エピローグ『一緒に作った。』

「午前中にアレンジ作業が終わったんだ。最終確認で結衣に聴いてほしい」

「分かったよ、悠真君。……いや、低変人さん」


 6月9日、日曜日。

 午後2時過ぎ。

 俺はパソコンで新曲『想い』を流し始める。

 この『想い』という曲は、主に結衣と付き合い始めてから思い浮かんだメロディーを基に制作した。ミディアムテンポの温かな雰囲気の曲になっている。メロディーもたくさん思いつき、とても調子良く制作できた。

 また、今回は初の試みとして人の声を曲に取り入れており、その声を結衣に担当してもらった。結衣のおかげで浮かんだメロディーで作っているので、結衣の声を曲に入れてみたいと考えたのだ。結衣の声は綺麗で魅力的だから。結衣にボーカルを打診すると彼女は喜び、二つ返事で協力すると言ってくれた。

 ただ、今までの曲と同じように歌詞はなく、結衣のボーカルパートは「ラララ」や「ルルル」などと俺の作曲したメロディーを口ずさむ形。放課後に家に来てもらい、結衣の歌声を録音したのだ。

 結衣の歌声はとても綺麗で、制作中の曲に結衣の声を入れてみると、想像以上にマッチした。


「これを公開しようと思ってる。どうかな」


 5分ほどの曲が終わり、結衣に感想を求める。これまでも、制作途中の曲を何度も聴いてもらい、アドバイスをもらっていた。ただ、完成版を聴いてもらうのはこれが初めてだから緊張する。

 俺が問いかけてから程なくして、結衣は優しい笑みを浮かべ、


「とても温かい雰囲気の曲になったね。制作途中のものと比べて、私の声も自然な感じで聞こえて。凄くいい曲だよ!」


 俺を見つめながら絶賛してくれた。そのことがとても嬉しくて。同時に安堵の気持ちも抱いた。


「そう言ってくれて嬉しい。じゃあ、新曲はこれで完成だ! 動画サイトにアップするよ」

「うんっ! 新曲制作お疲れ様!」


 パチパチ、と結衣は持ち前の明るく可愛い笑顔で俺に拍手を送ってくれる。そんな結衣につられて俺も拍手する。こうしていると、いつも以上に制作が終わったと実感できるな。


「結衣の協力もあって、本当にいい曲ができたよ。ありがとう」

「いえいえ! まさか、低変人さんの曲に声で参加ができるなんて。とても光栄だよ。ただ、私の声が入ったら、『低変人女説』とか流れそうな気がする」

「ははっ、女説かぁ。ただ、動画説明欄に声は自分のものじゃないって書くから、『低変人女説』はあまり流れないんじゃないかな」


 自分の声じゃないなら誰の声かという話になり、『低変人に彼女いる説』が流れる可能性はありそうだけど。

 ただ、女性にボーカルをお願いしたのだから、頼みやすさを考えると、低変人は男性じゃなくて女性だと考える人も出てきそうか。


「悠真君。ここ何日かはこの曲を作るのに集中していたけど、体調は大丈夫?」

「疲れはあるけど、今のところは大丈夫だよ。スムーズに制作できたからかな。あとは、確認のために何度も曲を流して、結衣の歌声を聴いていたからかもしれない。綺麗な声だし、好きだな」

「……もう」


 結衣は照れくさそうに笑うと、俺をぎゅっと抱きしめてキスしてきた。昨日も夜遅くまで曲のアレンジ作業をしていたので、疲れが残っているけど、今のキスでかなり吹っ飛んだ気がする。


「結衣のおかげでいい曲ができた。ありがとう。午後3時に公開できるように準備するか」


 俺はTubutterに『午後3時に新曲『想い』を公開します。』と投稿し、動画公開に向けての準備を始める。といっても、残っているのは動画説明コメント執筆だけだけど。

 ちなみに、動画公開に使う画像は、俺が描いた、広げた両手の上にたくさんのハートが浮かんでいるイラストだ。小学生の頃、漫画やイラスト集をたくさん模写していたり、好きなキャラクターの絵を描いたりしていた。芹花姉さんと一緒に描いたこともあったか。久しぶりに描いてみたけど、曲作りのいい気分転換になった。

