第13話『花火大会-前編-』
結衣と一緒に、武蔵金井駅に向かってゆっくりと歩く。カタ、カタ、カタ……と結衣の履いている下駄の足音と共に。今は甚平姿で、結衣も浴衣姿なので非常に夏らしく感じる。
ちなみに、俺は甚平と一緒に買った草履を履いている。裸足で履いているのもあり、いつもと比べて足元が快適だ。
「浴衣を着ているし、悠真君は甚平姿だし、カタカタって下駄の音も聞こえるし……いかにも夏って感じだね。今日で夏が終わっちゃうけど」
「ははっ、そうだな。俺も同じようなことを考えてた。ただ、最後の日に夏らしい時間を結衣と一緒に過ごせて嬉しいよ」
「私も。もう今の時点で、花火大会に誘って良かったって思ってるよ」
「そっか。誘ってくれてありがとう」
「うんっ」
小さく頷くと、結衣はそれまで繋いでいた手を離して、俺の左腕にそっと絡ませてくる。お互いに薄手の服装なので、結衣の温もりと共に胸の柔らかな感触がはっきりと伝わってきて。控えめに言って最高だ。
「浴衣姿なのもあるけど、この時間帯になると、そこまで暑さを感じなくなってきたね」
「過ごしやすくなってきたよな。空気もあまりジメッとしていないし。甚平を着ているから結構快適だ」
「その甚平、涼しそうだもんね。こういうことでも夏の終わりを実感するね」
「そうだな」
一番暑い時期は夜でもかなり暑かったからな。そういった日は、夜遅くまでバイトした後、家に帰るのがちょっとしんどいと思ったこともあった。
明日から始まる秋のうちに快適な気候となり、やがて夏の暑さが良かったと思えるくらいに寒くなっていくのだろう。
それから少しして武蔵金井駅に到着。会場の最寄り駅である
ホームに到着してから数分ほどでやってきた下り方面の電車に乗る。先頭車両に乗ったので、結衣とは隣同士に座ることができた。電車の中でも浴衣や甚平姿の人はいる。
月野駅までは20分ほど。ただ、結衣と七夕祭りのことを中心に話が盛り上がったので、あっという間に月野駅に到着した。
電車から降りて月野駅のホームを見ると……ここで降車する人はかなり多い。見える範囲だけど、半分以上が浴衣姿や甚平姿の人だ。きっと、今、ここで降車した人のほとんどが花火大会に行くのだろう。
「結構たくさんの人が降りるんだなぁ。それだけ人気の花火大会なんだな」
「会場までアクセスしやすいし、開催時期も8月最後の土曜日だからね。夏の最後の思い出作りに来る人が多いの。花火も一万発打ち上げられるし、屋台もたくさん出るし。私も行く年が結構多いよ。去年も姫奈ちゃん達と受験勉強の気分転換に行ったんだ」
「そうなんだ。今の話を聞いたら、より楽しみになってきた」
「楽しい花火大会だよ! 七夕祭りを楽しんでいた悠真君なら、きっと楽しめるんじゃないかなって思う」
「そっか。今回も結衣と一緒だから楽しめそうだ。行こうか」
「うんっ!」
俺は結衣と手をしっかりと繋いで、ゆっくりとホームを歩き出す。
改札を出ると、待ち合わせしているのか浴衣や甚平姿の人がより多くなる。こういう風景を見ると、大会の会場も近いのだと実感できる。
事前にホームページを見て、月野駅から会場までの道のりは調べていた。ただ、運営スタッフさん達の案内や、来場者と思われる多くの人達の流れもあって、俺達は迷うことなく花火大会の会場まで来ることができた。
「着いたね!」
「着いたな!」
会場の入口からは多くの来場者と屋台が見える。先月行った七夕祭りと同様に賑わっている。
時刻も午後6時過ぎなので、結衣の家を出発したときと比べて、空がかなり暗くなっている。そのことで、提灯の灯りや屋台の照明が幻想的に感じられて。ソースや醤油などの香ばしい匂いも香ってくるので、花火大会の会場に来たのだと実感する。
「いい雰囲気の会場だなぁ。七夕祭りと同じで、夏のお祭りって感じがする」
「でしょう? 花火の打ち上げは午後7時からだから、あと1時間近くあるね。それまでは屋台を楽しもっか」
「うん、そうしよう」
「あと、この会場で胡桃ちゃんや姫奈ちゃん達と会えるといいね!」
「そうだな」
こんなに多くの人がいる中で会えたら嬉しくなるな。
胡桃は伊集院さんと伊集院先生。中野先輩はクラスメイトのご友人と。柚月ちゃんは部活の友人と。芹花姉さんは月読さんと一緒に来る予定になっている。それぞれ、もうこの会場の中にいるのかな。彼女達と会えるかもという点を含めて楽しもう。
「結衣。まずはどの屋台に行こうか?」
