イタズラ


 闘技場から外に出ると日がまだ上の方にあることに気がついた。


 確か日が沈みかけたときに迎えが来るっていってたよな?まだまだ時間が余っているようだ。


 どうしたものかと悩んでいると俺が来たほう…闘技場の入り口に人が群がっているのがみえた。何かあったのだろうか?


 時間もあるので野次馬になることにした。


「やっぱりお似合いだよね〜。あの二人」

「そうだね〜。並んで立ってるあそこだけ次元がちがうよね〜」


 そんな声が聞こえ、なんの事だろうと思いながら視線が集まる先を見ると…


「アリシア様、ご無沙汰しております」


 背が高くスラッとした細身の青年が立っていた。容姿は整っており、まさにイケメンという言葉が合う男だった。そしてその横には、


「えぇ、久しぶりね。クラー」


 アリシアさんだった。


 先程の野次馬が言っていたお似合いと言う言葉はアリシアさんとクラーと呼ばれた男に対するものだと理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。


 確かに立っている二人は容姿端麗、美男美女。金髪同士というインパクトのあるものだった。久しぶり…ということは前に会っているのだろう。


「アリシア様もこちらに入学されるのですね。そのご様子ですと検査も免除になられたようで…」

「そうですね。幸いにもステータス値が良かったもので」


 笑みを浮かべて返事を返すアリシアさん。その口調は俺と話している時とは違く、凛としていた。これが王族としての本来のアリシアさんなのだろうか。


 すると別の場所からも噂話が聞こえた。


「私、クラー様とお話したことありますけどとても紳士的なお方なんですよ」

「まぁ、そうなんですか?しかしアリシア様の側に居られるのでしたら私達では手が届きませんわね」

「あら、公爵家の長男というだけで身分が違いすぎますわ」


 なん…だと?紳士的でイケメンで大貴族の長男。それにこの学園にいるという事は頭も良い…。

 くそ、勝てる要素が見当たらない…!一ヶ月やそこらのポッと出の俺が霞んで見えなくなってしまう。


 何ということだ。アリシアさんが俺に優しくしてくれているからと言ってそれに甘えて余裕をぶっこいてた俺が馬鹿だった。アリシアさんは王族でもう十六歳にもなる。普通だったら何処かの貴族と結ばれていてもおかしくない年頃なのだ。それなのに婚約のこの字も無かったのは、あの親バカのおかげだろう。


 茫然と立っている俺はアリシアさんを外野から見ていることしか出来なかった。


 チラッ


 不意にアリシアさんと目があった気がした。気のせいか…?


「―と言う事で私めもこの学園に入学する事となりました」

「えぇ。これからの学園生活も一緒に頑張りましょう。…私は用事がありますので失礼しますわ」


 心なしか話を無理やり会話を止めるようにしてこちらに歩いてくる。


 …チラッ


 アリシアさんは無言のまま目配せをして横を通っていった。


 ん?ついてきてってことか?わざわざそんな…


 あっ、そうか。人目があるところで会話をするのを避けているのか。

 ここは平民だけじゃなくて貴族もいるから不用意に話すことができないようだ。


 俺はアリシアさんが見えなくなったあとを追いかけて歩く。


 闘技場の出口から離れ、校舎裏とでも言うんだろうか人気のない場所へ入っていった。その後ろを見失わないようについていき、曲がった先にアリシアさんが…。


 いなかった!


 確かにここで曲がったよな?!


 あたりを見渡してもアリシアさんの姿はみえない。自然と中の方まであるき出そうとしたその時、


「だ〜れだ?」


 何者かによって視界を遮られた。


「え、え?」


 いきなり目の前が真っ暗になったので驚いてしまった。この手の大きさは…


「だーれだ」


 一回目の問いかけよりムスッとした問い掛け。まだ幼さが垣間見えるこの声は間違いない。


「あ、アリシア?」


「正解です♪」


 塞がれていた視界が開き振り返るとようやくその姿を見ることができた。


 彼女は後ろで腕を組み、前かがみになって覗き込んでくる。

 その姿にドキリとしたが感情が高ぶるのを抑えて尋ねる。


「突然だったから驚いちゃったよ。今のは…」

「はいっ!【隠密】です!どうでしたか?」


 隠密というのは金書庫の本に書いてあった無属性魔法だ。つい先日見つけたものなのだが、既に気配を感じとれなくなる程の完成度を誇っておりアリシアさんの魔法センスの良さがうかがえる。


「すごい、全然わからなかったよ。もう使いこなしてるなんて」


 素直な感想を述べる。


「ふふ、ありがとうございます。でもメディくんの《火球》も凄かったですよ?」

見られていたのか…。何だか恥ずかしいな。


「いや…あれは火力ミスというか、まだまだ魔力調整が上手くできなくて…」


 本当だったら的を花火のように爆発させる予定だったんだが少し魔力を込め過ぎた。改善点はまだまだある。


「そうなんですか?あれは本当に《火球》なのかって騒ぎになってましたよ?」

「ま、まぁ凄いくらいじゃないとアリシアと同じクラスにはなれないからね」


 俺が入ろうとしているのは優秀が集められるクラスだ。あれぐらいでちょうど良かったのかもしれない。


「そうだ!これからまだ時間もありますし、闘技場で見学していきませんか?」


 手の指を合わせておねだりする様なポーズで提案をしてくるアリシアさん。


 一体どこでこんな技術を学んだのだろうか。何気ない仕草だとしても破壊力がありすぎる。


「あれ、そろそろ終わる頃なんじゃないかな?」


 たしか俺は後半の番号で魔力検査を受けたはずだ。もう終了しているのではないだろうか。


「メディくんが受けたのは午前で、午後もあるんですよ。人が多いから分けて行っているみたいですね」


 そうだったのか。分割しなきゃいけない程受験者が多いとは、予想以上だった。


「わかった。じゃあ見学しにいこうか」

「はい!」


 アリシアさんのちょっとしたイタズラで、なにか大事なことを忘れている気がするがまぁいいだろう。


「……」


 校舎裏を出て再び闘技場へと向かって行く。その姿を見ている者がいるとは気が付かずに。


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