1-3

 顔を真っ赤にしながら彼女、木下美穂は廊下を足早に歩く。その後ろを着いて行くのは彼女の友人山下優美やましたゆみ中島愛理なかしまあいり


「美穂ちゃーん、もう少し一条君とお話しててもよかったんだよー? せっかく二人っきりだったのにー」

「無理に決まってんでしょ、美穂このへタレにはアレが限界よ」


 ニマニマと笑みを浮かべる優美と呆れたように首を振る愛理。美穂は振り返りそんな二人をじろりと睨む。


「ウルッサイわねー。なんでアタシが一条あんなヤツと二人っきりで話さなきゃなんないのよ!?」

「えー、だってー」

「ねえ?」


 優美と愛理は顔を見合わせ、揃ってニンマリとした笑みを美穂へと向ける。


「好きなんでしょー?」

「ななな、何言ってんのよ!? それよりほら、さっさと帰るわよ! 今日の『水戸の将軍様ぶらり世直し紀行』録画予約してないんだから!」


 そう言って歩き出した美穂をからかいつつ、三人は昇降口へと向かう。昇降口で迎えを待っているであろう生徒の姿を横目に、美穂が下履きを取り出すためロッカーに手を伸ばしたときだった。ゾワリとした不思議な感覚が彼女を襲った。そして彼女は気付いた。


「……え? 優美? 愛理?」


 今の今まで一緒に居た友人達も、名前も知らない生徒も誰一人として周りに居ない事に。再び感じるゾワリとした感覚。彼女は視線を恐る恐る外へと向ける。バクバクと早鐘を打つ鼓動がやけにうるさく聞こえるほどの静寂の中、彼女の視線の先に見えるのは通常では考えられないような赤黒い色をした空。それと白いボロボロの服を着た何かの姿。それはゆっくりと、だが確実に彼女との距離を縮めている。


 叫びたくても口の中はカラカラで上手く声を出せずガチガチと歯が鳴るばかり。この場から逃げだしたくてもまるでマネキンにでもなったかのように体が動かない。近づくにつれそれの姿も鮮明になる。乱雑に伸びた黒髪のせいで表情は覗えないが、それの口元は笑っている。笑いながら左手でニンゲンの脚を掴んだまま、歩いている。


 逃げたい、逃げなきゃ。そう思っても美穂の体は動かない。このままでは心臓が潰れるんじゃないか?そう思えるほど鼓動は先程よりも早くなる。


 ピタリとそれは歩みを止めた。掴んでいたニンゲンの脚を離す。数秒佇んでいたそれはニイィと笑みを深くし、美穂へと一直線に向かい始めた。恐怖のあまり、彼女は目をぎゅっと瞑った。

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