不安

帰り道。

荷物を手にてくてく歩く俺と彩乃。会話が無く。繁華街から離れているせいか街灯の少ない道を月の光を眺めながらのんびりと進む。


ミライにはさすがに悪いことをしたと思う。ちゃんと羞恥心があったのだと確認出来たことは重畳だけど……その代償が心の疵はさすがにヤバいよな。話の流れでトラウマも抉ってしまったし、踏んだり蹴ったりだったろう。


「大丈夫かな……」

「ミライのこと?」

「ああ。悲痛な叫びに涙まで……不安にもなるだろ」

「大丈夫大丈夫。明日になればケロッとしてるから」


あっけんからんに言い切った。

付き合いが長い彩乃が言い切るのだから大丈夫なのだろう。見えないけれど七機や五機も着いている。何かあれば知らせに来るか。


「あれは、心細いだけだから」

「尚更ダメじゃないか?」


一緒に居ない俺が言うのもおかしいが、心細いのであれば付き添ってあげるべきではなかろうか?

帰るべきかと足を止めれば、同じように足を止めて腕を掴む彩乃が居た。


「大丈夫」

「自暴自棄になってるかもしれないだろ」

「大丈夫だから」

「だけど……」

「大丈夫なの!!」


引き止める彩乃の必死な姿に違和感を覚えた。

何かがある。そう判断するには充分すぎた。


「何か、あるのか?」

「うん。ミライは……心細くなると、襲いだすの」

「それは、包丁を振り回す感じの、か?」


不安しかない。

ミライが狂喜乱舞で包丁と戯れながら襲ってくる姿を想像出来ないのが一番の不安だ。自分を襲いだすのであれば容易に想像出来るのにな……


「えっと……性的な意味で」

「さて、ミライのことは七機たちに任せよう」


あの二人ならば見えないから襲われる心配もない。慰めることも不可能であるが些細な問題である。襲われるよりもよっぽどマシだ。


「一年の付き合いじゃ知らないことばっかだな」

「私だって、先輩の全ては知らないよ?」

「……それもそうか」


言われてみれば彩乃のことだって知らないことばかりである。

今が心地よいから知ろうとさえしなかった。


付き合うのだとしたら……もっと多くを知った方がいいのかもな。


「しっかし、ミライの働いてた会社が火事ねぇ」

「あれ、不思議な火事だよね?」

「確かに。他に燃え移ってないってのが不自然すぎる。嫌な予測ではあるけど、七機の仲間が関わってそうだな」

「うーん」


百歩譲って仲間ならまぁいいだろう。問題は敵である場合だ。

そうであれば、俺たちを襲う可能性がある。今の平穏が崩されるかも……


頭が痛くなるな。


「どうにかして調べられないかな?」

「ネットで検索してもニュース以上の情報は出ないぞ?」

「じゃあ、どうするの?」

「人を使うかね」

「もしかして……もう仲間が居るの!?」


期待のこもった声音だが、残念なことにこっちに巻き込んだのは彩乃だけである。

他は知らないし、探す気もない。

ただ、情報収集可能な奴が友達に居るだけだ。


「彩乃だって知っている奴に調べてもらう。七機たちのことは知らなくても、火事のことくらいは調べられるはずだ」

「えっと……先輩の友達?」

「ああ。何回か会ってるだろ? 店にたまーに来るし」

「あっもしかして……先輩のツケでお昼食べに来るあの人?」

「そう。その人」


俺の幼馴染であるそいつに電話をかける。数コール聞こえるが出る様子が無いので一度切り、しばらく無視して歩きだす。


「えっと、えっ?」


隣を歩く彩乃はポカンとしている。俺の行動が意味不明だと言わんばかりである。

しかし、少し待つと電話がかかってきたとバイブで知らせてくれる。


「もしもし一樹かずきか?」

『ああ。何か用か?』

「昼間の火事知ってるか?」

『近くで起こったことだ。当然知っている』

「なら、それの詳しい情報くれないか?」

『断る』


即断である。

つまり、何らかの情報は入手しているのだろう。大学生でわりと暇を持て余しているようなので、ここは交渉が必要か。


「今度何か奢るわ」

『む?』

「好きな物でいいぞ?」

『焼肉でも、か?』

「食べ放題でいいならな。高いのはダメだ」

『ふむ。悪くないな。それで手打でいいだろう。メールで送る』


交渉成立。

貧乏学生だから食で釣るのが一番だ。金が無い時は集りに来るし、こういう時は扱いやすくていい。


「情報貰えるぞ」

「あの人、大丈夫なの? 友達は選んだほうが……」

「ミライと友達の彩乃が言うのかよ」


あははと笑われる。

色々と問題を抱えているが、そんなもの関係なく大切な友だと胸を張って言えるのが一樹だ。彩乃にとってのミライもそうなのだろう。だからこそ、文句を言いながらも家事をして、面倒を見るのだろう。

お金は貸さないみたいだけどな。


「そうだね。うん、そうだったね」


納得した彩乃と共に駅へと急ぐ。

明日に備えるのだ。


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