2-5

 すっかり夜の帳が下り、煌くネオン街の一角に立つビルの中に居を構えた一軒の飲み屋。そこには今日の疲れを綺麗なオネエチャンとの一時で癒されようとするオヤジ達や、上司に半強制的に連れてこられたのか、まだスーツを着こなせていない若者達の姿があった。まだ開店時間からそれほど時間も経っていないというのに、なかなかの盛況ぶりだ。


 だというのに、彼女は一人ロッカールームでタバコをふかしていた。病み上がりだからと、店長が待機を命じたのだ。冗談じゃない!彼女は半分くらい燃えたタバコをグリグリと灰皿に押し付ける。出勤しただけでも一応給料は貰えるが、客からのバックが無い分当然その額は少なくなる。三日も休まされた上に今日の買い物で散財した彼女にはこれは大きな痛手だった。苛立たしげに何本目かのタバコに火をつけた時だった。ロッカールームのドアがノックされた。


「マキさん、お願いしまーす」


 返事も待たずにドアを開けたのは新人ボーイ。そんな彼に文句を言ってやろうとドアに背を向け座っていた彼女は立ち上がり振り返る。ソレと同時に新人ボーイは腰を抜かしその場にへたり込んだ。失礼なヤツだ。彼女は新人ボーイを睨む目を更にきつくすると、新人ボーイは餌を待つ鯉のように口をパクパクさせながら後退る。そんな彼に文句を言う気も失せたのか、彼女はロッカールームから客席へと足を踏み出した。そう言えば何処のテーブルに着くのか聞いていない。そう思った彼女は別のボーイに声をかけた。


 声をかけられたボーイは悲鳴をあげ彼女の傍から飛び退いた。勢い余って近くのテーブルをひっくり返し、その音に何事かと店中の人間の視線が集まり、次々と悲鳴が上がる。状況もわからないまま、ボーイに手を伸ばした彼女はピタリとその動きを止めた。


 彼女の視界に映ったのは怯えた表情の金髪の同僚と、そんな彼女の肩を抱く店長の姿。そして、自分の腕、スカートから見える足その全てに現れたギョロギョロせわしなく蠢いている無数の目玉だった。


 そんな中誰かがケータイのカメラで撮影したのだろう。パシャリとシャッターをきる音が聞こえた。ビクリと彼女は一度身を震わせ、まるでうかんだ目玉を隠すように身体を抱きしめると店を飛び出し、夜の闇の中に消えていった。

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