第74話『目覚めたら隣には。』

 6月2日、日曜日。

 目を覚ますと、そこには優しい笑顔で俺を見ている結衣の姿が。俺と目が合うと、結衣の笑顔は持ち前の明るいものに。


「おはよう、悠真君。起こしちゃったかな?」

「そんなことないよ。凄くいい目覚めだ。おはよう、結衣」


 俺が朝の挨拶をすると、結衣はニコッと笑ってキスしてくる。

 日曜日の朝は幸せに思うことが多いけど、今日が一番幸せだ。目を覚ましたときに好きな人がいるのはとてもいいなって思う。

 唇を離すと、結衣はうっとりとした様子に。


「今は……午前8時過ぎか。今日みたいに、午後にバイトがある日や何も予定がない日は9時くらいに起きることが多いんだ」

「そうなんだ。じゃあ、いつもより早い起床なんだね。昨日の夜は……遅くまでたくさんしたのにね」


 えへへっ、と結衣は笑う。きっと、肌を重ねたことを思い出しているのだろう。可愛いな。


「体をたくさん動かしたから、質のいい眠りができたのかもな。あとは……結衣の温もりや匂いを感じながら寝たからとか」

「……そう言われると照れちゃうな。朝から、さっそくときめきをいただきました」


 結衣は再び俺にキスしてくる。今回は軽く唇に触れるだけであり、キスした後に結衣はとても明るい笑顔になる。


「15分くらい前に目を覚ましたの。そうしたら、隣に悠真君の可愛い寝顔があって。頭を撫でたり、頬にキスしたり、寝顔の写真を撮ったりしてた。初めて家に来たときや、お見舞いに来たときにも悠真君の寝顔は見たけど、ベッドで横になって、悠真君の隣で見る寝顔は格別だって思ったよ。あと、目を覚ましたときに恋人が隣にいるって幸せなことなんだね」


 嬉しそうに言うと、結衣は俺の胸に頭をスリスリしてくる。自分と同じようなことを考えているのが嬉しくて、キュンとなった。


「何も身につけていない結衣の姿を見ると、昨日の夜にしたことが本当なんだって実感する。だからドキドキするよ。あのときは凄く気持ち良くて、幸せな気分になれたから夢じゃないかって思ってさ」

「悠真君の言うこと分かる。私も、あのときは今までで一番幸せな時間だったから。でも、ちゃんと現実だよ」


 結衣は優しい笑みを浮かべて俺の頭を撫でてくる。

 現実だと言われたので、昨日の夜のことを思い出すと……結衣の可愛らしい姿や艶やかな姿が頭に浮かぶ。それと同時に、全身に熱を帯びてきた。

 結衣は頬をほんのりと赤くして「ふふっ」と笑う。


「あれあれ? 悠真君ったら、顔を赤くして。何を想像しているのかな?」

「……昨日の夜の結衣を思い出してさ。体は凄く綺麗だし、笑顔や声が可愛かったな。結衣こそ頬が赤くなってるよ」


 そんな指摘をすると、結衣の頬の赤みが顔全体へと広がり、しおらしい雰囲気に。それがとても可愛らしい。


「悠真君、昨日の夜も私を可愛いってたくさん言ってくれたよね。凄く嬉しい。悠真君だって可愛かったよ。特に私の胸に色々しているときとか」

「まあ……大きくて柔らかくて、ボディーソープのピーチの匂いも香ってくるし」

「……私の胸は好き?」

「……す、好きだよ」

「正直でよろしい」


 結衣は持ち前の明るい笑みを浮かべて、俺をぎゅっと抱きしめてくる。そして、俺の顔を自分の胸に埋めさせる。温もりや柔らかさは昨日の夜とあまり変わらないけど、匂いは彼女自身の甘い匂いが強くなっていた。これはこれで好きだ。

 あぁ、目の周りを中心に気持ちがいい。天然アイマスクのようだ。気持ち良くて二度寝してしまいそうだ。

 しばらくして結衣の抱擁が解けたので顔を離すと、そこには優しい笑みで俺を見つめる結衣が。その姿はとても大人っぽい。妹の柚月ちゃんには、こういう笑顔を見せることが多いのかなと思った。


「結衣、体は大丈夫か?」

「大丈夫だよ。むしろ、悠真君のおかげでいつもより元気だよ! 悠真君はどうかな? 特に腰とか。たまに激しかったし」

「今のところは大丈夫」


 なので、今日のバイトに影響はない……と信じたい。


「悠真君、シャワーを借りてもいいかな。昨日の夜、し終わったらすぐに寝ちゃったから」

「もちろんいいよ。じゃあ、一緒にシャワーを浴びるか」

「うん!」


 それから、俺は結衣と一緒に浴室に行ってシャワーを浴びた。もちろん、そのときには昨日の夜に一緒にお風呂に入ったことを思い出して。あのときに比べれば、緊張感や恥ずかしさはあまり感じなかった。むしろ、綺麗だとか、彼女の体に傷などがついていなくて良かったと思った。