「そうだね……お腹が空いているから、まずは食べ物系がいいなぁ」
「食べ物系いいな。俺もお腹空いているし。じゃあ、近くにある食べ物系の屋台にするか」
「うん、そうしよう!」
はぐれてしまわないように、俺は結衣の手を今一度しっかり握って、彼女と一緒に会場の中に入った。
空はほとんど暗くなっているけど、提灯や屋台の灯りのおかげで、会場内はあまり暗くない。
会場内に入ると、来場者の多さをより実感する。浴衣姿の結衣と一緒にいるから、男性中心に視線を感じる。
わたあめやりんご飴、チョコバナナを持っている人もいる。そういった甘い物もいいけど、お腹が空いているからガッツリ食べられる調理系の方を食べたい気分だ。そう思いながら周りを見てみると、
「結衣、焼きそばはどうだ?」
そう言って、俺は焼きそばの屋台に向かって指さす。焼きそばは屋台の王道だし、七夕祭りでも、夏休み中に俺の家でお家デートした際に俺が作った焼きそばも、結衣は美味しそうに食べていたから。
「焼きそばいいね!」
結衣はワクワクした様子で賛成してくれた。
「よし、まずは焼きそばを食べるか」
「うんっ!」
俺達は近くにある焼きそばの屋台へと向かい、屋台の列に並ぶ。さすがに定番だって並んでいる人はいるなぁ。
5分ほど並んだが、そのおかげか作りたての焼きそばを2つ購入することができた。
焼きそばの屋台の近くにちょっとした休憩スペースがあるので、俺達はそこに行って食べることに。
焼きそばの入ったプラスチックのパックを開けると、ソースの香ばしい匂いが香ってくる。そのことでより食欲が増す。
「うわあっ、美味しそう!」
「美味そうだな」
具材は豚肉とキャベツだけ。焼きそばには青のりと紅ショウガがちらしてあって。シンプルかつ王道だからこそとても美味しそうに見える。
「じゃあ、いただきます」
「いただきまーす!」
青のりと紅ショウガがあるので、軽く混ぜた後に焼きそばを一口食べる。
作りたてなので、口に入れた瞬間に熱さとソースの香ばしさが口の中に広がっていく。咀嚼していくと、麺と具材、ソース、薬味の旨みが感じられて。熱々の鉄板で炒めたからか、麺の中にちょっとパリパリな部分があるのもまたいい。
「凄く美味しいっ!」
結衣はとても明るい笑顔でそう言い、もう一口食べる。笑顔でモグモグ食べている結衣はとても可愛い。あと、焼きそばのパックを持っているので、今の結衣を見て焼きそばを食べようって思う人がいるかもしれない。そう思えるほどに魅力的な姿だ。
「本当に美味いなぁ、この焼きそば。焼き加減やソースの味の濃さも絶妙だし」
「凄く美味しいよね。どうして、お祭りの屋台の焼きそばってこんなに美味しいんだろう?」
「確かに、屋台の焼きそばって美味いよな。熱々の鉄板で炒めているからとか?」
「家のフライパンよりも火力強そうだもんね。麺や具材がパリパリな部分もあるし」
「あとは……屋外で食べることが滅多にないからとか?」
「ふふっ、それもありそう。この前の七夕祭りで食べたものは全部美味しかったもん」
結衣は柔らかな笑顔でそう言う。
七夕祭りのことを思い返すと……結衣は屋台で買ったものをどれも美味しそうに食べていたな。そのときの可愛い笑顔を思い出すと心が温まる。あのときのような笑顔を今日もたくさん見られると嬉しいな。
「ねえ、悠真君。焼きそばを一口食べさせてあげるよ」
「ありがとう。じゃあ、俺も結衣に」
「ありがとう。……七夕祭りのチョコバナナみたいに、同時に相手に食べさせない?」
「やってみるか」
「うんっ!」
結衣は楽しそうに言うと、割り箸で焼きそばを一口分掴む。その際、何度か息を吹きかける。
俺も焼きそばを一口分掴んで、息を吹きかけた後に、結衣の口元まで持っていく。
「はい、悠真君。あ~ん」
「結衣もあーん」
俺と結衣は同時に焼きそばを食べさせる。
結衣に食べさせてもらったからか、これまで以上に焼きそばが味わい深くて美味しく感じるな。
結衣の方を見てみると……結衣は満足そうな笑顔でモグモグ食べている。
「とっても美味しい!」
「美味いな」
これからも、結衣と一緒にお祭りに行ったときは、同時に食べさせることを一度でもやるのが恒例になりそうだ。
とても美味しかったり、最初の屋台だったりしたこともあり、焼きそばを難なく完食することができた。
「焼きそば美味しかったね!」
「美味しかったなぁ。次も食べ物系の屋台に行くか?」
「うん! まだまだ食べられるし!」