 勉強机の椅子に座る結衣に見守られながら、俺は動画説明コメントを打ち込んでいく。



『低変人です。

 新曲『想い』が完成しました。

 誰かを想うと、とても温かい気持ちになります。愛おしく感じるときもあります。最近、それが多くなりました。そんな想いを、そのまま『想い』というタイトルの曲にしました。とてもスムーズに楽しく制作できました。

 この曲は大切な人のおかげで思い浮かんだメロディーです。なので、今回は初の試みとして女性の声を入れました。また、この声は私のものではありません。歌詞はありませんが、美しくて伸びやかな声のおかげで、低変人の音楽の世界が広がりました。

 もし良かったら、聴いているあなたも一緒に口ずさんでくださいね。

 イラストはこの曲をイメージしながら私が描きました。曲と共に楽しんでもらえれば何よりです。』



「……こんな感じでいいかな」

「いいコメントだね。事情を知っているから照れくさいけれど。あと、この両手にたくさんのハートが浮かんでいるイラストもいいよね。より曲の温かさが伝わりそう」

「ありがとう。久しぶりに描いたけど楽しかったよ」

「ふふっ、私はこの絵、好きだな。悠真君は絵も描けて凄いよね」


 優しい声色でそう言ってくれる結衣。

 そういえば、小さい頃、芹花姉さんも今の結衣のように好きだとか凄いとか褒めてくれて嬉しかったな。もし、父さんがギターを教えてくれなかったら、今はイラストをたくさん描いていたかもしれない。

 YuTubu、ワクワク動画共に午後3時に公開するよう予約投稿した。あと20分くらいか。


「よし、これでひとまず終わりだな。あとは午後3時になったら、2つのサイトで公開されているかどうか確認しよう」

「お疲れ様、悠真君。……そういえば、創作する人の中には、自分の作った作品を『子どもみたい』って言う人もいるって聞いたことがあるけど、悠真君ってどう?」

「子供かぁ。今までそう考えたことは全然なかったけど、子供みたいだっていうのは分かるな。思い入れが強かったり、制作に苦労したりした作品は特に可愛く感じるよ」

「ふふっ、そうなんだ。じゃあ、この『想い』って曲は私と2人で作った子供みたいだね。私はボーカルだけだし、そう言うのはおこがましいかもしれないけど」


 結衣ははにかみながら俺のことをチラチラと見てくる。


「おこがましいなんてとんでもない。結衣と付き合い始めたことで浮かんだメロディーばかりだし、結衣の声もあって素敵な曲になったんだ。俺達2人で作った子供だって言えそうだ」

「……悠真君がそう言ってくれて嬉しい。あと、自分で言っておいて何だけど、2人で作った子供って言うと厭らしい感じがするね。ここ何日かは作るのに集中していたって言っていたから、その間はずっと、私と子作りしていたように思えるよ!」


 はあっ、はあっ、と結衣は興奮気味。まったく……結衣らしい発想だな。ドキドキもするけれど、微笑ましい気持ちの方が強い。

 月曜日の登校に結衣がした恋人宣言で、一時は騒ぎになった。ただ、結衣に人徳があったり、俺と一緒にいるときの結衣はいつも楽しそうだったりしたおかげで、すぐに騒ぎは収まっていった。結衣の徳をお裾分けしてもらったからか、俺1人で歩いていても「すげー」と言われるようになったな。


 そして、新曲『想い』が公開される予定の午後3時を迎えた。


「……ちゃんと公開されてるね」

「ああ、そうだな」


 YuTubuとワクワク動画、それぞれの動画サイトで新曲が公開されているのを確認。TubutterでURL付きで新曲を公開した旨を投稿した。


「これでOKだ」

「公開おめでとう! いや、出産おめでとうって言った方がいいのかな?」

「子供みたいだって言うのも分かるって言ったからな。結衣と2人で作ったし、出産も間違いではないか」

「ふふっ。声で参加したからか、たくさんの人に『届けー!』って思うよ。これが創作をする人の気持ちなのかも」

「少なくとも俺は届けってそう思ってるよ。結衣のおかげで凄くいい曲になった。この曲が多くの人に届いて、温かい気持ちになればいいな」

「その想いも届くといいね!」

「ああ」


 結衣の頭を撫でると、彼女はとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

 曲を聴いている途中から感想を書く人がいるからか、YuTubuとワクワク動画共に公開直後から多くの感想が届いている。ボーカル入りという初の試みもあるけど、今回も概ね好評のようだ。


