第13話『七夕祭り-前編-』
午後6時半頃。
七夕祭りの会場である金井公園に到着した。年に一度のお祭りなのもあり、既に多くの人が来ている。結衣達のように浴衣姿の女性も結構いて。お祭りに来たって感じがするな。
空も暗くなり始めてきたのもあり、提灯や屋台の灯りがとても美しく見える。これぞ日本の夏の夜景の一つだろう。
そして、七夕と言えば笹と短冊。
会場にはライトアップされた大きな笹が何本もあり、入口近くからでも確認できる。
笹の近くには短冊コーナーが設けられている。来場者はそこで願いごとを短冊に書き、笹に飾ることができるのだ。今はまだあまり飾られていない。ただ、お祭りが進むにつれて、笹がカラフルに彩られていくのだろう。
「今年も賑わってるね!」
「気持ちが上がってくるのです!」
「小さい頃から毎年来ているけど、一緒に来る人が去年までとは違うから、何だか新鮮な気分だよ」
「あたしも同じだから、その気持ち分かるよ、華頂ちゃん」
「去年、このお祭りに来たときには、まさかユウちゃんに彼女ができるとは思わなかったよ。それでも一緒に来られて嬉しいよ!」
「私は金井に引っ越してから、このお祭りに一度来たことがあるけど、今年が一番楽しくなりそう。教え子達と一緒だから」
会場に来たから、みんなテンションが上がっているな。
芹花姉さん以外とは初めて一緒に来るし、その中の1人は俺の恋人。だから、俺も家を出たときと比べて気持ちが高揚している。結衣達と一緒にお祭りを楽しみたい。ジャケットのポケットからスマホを取り出し、結衣達を撮影した。
俺達は会場の中へ入っていく。
会場に入ってすぐのところから、通路の両側には縁日が並んでいる。金魚すくいなどの遊戯系はもちろんのこと、綿菓子などの食べ物系の縁日もあり、食欲をそそられる匂いが香ってくる。お昼ご飯の後はあまり食べていないからお腹が空いてくるなぁ。
「悠真君と胡桃ちゃんって、どんな縁日が好き? 遊ぶのでも食べるのでも」
「遊ぶ系だと射的とか輪投げだな。食べるのは……定番のやつはだいたい好きだ。焼きそばやかき氷、ラムネとかは特に好きかな」
「夏だし、かき氷とラムネっていいよね。あたしはベビーカステラとかリンゴ飴とか甘いものが好きかな。あと、たこ焼きも好き。遊ぶ系だと……上手くできないけど、金魚すくいとか型抜きとか楽しくて好きだよ」
上手くできないけど好きだって言うところが胡桃らしいな。失敗しても楽しそうにしているのが目に浮かぶ。
「金魚すくいは小さい頃以来やってないな。あのときは下手くそだったなぁ。結衣はどんな縁日が好きなんだ?」
「遊ぶ系も食べる系も、定番のものなら大抵は好きだね。2人が言ったのは私も好き。あと、食べ物系でフランクフルトとチョコバナナが特に好きかな」
フランクフルトにチョコバナナ……なぜだろう。とっても結衣らしいなと思える。
「結衣はお祭りではよく食べるのです。たこ焼きや焼きそばとか好きなものも多いですし」
「こういう場所に来ると結構食べちゃうよね、伊集院ちゃん」
「あたしもそのタイプだよ。昔、食べ過ぎて動けなくなって、ユウちゃんに家までおんぶしてもらったことあるよ」
「そうだったの、芹花ちゃん。私は小学生の頃まで、お祭りでたくさん食べ過ぎてお腹を痛くしたことが何度かあったわ」
福王寺先生はこういうところではあまり多く食べないイメージがあったので、何だか意外だ。
俺もラムネを飲んだ直後にかき氷を食べて、お腹が凄く痛くなったことがある。あのときは、すぐ近くにお手洗いがあったから良かったけれど。お祭りでの腹痛って、誰もが一度は経験するものなのかな?
