第15話『浴衣姿と夕ご飯』
大浴場から出た俺は、入口前で結衣達のことを待つ。
ちなみに、今は着替えとして持ってきたこの旅館の浴衣を着ている。水色で爽やかな雰囲気だ。館内も涼しいのでとても快適だなぁ。温泉に入って、浴衣を着ていると完全に旅行中って感じがする。
結衣達も着替えで浴衣を持ってきているとのこと。なので、浴衣姿で赤い暖簾から出てくるのだろう。どんな雰囲気なのか楽しみだ。
近くにはウォーターサーバーがある。冷水と冷たい緑茶が飲めるようだ。緑茶は地元で採れた茶葉を使っているとのこと。それを知ると緑茶を飲みたくなるな。紙コップに緑茶を注ぎ、一口飲む。
「おぉ、美味しい」
旨みたっぷりで、口の中に広がる香りもいい。熱い露天風呂に入っていたから冷たさがたまらない。
静岡県は緑茶が有名だし、うちの家族はみんな緑茶好き。だから、家へのお土産の一つは茶葉にするか。
「お待たせ、悠真君」
紙コップに注いだ緑茶を飲みきったとき、結衣達が女湯から出てきた。みんな浴衣姿になっており、胡桃と伊集院さん、芹花姉さんは赤色の羽織も着ている。館内は結構涼しいから、人によっては羽織も着てちょうどいいのかもしれない。入浴後だから、普段よりもみんなの肌がほんのりと赤くなっていて。それもあって、艶やかな印象を受ける。
また、普段の髪型がワンサイドアップの伊集院さんと芹花姉さん、ツーサイドアップの中野先輩、ハーフアップの福王寺先生はストレートヘアになっていた。みんなストレートも似合うなぁ。
伊集院さんは普段、結ばれているサイドテールの部分が巻き髪になっているけど、ストレートの今は髪の先端が巻き髪になっている。
「みんな浴衣姿似合っていますね。素敵ですよ。特に結衣は」
結衣は黒髪で美人だから、こういう和風の服がよく似合う。大和撫子って感じがする。
俺が褒めたからか結衣はもちろんのこと、胡桃達も嬉しそうだ。特に胡桃と芹花姉さん、福王寺先生が嬉しそうな笑顔を見せていた。
「ありがとう、悠真君!」
そう言うと、結衣は俺にキスしてきた。入浴直後だから、ボディーソープやシャンプーの甘い匂いが濃く香ってくる。
数秒ほどで、結衣の方から唇を離す。結衣は俺に向かってニッコリ。そんな結衣を見て、冷たい緑茶を飲んで収まっていた熱が再燃した。あと、キスしたから、浴衣姿の結衣の可愛さが3割くらい増した。
「ねえ、悠真君。キスしたときに緑茶の香りがしたよ。紙コップを持っているし、緑茶を飲んで待っていたの?」
「そうだよ。そこにあるウォーターサーバーで冷たい緑茶が出るから。地元で採れた茶葉を使っているらしい。結構美味しいよ」
「そうなんだ! 温泉で体温まったし、私も緑茶飲もうっと」
結衣がそう言ってウォーターサーバーの方に行くと、胡桃達もみんなそちらへ向かう。水と緑茶の2種類注げるが、結衣達7人全員が緑茶を注いでいた。
結衣は紙コップに注がれている緑茶を一口飲む。
「うんっ! 悠真君の言う通り美味しいね!」
「だろう?」
俺が言うと、結衣は爽やかな笑みを浮かべて首肯する。そして、緑茶をゴクゴクと。美味しそうに飲むし、彼女をPRに起用すれば、梅崎町で採れる緑茶の売り上げが上がるんじゃないだろうか。
冷たい緑茶が美味しいのか、胡桃達もいい笑顔を見せている。そんな浴衣女子7人の姿を俺はスマホで撮影し、グループトークに送信したのであった。
客室に戻ったときは午後6時を過ぎていた。
夕食の時間は午後6時半。その夕食も胡桃達が泊まる501号室で食べる予定なので、結衣と俺は501号室にお邪魔する。
夕食までは胡桃と伊集院さんが持ってきたトランプで大富豪をすることに。4人ずつに分かれ、俺は結衣、柚月ちゃん、芹花姉さんと対戦。