 部屋に戻って、俺達は寝間着から着替える。今日は晴れて蒸し暑くなる予定なので、半袖のVネックのTシャツを着る。そして、結衣は、


「悠真君、どうかな? この服。悠真君の大好きな腋もちゃんと見えるよ!」


 ノースリーブの紺色の縦セーターを着ていた。なので、彼女の言うように綺麗な腋が見え、大きな胸や体のくびれが分かった。高校生とは思えない艶やかな雰囲気で。ちなみに、昨日の夜に彼女の腋が好きなのだと自覚した。


「とても似合ってるよ、結衣」

「ありがとう。悠真君のTシャツ姿いいね! 写真撮りたい!」

「いいよ。俺も結衣を撮らせてほしい」

「もちろん! 腋見せた方がいい?」

「……そういう写真も撮らせてくれ」


 恋人の素敵な姿を、写真という形で多く記録しておきたい。盗撮するのはいけないけど、彼女がこっそりと俺の写真を撮影し、アルバムにまとめる気持ちがちょっと分かったのであった。



 朝食は両親と芹花姉さんの5人で一緒に食べた。

 芹花姉さんはいつもと変わらない雰囲気で家族や結衣と話していた。そんな姉さんを見る限り、昨日の夜の声が聞こえていた確率は低そうだ。両親もいる前なので平静を装っているだけかもしれないが。

 姉さんはバイトがあるので、午前中は俺の部屋で、昨晩録画した『俺達、受験に勝ってみせます!』など、結衣も知っているアニメを観たりして、2人でゆっくりと過ごした。まさか、恋人と一緒にこういうことをして過ごすときが来るとは。高校に入学したときには想像もできなかったな。

 昼食は結衣と一緒に、俺達と両親の分のナポリタンとコンソメスープを作った。結衣が作ってくれたナポリタンはとても美味しく、両親も絶賛していた。結衣のおかげで、午後のバイトを頑張れそうな気がしてきた。



 昼食を食べ終わってすぐに、バイト先のムーンバックスへ結衣と一緒に向かう。告白し、恋人になってからはずっと一緒にいたので寂しいな。今も結衣が俺の腕を絡ませ、彼女の温もりを感じているからかそう強く思う。お客さんとして、お店に来てくれる予定だけどさ。

 10分もしないうちに、ムーンバックスの従業員用の入口前に到着する。


「結衣、一緒に来てくれてありがとう」

「いえいえ。それに、悠真君はこれからバイトだから、できるだけ一緒にいたかったの。思えば、昨日、悠真君が告白してくれてからいつも一緒だったじゃない。この後、お店に来て悠真君の姿は見られるけど、寂しい気持ちもあって」

「……俺も歩きながら同じことを考えてた」


 気持ちが重なっていることの嬉しさで、寂しさが少し紛れた。

 結衣は右手を口元に当て、ふふっ、と上品に笑う。


「今日もバイトを頑張ってね。一旦、荷物を家に置いて、後で姫奈ちゃんや胡桃ちゃんと一緒に来るね」

「分かった。楽しみにしているよ」

「うん! じゃあ、これからバイトを頑張る悠真君に元気をあげるね」


 結衣は俺のことをぎゅっと抱きしめ、キスをしてきた。バイト中はこんなことできないから、結衣はこんなにも強く抱きしめるのかも。これで今日のバイトはとても頑張れそうだ。

 結衣の方から唇と離すと、彼女はにっこりと笑って俺を見つめてくる。


「さっそくカップルらしいことをしているじゃない、お二人さん」

「きゃっ」


 さすがに恥ずかしかったのか、結衣はそんな可愛らしい声を漏らし、ぱっと俺の側から離れる。そんな彼女の顔はとても赤い。

 声のした方を向くと、そこにはニヤニヤして俺達を見る中野先輩の姿が。知り合いにキスしているのを見られると照れるな。


「こんにちは、中野先輩。その……これからバイトがあるので、結衣から元気をもらっていました」

「ゆ、悠真君の言う通りです! こんにちは、千佳先輩!」

「2人ともこんにちは。……大きめのバッグがあるってことは、やっぱりどっちかの家でお泊まりしたんだ。昨日の夜は盛り上がりすぎて、寝坊して悠真が遅刻すると思ったんだけどな」

「昨日の夜は凄く盛り上がりましたよ! 悠真君と一緒にお風呂に入って、髪と背中を洗い合いましたし! 『鬼刈剣』をお姉様と3人でリアルタイムで観ましたし! あと……ベッドの中で、体を通じて悠真君とたくさん愛を確かめ合いましたし!」