「『温かい雰囲気』、『これから始まる夏にも良さそう』、『ボーカルの声が綺麗』だって」

「ああ、良かったよ。特に結衣の声について好意的な感想が多いのが嬉しいな」

「……うん」


 結衣は俺に寄り掛かってくる。俺に向けられる彼女の柔和な笑みを見ると、彼女と一緒に一曲作ることができて良かったと強く思う。


「……おっ」


 メッセンジャーのアイコンから、『桐花さんからメッセージが届きました』というポップアップが表示される。さっそく確認すると、


『低変人さん! 新曲の『想い』をさっそく聴いたよ! とても温かくていい曲だね! 結衣ちゃんの声も綺麗だし。制作の裏側を知っているからか、名義は低変人さんだけれど、この曲は2人で作った曲だと思ってるよ。素敵な曲をありがとう!』


 桐花さんからのメッセージを一緒に見ると、結衣は今日の中で一番嬉しそうな笑顔を見せてくれる。親友の一人に届いたからだろうか。


『ありがとうございます、桐花さん。結衣も一緒にメッセージを見ていますが、凄く喜んでいます』

『やっぱり、結衣ちゃんと一緒にいるんだ。素敵な声だよ。大好きな曲がまた一つ増えた』


「……ありがとう」


 桐花さんのメッセージが嬉しかったのか、結衣は感謝の言葉を口にしていた。

 ――プルルッ。プルルッ。

 俺と結衣のスマートフォンが何度も鳴る。さっそく確認してみると、


『低田君、結衣。新曲『想い』を聴きましたよ。心温まる曲ですね。この美しい声が親友のものと知っているので、嬉しくて誇らしい気持ちにもなりますね』


『友達と一緒にさっそく聴いたよ。みんな絶賛してた。正体を知っているから、心の中でニヤニヤしてた。高嶺ちゃんの声も綺麗だね。凄い後輩達だよ、まったく』


『新曲最高でした! 低変人様のメロディーはさすがだし、結衣ちゃんの声も凄く良かったよ! 新たな低変人様の曲って感じがした。後日、直接感想を言わせてね! あと、低変人様は特に体調には気を付けて!』


『さっき、桐花としてメッセージを送ったけど、改めて。本当にいい曲だね!』


 伊集院さん、中野先輩、福王寺先生、胡桃が新曲の感想を送ってくれた。みんな好意的で良かった。あと、4人には結衣のボーカル入りの新曲を作っているのは伝えてあるからか、結衣の声についても触れてくれている。それがとても嬉しかった。


『みなさんに気に入ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます』


『私の声も褒めてくれて嬉しいです。安心しました。ありがとうございます』


 俺と結衣はそれぞれグループトークに、そんな感謝の旨のメッセージを送った。


「凄く嬉しいな」


 メッセージを送った後、結衣はそう呟くと、結衣の両眼から涙が流れる。ただ、言葉通りの嬉しそうな笑顔を見せてくれているので、俺は結衣の頭を優しく撫でた。


「届いたね、結衣」

「……うん。素敵な経験をさせてくれてありがとう、悠真君」

「こちらこそありがとう。結衣のおかげで俺も貴重な経験ができたよ」

「いえいえ」


 結衣は流れていた涙を右手で拭い、彼女らしい明るい笑顔を見せてくれる。


「悠真君を好きな気持ちと嬉しい気持ちと感謝の気持ちで心がいっぱいだよ。だから、悠真君を抱きしめながらキスしたいな。……いい?」

「もちろんだよ」

「ありがとう」


 俺がパソコンチェアから立ち上がると、結衣も勉強机の椅子から立ち上がり、俺と向かい合うようにして立つ。


「悠真君。大好き」

「俺も結衣が大好きだよ」

「……嬉しい」


 結衣は俺をぎゅっと抱きしめてキスしてきた。

 結衣と付き合うようになってから10日も経っていないけど、これで何度目のキスだろうか。たくさんしたよなぁ。

 結衣に告白されてから1ヶ月。結衣と付き合い始めてからは10日ほど。結衣との日々はまだ始まったばかりだ。いつまでも結衣の側にいたいと想いながら、俺は結衣の背中にそっと両手を回すのであった。




『高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。』 おわり

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