特別編2

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特別編2




 6月17日、月曜日。

 梅雨に突入してから10日ほどが経った。

 今日も朝から雨がシトシトと降っている。ただ、空気はジメジメとしておらず肌寒く感じる。授業中に窓を少し開けていたけど、外から入ってくる空気がひんやりとして寒かったから、午前中の間に窓を閉めてしまったほどだ。

 俺・低田悠真ひくたゆうまは今日の授業中に何度か空模様を見たけど、ずっとどんよりとした曇り空だった。


「では、これで終礼を終わります。また明日。週が変わり、掃除当番も変わったので当番の生徒は忘れずに」


 1年2組の担任・福王寺杏樹ふくおうじあんじゅ先生がそう言い、今日の日程が終了した。部活のある生徒を中心にさっそく教室を出て行く。

 個人的には月曜日が終わると、それだけで週末にだいぶ近づいた感じがする。先週担当した掃除当番も交代なので、いつも以上に開放感がある。今日はムーンバックスという喫茶店でのバイトもないし。


「悠真君。廊下で姫奈ちゃんを待っていようか」

「そうだな」

「すみません。あたしのために待っていただいて」

「気にしないで。掃除当番は定期的に回ってくるんだから」


 俺の恋人・高嶺結衣たかねゆいは、親友の伊集院姫奈いじゅういんひなさんの頭を優しく撫でる。

 うちのクラスの掃除当番は出席番号順によって決められた班で、週単位で変わる。今週は伊集院さんのいる班が掃除当番だ。ちなみに、先週は俺のいる班が当番だった。


「姫奈ちゃん。悠真君と一緒に廊下で待ってるね」

「分かったのです」


 俺は結衣と一緒に教室を出て、廊下の窓側で伊集院さんを待つことに。

 どうして、俺達は伊集院さんを待っているのか。実は、午前中にあった英語や数学の授業で課題が出たため、放課後に俺の家で一緒に課題をすることになったのだ。伊集院さんは英語が苦手な方なので、俺達に分からないところを教えてほしいという。昼休みにお昼ご飯を食べたときに決めた。


「あっ、結衣ちゃんとゆう君。今日もお疲れ様」


 隣の1年3組からバッグを持って姿を現した、俺達の友人の華頂胡桃かちょうくるみがこちらにやってくる。俺達と目が合うと、胡桃は持ち前の優しい笑みを浮かべながら手を振ってきた。