「よーし、これで上がり!」
結衣が圧倒的な強さを発揮し、高速で1位抜けして大富豪。
「あたしも上がり!」
結衣ほどではないが、柚月ちゃんも順調にカードを出し、2位抜けで富豪。柚月ちゃんは結衣とハイタッチしている。高嶺姉妹強すぎるんですけど。それとも、俺や芹花姉さんが弱いだけなのか。俺は大富豪をやるのは久しぶりだったし。ブランクだね、ブランク。
俺も芹花姉さんもまだまだ手札が多く残った状況で兄弟対決に。
「良かった。これで俺も上がりだ」
俺の手札は強くなかったけど、何とか姉さんに勝って貧民になることができた。大貧民にならずに済んで良かったよ。
「負けちゃったかぁ」
と言うものの、大富豪が楽しかったのか芹花姉さんは悔しそうではなかった。
俺達の対戦が終わった直後に、胡桃達の方も対戦が終了。1位の大富豪は胡桃で、最下位の大貧民は中野先輩。先輩曰く「手札が悪かっただけ」らしい。ちょっと悔しそうにする先輩が可愛らしかった。
対戦メンバーを変え、俺は結衣と胡桃、伊集院さんという高1対決……というときに、
「失礼いたします。お夕食を持ってまいりました」
風見さんが、仲居さんと一緒に夕食を運びに来てくれた。なので、大富豪対決は一時中断。
8人での食事となるので、風見さんと仲居さんは結衣と俺が泊まる502号室からテーブルを運び、501号室にあるテーブルとくっつける。また、座椅子も2つ持ってきてくれる。
風見さんと仲居さんが、2つのテーブルに配膳していく。お刺身や天ぷら、塩焼き、煮物、お肉や野菜の入った一人鍋などの懐石料理が置かれる。どれも美味しそうだ。風見さんの話だと、地場産の魚介類や野菜などをふんだんに使っているのだという。
配膳が一通り終わったので、俺達は座椅子に座る。俺の両隣は結衣と芹花姉さんだ。
ちなみに、全体の座り方は俺から時計回りに芹花姉さん、福王寺先生、伊集院さん、胡桃、柚月ちゃん、中野先輩、結衣。伊集院さんと胡桃、柚月ちゃんがテーブルを挟んで俺と向かい合って座っており、俺の真正面は胡桃だ。俺と目が合うと、胡桃は持ち前の優しい笑みを見せた。とっても可愛い。
結衣達がスマホで料理の写真を撮っていたので、俺も真似してスマホで写真を撮った。……美味しそうに撮れたな。
風見さんに飲み物を何にするか訊かれたので、俺は冷たい緑茶を頼んだ。結衣などお茶系の飲み物を頼む人もいれば、伊集院さんや柚月ちゃんのようにジュース系を頼む人もいた。俺も小さい頃は旅行の夕食にオレンジジュースやコーラとかを飲んだなぁ。いつもよりも美味しかった記憶がある。
唯一の20歳以上の福王寺先生は地酒の冷酒。生徒がいる前だけど、プライベートの旅行なのでお酒を呑むとのこと。
「私のお酒も来たし、これで全員の飲み物が用意されたね。じゃあ……誰か食事の挨拶をしたい人はいるかな?」
「あたしにやらせてほしいのです!」
とてもやる気に満ちた様子で手を挙げる伊集院さん。出発の言葉も彼女が言ったし、ここは彼女が予約した旅館。8人の中では最も適任かも。俺と同じことを思ったのか、伊集院さんが言うことに満場一致。
どうもなのです、とお礼を言うと、伊集院さんはオレンジジュースの入ったコップを持ち上げる。彼女に倣って、俺達も飲み物の入ったコップやおちょこを持つ。
「海水浴や温泉など、旅行1日目は楽しい日になったのです。何度も来たことのあるこの旅館に、結衣達と一緒に来られてとても嬉しいのです。それでは、夕食を楽しみましょう! そして、この8人で旅行に来ていることに乾杯なのです! 乾杯!」
『かんぱーい!』
こうして旅行の夕食が始まった。