「ははっ、悠真と高嶺ちゃんらしいなぁ」


 興奮気味に話す結衣に対して、中野先輩は快活に笑っている。まったく、結衣は。お風呂はまだしも、ベッドの中のことまで話してしまうとは。恥ずかしいし、あのときのことを思い出しちゃうじゃないか。


「遅刻したら、先輩として2人に注意しようと思ったけど、これなら大丈夫そうだね」

「もちろん、悠真君のバイトに支障が出ないよう気を付けますね。じゃあ、私は荷物を置きに一旦、家に帰ります。後で姫奈ちゃんと胡桃ちゃんと一緒に来ますね!」

「ああ、また後でね、結衣」

「待ってるよ、高嶺ちゃん」

「はい!」


 結衣は俺達に向けて元気いっぱいに手を振り、武蔵金井駅の方に向かって歩いていった。彼女の姿が小さくなっていくことに寂しさは感じるけど、後でお客さんとして来店してくれるんだ。それを励みに今日のバイトを頑張るか。

 結衣の姿が見えなくなったところで、俺は中野先輩と一緒にお店の中に入る。


「悠真と高嶺ちゃん、恋人初夜にさっそくイチャイチャするなんて。昨日は土曜日だし、今までの高嶺ちゃんを考えれば……らしさは感じるけどね」

「恋人としての初めての夜は昨晩だけですからね。忘れられない時間になりました」

「良かったね。あと、高嶺ちゃんのことを結衣って呼ぶようになったんだ」

「ええ。昨日、告白する直前に結衣に名前呼びがいいと言われまして」

「……そっか」


 そう言うと、中野先輩は笑顔のままだけど、いつもの明るさが薄れている気がした。先輩は「はぁーっ」と長めに息を吐く。


「昨日、悠真と高嶺ちゃんが、付き合うことになったってメッセージをくれたとき、実はちょっと寂しい気分になっちゃったんだよね。それだけ、悠真のことが気に入っていたんだろうね。悠真に仕事を教えて、悠真は私の近くで頑張っていたし。一緒に試験勉強したのも楽しかったし……」


 あははっ、とさっきよりも力なく笑う。

 ムーンバックスでバイトを始めてから、いつも中野先輩と同じシフトを入れて、一緒に仕事をしていた。始めて間もない頃は、側にいてくれたこともあったっけ。

 結衣と付き合うと知って、俺が離れてしまうと思ったのかな。それとも、結衣や胡桃のような気持ちを抱いている……なんてこともあるのだろうか。


「……俺はこれからもムーンバックスでバイトしますよ。ようやく仕事に慣れてきましたけど、先輩に教えてほしいことはたくさんあります。先輩がいないと正直、まだ不安な気持ちもありまして。学校の勉強も教えてもらうことがあるかもしれません。ですから、これからもご指導ご鞭撻のほどお願いします」


 俺がそう言うと、中野先輩は「あははっ」と声に出してもらう。先輩らしい元気な笑顔を俺に向け、


「……もちろんだよ。学校はもちろん、バイトの先輩でもあるからね! 特にバイトの方はビシバシと教えていくから覚悟しておいてね」

「分かりました!」

「ふふっ。さあ、制服に着替えて、今日もバイトを頑張ろうね!」


 中野先輩は大きめの声で言うと、腰のあたりを強く叩いてきた。ううっ、昨日の夜のこともあるから結構響くなぁ。

 それから、俺は制服に着替えて、中野先輩と一緒に仕事を始めていく。

 バイトを始めてから1ヶ月以上経つけど、中野先輩がカウンターにいると今でも安心感がある。


「悠真君、来たよ!」

「バイトお疲れ様です、ゆう君、中野先輩」

「2人ともお疲れ様です。このお店に低田君と千佳先輩がいることにすっかりと慣れましたね」

「そこで3人と偶然会ったから、先生も一緒に来ちゃった。2人ともお疲れ様! あと、低田君は結衣ちゃんとのお付き合いおめでとう!」


 カウンターに出てからおよそ30分後。

 約束通り、結衣と胡桃、伊集院さん、福王寺先生が来店してきた。まさか、福王寺先生も一緒に来るとは思わなかったけど。俺達以外、近くに知り合いがいないからか、先生は素のモードになっているなぁ。私服姿なのもあってとても可愛らしく見える。


「ありがとうございます、福王寺先生。そして、いらっしゃいませ。今日は4名様でしょうか?」

「はい、そうです!」

「店内でのご利用ですか?」

「はい!」


 4人を代表して、結衣が元気に答える。目の前で見せてくれる明るい笑顔を見て、この人のことが大好きだと改めて思った。

 それから2時間近く、4人はドリンクとスイーツを楽しみながら、テーブル席で楽しそうにお喋りしていた。たまに、結衣が頬を赤くして、照れくさそうにしていたのが印象的で。そんな彼女達に元気をもらいながら、今日のバイトを頑張るのであった。

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