪を作って見せる。


「まあ、ともかくソレが依頼だってんならやりますがね。御代はいかほどいただけるんで?」

「御代だと? 女性の足を守るという崇高な使命をキミは何だと思っているのかね!?」

「そんな使命どうでもいいわ! 慈善事業じゃないんですよ? 報酬を要求すんのは当然でしょう? 別に法外な金額要求したりはしませんって。俺だけは学食をタダで食えるようにしてもらいたいだけですよ」


 大したこと無いでしょ?と笑ってみせる英二。彼がコレを報酬としたのには理由があった。相談所にきた依頼を解決したら、当然英二にも分け前はある。しかし、学費だ生活費だと東雲によって色々引かれ手元に来るのはほんの僅か。彼がよく食べているバランス栄養食も別に好きで食べているわけではない。スーパーで買うとわりと安いから買っているだけ。


 ブツブツと文句を言いながらも英二の要求を呑んだ理事長に一度頭を下げ英二は彼に背を向けた、その顔はニヤリと笑っていた。彼としては何処にいるのかわからないすねこすりを真面目に探す気は毛頭無かった。なんたって理事長直々の依頼で動くわけだから堂々とサボれる。放っておけば居なくなるだろうからどこかで適当に時間を潰して、退治したと報告すれば依頼は達成。これが笑わずにはいられようか。


 そんなことを考えながら英二はふと思った。どこかの副指令のように直立していたあの白髪校長、居た意味あったのだろうか、と。

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