「結衣達はお腹が痛くなっちゃったことはあるか? 俺はあるけど」
「私はないなぁ。ラムネを飲んだり、かき氷を食べたりした後に、お手洗いへ行きたいなぁって思うくらいで」
「あたしもないのです」
「あたしは小さい頃にあったよ。中学以降は全然ないけど。あんまり食べ過ぎると太っちゃうし」
「華頂ちゃんと同じで、小さい頃はお腹痛くなったことがあったよ」
どうやら、人それぞれのようだ。あと、結衣は結構体が丈夫みたい。たくさん食べてもお腹が痛くなった経験がないとは。
「あのグループ、レベルの高い女子ばかりだ」
「金髪の男は、誰かと付き合ってるのかな……」
男性同士のそんな会話を小耳に挟む。そういえば、男性中心にこちらを見てくる人がちらほらいる。一緒にいる女性が、みんな綺麗な人や可愛い人だからかな。
あと、地元のお祭りだから自然なことだけど、同じ小学校や中学校の同級生も何度か見かける。ただ、胡桃を除いて、いい意味で関わりを持てた同級生は全然いなかった。なので、声をかけられることは一切ない。変に絡まれるよりはよっぽどいい。
そんなことを考えていると、福王寺先生が急に立ち止まる。
「あそこに屋台の定番・たこ焼き屋さんがあるね。1パック8個なんだ。……じゃあ、2パック買おうか。私が奢ってあげる」
『ありがとうございます!』
女子高生4人と芹花姉さんは声を揃えて元気にお礼を言う。事前に練習したわけではないのに凄いな。
福王寺先生は5人からの元気な返事を受け、落ち着いた笑みを浮かべて頷く。
「福王寺先生、いいんですか? 奢ってもらって」
「もちろん! 昨日の誕生日パーティーとプレゼントのお礼もしたいし。値段的には釣り合わないけど。たこ焼きの好きな子も多いみたいだし」
「なるほど、そういうことですか。では、お言葉に甘えて」
「うん! じゃあ、買ってくるね」
福王寺先生はたこ焼き屋の屋台に行き、たこ焼きを2パック買ってくる。2パックだから16個か。俺達は7人いるから……お金を出した先生が4個食べて、俺達6人が2個ずつ食べるのが良さそうかな。
たこ焼きは丸く綺麗にできあがっており、トッピングはソースとマヨネーズ、青のりが乗ったオーソドックスなもの。できたてなのか湯気が立ち、食欲をそそるいい匂いがしてくる。
ここで食べると他の人たちの邪魔になってしまうかもしれないので、俺達は縁日の通路から抜け、近くにある休憩スペースへと向かう。
2パックあるので、高校1年生4人とそれ以外の3人で分かれて食べることに。俺は福王寺先生からたこ焼きが乗せられたお皿を受け取る。2本のつまようじが、1個のたこ焼きに刺さっている。
「悠真君。杏樹先生みたいに、私達にたこ焼きを食べさせてくれる?」
「えっ?」
福王寺先生の方を見てみると、先生は芹花姉さんにたこ焼きを食べさせているところだった。中野先輩は既に食べさせてもらったのか、笑顔を浮かべながらモグモグしている。
「俺が食べさせるのはいいけど、胡桃と伊集院さんはそれでいいか?」
「もちろん!」
「低田君であれば全然OKなのですよ」
「分かった」
俺は結衣、胡桃、伊集院さんの順番でたこ焼きを一つずつ食べさせる。今もなお湯気が立っているので、何度も息を吹きかけて冷ましてから。
「熱っ、熱っ」
「うんっ、うんっ」
「はふっ、はふっ」
息を吹きかけたものの、中身がとても熱いのか結衣、胡桃、伊集院さんは頬を赤くして、三者三様の反応を見せている。こういうものを食べるときのお決まりの光景だな。
ただ、熱さが和らいできたのか、それからすぐに3人からとても可愛らしい笑顔が浮かんでくる。
「う~ん、美味しい! 外はカリッ、中はトロッとしていて」
「そうだね、結衣ちゃん。あと、タコはプリッとしているね」
「2人ともお見事な感想なのです。あと、ソースとマヨネーズと青のりが、たこ焼きとハーモニーしていて美味しいのです!」
3人とも絶賛しているな。これはかなり期待できそうだ。
あと、伊集院さんが言った「ハーモニーしている」ってどういう意味なんだろう? トッピングがたこ焼きのそのものの味が合っているってことなのかな。
「じゃあ、悠真君には私が食べさせてあげるね!」
「うん、ありがとう」
結衣に2本のつまようじを渡す。すると、結衣はさっきの俺のように、つまようじをたこ焼きに刺して「ふーっ、ふーっ」と息を吹きかけてくれる。そのときの顔も「ふーっ」という音も可愛らしい。冷めていいので、ずっと吹きかけてほしいくらいだ。
「はい! あ~ん」
「あーん」
俺は結衣にたこ焼きを食べさせてもらう。その直後に「羨ましい~」「俺にもしてほしい~」などという声が聞こえてきたけど気にするな。
結衣が息を吹きかけてくれたおかげで、外側はそこまで熱くない。しかし、一度サクッと噛むと、
「熱っ!」
熱くてトロッとした中身が口の中に広がった瞬間、思わず大きな声が出てしまう。冷ますために、小刻みに口の中に空気を入れる。できたてのたこ焼きを食べるときのお決まりだな。そんな俺を見てか、結衣達は楽しそうに笑っている。
中身が冷め始めてきて、ようやくたこ焼きの味が分かってきた。たこ焼きの素がソースとマヨネーズの味といい具合に調和していて。青のりの香りもいい。これが、伊集院さんが言った「ハーモニーしている」なのかもしれない。あと、胡桃が言ったようにタコの身がプリッとしている。
「熱いけど、美味しいたこ焼きだな」
「だよねっ!」
「福王寺先生、買ってくれてありがとうございます。美味しいですね」
『ありがとうございます!』
結衣と胡桃、伊集院さんが声を揃えてお礼を言う。
たこ焼きを食べている最中だからか、福王寺先生はモグモグしながらこちらを向き、ニッコリと笑う。
「うん、美味しい。4人も喜んでくれて良かったわ」
そう言って、朗らかに笑う福王寺先生はとても可愛らしい。こんなに可愛い26歳はなかなかいないんじゃないだろうか。
さっき、先生本人が言ったように、値段としては誕生日プレゼントと釣り合わないだろう。ただ、こんなに美味しいたこ焼きを結衣達と楽しめているのだから、お礼として十分だと個人的には思う。結衣達と残り1個ずつたこ焼きを食べながらそう思うのであった。
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