緑茶の注がれたコップを結衣達の持つコップに軽く当て、俺は一口飲む。お風呂上がりの緑茶も美味しかったけど、今飲む緑茶もとても美味しい。
目の前には様々な料理が置かれている。なので、どれから食べようか迷う。
「うん! マグロのお刺身美味しい!」
結衣のそんな声が聞こえてきた。結衣の方を見ると、彼女はマグロやアジのお刺身を美味しそうに食べている。……俺も刺身から食うか。
俺はわさび醤油をつけたマグロの刺身を一切れ食べる。
「……本当だ。マグロの刺身美味しいな」
「美味しいよね、悠真君!」
「アジのお刺身も美味しいよ、ゆう君」
笑顔で言う結衣や胡桃の一言で、マグロの旨みが口の中により広がった気がする。
小さい頃はお刺身やお寿司は全然食べられなかったけど、今では両方好きだ。以前は苦手だったわさび醤油も、今では普通につけているし。これも大人になった証拠かな。
「マグロもアジも美味しいよねぇ。この日本酒とよく合うよ~」
福王寺先生は柔らかな声色でそう言うと、日本酒をグイッと呑む。ニコニコしていて、頬も赤くなっているし、さっそく酔っ払っているのかな。可愛らしい。柚月ちゃんも「杏樹さん可愛いなぁ」と言っている。柚月ちゃんは酔っ払う先生を見るのは初めてだっけ。
20歳を過ぎると、福王寺先生のようにお酒と一緒にお刺身を楽しむようになるのかな。
空になった福王寺先生のおちょこに、芹花姉さんが地酒を注ぐ。それをまた先生はグイッと呑んでいる。
「いい呑みっぷりですね、杏樹先生」
「美味しいし、何よりも芹花ちゃんが注いでくれるからだよぉ」
「ふふっ、嬉しいことを言ってくれますね、先生。はーい、またどうぞ」
芹花姉さんは再び地酒をおちょこに注ぐ。とても自然な振る舞いだ。大学のサークルの呑み会とかで経験を積んだのかな。
「杏樹先生。美味しいとたくさん呑んでしまうと思いますが、二日酔いには気をつけてほしいのです。明日も運転されるのですから」
「は~いっ!」
「いい返事ですねぇ、杏樹先生。そういえば、誕生日会のときにも、伊集院ちゃんはお酒絡みのことで杏樹先生に注意していたね。ほんと、どっちが先生なんだか」
中野先輩は楽しそうに話し、天ぷらを食べる。
そういえば、26歳の誕生日パーティーのとき、福王寺先生は大好きな白ワインを何度も一気呑みしていたな。それを伊集院さんが注意していたっけ。普段から敬語を使うので、伊集院さんはとてもしっかりとした印象がある。
「悠真君。このニジマスの塩焼き、美味しいよ」
「おぉ、そうなのか」
「一口食べさせてあげようか?」
「……お願いします」
「お願いされましたっ!」
そう言うと、結衣は楽しげな様子で塩焼きを一口分箸で取る。そして、それを俺の口元まで持っていく。
「は~い、悠真君。あ~ん」
「あーん」
――カシャ。
結衣にニジマスの塩焼きを食べさせてもらう。
「……美味しいな」
「でしょう?」
「うん。……あと、食べさせてもらったときに『カシャ』ってシャッター音が聞こえたんだけど」
「あたしが撮りました」
そう言って右手挙げたのは胡桃。そんな胡桃の左手にはスマホが。
「旅行のいい思い出になるかなと思って。グループトークに送っておくね」
「ありがとう、胡桃ちゃん! さっそくスマホに保存する!」
結衣はとても嬉しそうな様子でスマホを手に取っていた。……俺も後でスマホに保存しておくか。
それからも、結衣や芹花姉さんに料理をたまに食べさせ合いながら、旅行の夕食を楽しんだ。途中で出てきたデザートの抹茶アイスも含めてとても美味しかったな。ごちそうさまでした。
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