 胡桃もお昼ご飯を一緒に食べている。胡桃も今日は本屋でのバイトはなく、俺達とは別の教科だけど課題が出たので、放課後に一緒に課題をすることになっているのだ。


「2人がここにいるってことは、姫奈ちゃんを待っているの?」

「うん! 姫奈ちゃん、今週は掃除当番があるから」

「そうだったんだ。じゃあ、ここで待つのがいいね」


 胡桃は俺の隣に立つ。そのことでよりいい匂いに包まれる。

 こうやって結衣と胡桃に挟まれると、先月、3人で『ひまわりと綾瀬さん。』というアニメーション作品を劇場まで観に行ったときのことを思い出すな。


「ねえ、悠真君、胡桃ちゃん。こうして並んでいると、3人で花宮まで映画を観に行ったことを思い出すね」

「あたしも同じことを思ってたよ。映画館の座席もそうだったけど、花宮まで行く電車の席も3人で並んだよね」

「2人とも思い出していたのか。また3人で……いや、伊集院さんを含めて4人で映画を観に行きたいよな」

「そうだね! 悠真君!」


 楽しげな様子で言う結衣。

 結衣と2人きりで映画を観に行きたい気持ちもあるけれど、先日のこともあってか、胡桃や伊集院さんと一緒に行きたい気持ちもあるのだ。


「でも、個室を借りて、悠真君と2人きりになって、悠真君とイチャイチャしながら観る映画もありかも……」


 えへへっ、と頬を赤くしながら笑う結衣。そんな彼女に胡桃は口を押さえながら笑う。


「結衣ちゃんらしいね。ただ、イチャイチャしちゃうと、映画を観るよりもそっちがメインになっちゃうんじゃない?」

「胡桃の言う通りだな」


 結衣のことだから、キスシーンのときにはキスを、ベッドシーンのときにはそれよりも先のことをしてきそう。「4D映画疑似体験だよ!」とか言いそうだ。

 ただ、個室でも、監視カメラで従業員には中の様子が見えると思われる。キスならまだしも、それよりも先のことをしたら即出禁処分になってしまいそうだ。

 それから15分ほどで、掃除が終わった伊集院さんがやってきた。3人で映画などの話をしていたからか、彼女を待っている時間があっという間に感じられた。

 校舎を出ると、登校したときと同じように雨がシトシトと降っている。今日みたいに天候が悪いと、徒歩数分で通学できる学校で良かったと強く思う。

 途中のコンビニでお菓子を買い、俺達は4人で自宅に帰る。飲み物については俺が家でアイスティーを作ることになった。


「ただいま」


 結衣と胡桃、伊集院さんと一緒に家の中に入ると、リビングから母さんが姿を現す。


「悠真、おかえり。あら、3人ともいらっしゃい」

「お邪魔します!」

「お邪魔いたします」

「こんにちは、お邪魔します」

「3人と一緒に課題をやることになったんだ」

「あら、そうなの」

「悠真君。バッグ、部屋まで運んであげるよ。だから、悠真君はアイスティーを作ってくれるかな」

「それは助かる。じゃあ、バッグの方はお願いするよ」

「はーい」


 俺はスクールバッグを結衣に渡す。3人が2階へと上がっていくのを確認し、アイスティーを作るためにキッチンへと向かう。


「そういえば、悠真。お昼前にこれが届いたわ」


 母さんから緑色の封筒をもらう。その封筒にははっきりと『都民税・市民税』と書かれていた。『納税通知書在中』とも書かれている。今年もこの季節が来たんだな。

 俺は『低変人ていへんじん』として動画サイトで楽曲を公開している。YuTubuというサイトからは、広告収入という形でお金をもらっている。その収入にかかる税金のうちの2つである都民税と市民税についての通知が来たのだ。

 一昨年と比べ、去年はかなり再生され、広告収入もかなり多くなったから、それに伴って払う税金も多くなっているだろう。そんなことにため息をつきながら、封筒をズボンのポケットに入れた。


「ありがとう、母さん」

「いえいえ。子供宛にそういうものが来ると、お母さん歳を取ったなって思うわ」

「こういうのは大人が払うイメージがあるもんな」


 俺も低変人の活動を行なう前はそう思っていた。

 ただ、低変人の楽曲をネット上で公開し、広告収入をもらうことにした際、父さんから「お金のことはしっかりしないといけない」とアドバイスされた。そして、いい機会だからと家族全員で収入や税金、確定申告関連のことを勉強したのだ。その甲斐もあってか、低変人の活動を始めてから毎年申告しているが、直前に慌ててしまったり、提出書類に不備があったりしたといった問題は起きていない。

 そういえば、俺が低変人の活動で収入を得ていると福王寺先生に伝えたとき、


「お金関連のことは大丈夫? 低変人様ほど再生回数が多いと、税金を払わないといけないかも。もし、そういったことを勉強していないなら、先生と一緒にお勉強しよう!」


 と張り切って言われたっけ。家族と一緒に勉強しているから大丈夫だと言ったら、結構がっかりされたな。なので、お気持ちは嬉しいとか、何かあったときは相談すると言ったら凄く嬉しそうにしていたっけ。


「低変人の人気が拡大し続けているから、今回はさらに支払う税金が多くなっていそう」

「……申告するときに、市のホームページのシミュレーションで目安を計算したら、かなり多くなってたよ」


 一昨年と比べて、新曲中心に再生回数の伸びがかなり良くなったからな。実際に広告収入もかなり増えたし。

 そういえば、ネットには『低変人は1年にどれだけ稼いでいるのか?』というブログ記事がいくつもあったな。正解に近い予想記事はあまりなかった。


「悠真はそんなにたくさんお金を使っていないだろうし、ムーンバックスのバイトもしているから、大丈夫だとは思うけど」

「お金のことで信頼してくれて嬉しいよ。大丈夫だ」


 稼いだお金の多くは貯金しているし。

 4人分のアイスティーを作って、2階にある自分の部屋に行くのであった。

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