「分かった。じゃあ、行くか」
俺は結衣と手を繋いで、屋台のあるエリアへと戻っていく。
焼き鳥やわたあめ、ドリンクなど、お祭りでおなじみの飲食系の屋台がいっぱい並んでいる。こんなに多いとどこに行くか迷うな。
「色々あるから迷っちゃうね~」
「いっぱいあるもんな」
迷っちゃうね、と言いながらも、結衣は楽しそうに周りにある屋台をキョロキョロ見ている。そんな結衣はとても可愛い。
2連続で食事系もいいし、焼きそばの後だからスイーツ系もいい。迷いながら周りにある屋台を見ていくのも乙なものだ。そんなことを考えながら歩いていると、
「あっ、ユウちゃんに結衣ちゃんだ!」
「ほんとだっ」
正面から、芹花姉さんと月読さんの声が聞こえてきた。なので、そちらに顔を向けると……結構近くに姉さんと月読さんの姿が。2人とも浴衣を着ており、姉さんは七夕祭りと同じく白い撫子が刺繍された紺色の浴衣。月読さんは満月模様が刺繍された青色の濃い紺色の浴衣を着ている。そんな2人が美しいのもあってか、男性中心に2人を見ている人が多い。
俺達が気付くと、芹花姉さんと月読さんが笑顔で手を振りながら目の前まで歩いてきた。
「ユウちゃんと結衣ちゃんに会えたっ!」
「会えたな、姉さん。こんばんは、月読さん」
「お姉様、彩乃さん、こんばんは! お姉様はもちろんですが、彩乃さんも浴衣姿似合ってますね! 素敵ですっ!」
「似合ってますね、月読さん。青みがかった紺色も満月模様も落ち着いていて、月読さんらしいです」
「2人ともありがとう。嬉しいよ」
月読さんは上品さも感じられる笑顔を浮かべる。落ち着きも感じられるし、髪が黒髪なのもあって、結衣と同じくらいに大和撫子な雰囲気を醸し出している。
「結衣ちゃんの浴衣姿も、悠真君の甚平姿もよく似合っているね」
「そうだね、彩乃ちゃん! 結衣ちゃん、お団子ヘアーもいいね! ユウちゃんの甚平姿を見るのは初めてだけど、本当によく似合ってるよ!」
大興奮な様子で言う芹花姉さん。姉さんに甚平姿を見せるのはこれが初めてなので、姉さんがこういう反応を示すのは想像できていた。それでも、姉さんに似合っているって言われると嬉しいものだ。もちろん、月読さんに言われることも。
芹花姉さんのブラコンぶりを理解しているので、結衣も月読さんも楽しく笑っている。
「ユウちゃん、甚平姿の写真を撮らせて! 結衣ちゃんとも!」
「ああ、いいよ」
「もちろんですよ! お姉様や月読さんとも一緒に撮らせてください!」
「もちろんだよ!」
「うん、いいよ~」
俺達4人は他の人の邪魔にならなさそうな場所まで移動し、芹花姉さんのスマホでたくさん写真を撮った。甚平姿の俺はもちろんのこと、ツーショット写真や女性3人のスリーショット写真など色々。それらの写真はLIMEで送ってもらうことに。
「色々写真が撮れて満足だよ! ユウちゃんと結衣ちゃんはもう何か食べた?」
「はいっ! 焼きそばを食べました」
「15分くらい前に会場に来たから焼きそばだけだ。姉さんと月読さんはどうです?」
「たこ焼きとわたあめを食べたよね」
「うんっ。どっちも美味しかったよね、芹花ちゃん。芹花ちゃんと一緒だから本当に楽しいよ……」
そう言って、芹花姉さんのことを見る月読さんの頬が赤らんで見える。そう見えるのは、近くにある提灯から放たれる暖色系の光のせいなのか。あるいは。
「ねえ、ユウちゃん、結衣ちゃん。これから私達、ラムネの屋台に行くつもりなの。2人も一緒に来る? 甚平姿のユウちゃんを見られたし結衣ちゃんとも会えたから、そのお礼に私が奢っちゃうよ!」
「そういうことなら遠慮なく! ゴチです! ありがとうございます!」
「ありがとう、姉さん」
「ふふっ、芹花ちゃんらしい」
「決まりだね! じゃあ、4人で行こうか!」
その後、芹花姉さんと月読さんと一緒に、近くにあるドリンクの屋台に行き、俺と結衣は芹花姉さんにラムネを奢ってもらった。
七夕祭りでもラムネは飲んだけど、奢ってもらったラムネだからあのときよりも美味しい。結衣も凄く美味しそうに飲んでいて。
月読さんと一緒にラムネを飲む芹花姉さんを見ると、俺が中学時代のときに姉さんと一緒に七夕祭りに行って、バイト代が入ったからとラムネとかたこ焼きを買ってくれたことを思い出した。それらがとても美味しかったことも。
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