第70話『恋人になって、祝われて。』

「んっ……」


 唇が触れた瞬間、結衣の可愛らしい声が聞こえた。

 女の子の唇って、柔らかくて温かいんだな。ちょっと甘い匂いもして。

 いつまでも、こうして唇を重ねていたい。そう思えるのも、結衣を好きだと自覚して恋人になったからだろうか。

 俺が唇を離すと、結衣は満面の笑顔で見つめてくる。


「ファーストキス……とても良かったです。これまで、悠真君とのキスをたくさん妄想したけど、本当にキスすることには敵わないね。悠真君が好きになってくれて、恋人として付き合うことになって、ファーストキスを悠真君にあげられて。とても幸せです」

「そう言ってくれて俺も幸せだよ。俺もこれがファーストキスです」

「……それを聞いてより幸せになりました」


 えへへっ、と声に出して笑う結衣。そんな結衣の頭を優しく撫でた。

 ――パチパチ。

 そんな音が聞こえてくるので周りを見てみると、何人もの人が俺達に向かって拍手してくれていた。結衣は照れ笑いをして軽く頭を下げる。俺も続けて下げる。


「ゆう君! 結衣ちゃん! おめでとう!」

「結衣! 低田君! 本当におめでとうございます! 親友として嬉しい限りなのです!」


 伊集院さんはとても嬉しそうに、胡桃もいつもの可愛らしい笑みを浮かべながらそう言ってくれた。伊集院さんは両眼に涙を浮かべていた。

 胡桃は涙を流す伊集院さんにハンカチを渡し、頭を撫でる。


「姫奈ちゃんったら、泣いちゃって」

「だって、親友の恋が実ったのですよ。感動してしまうのです」


 伊集院さんが結衣の恋をどれだけ応援していたのかがよく分かる。親友の幸せで泣ける伊集院さんは本当にいい子だと思う。


「ゆう君と大切なことを話せたし、結衣ちゃんと付き合う瞬間を見届けられたから、あたしはそろそろ家に帰ろうかな」

「あたしはエオンに行くのです」

「じゃあ、あたしも一緒に行ってもいい?」

「もちろんなのですよ、胡桃。喉が乾きましたし、中にあるお店で一緒にタピりましょう」

「うんっ! ……だから、ゆう君と結衣ちゃんは2人の時間を楽しんで」

「分かったよ、胡桃ちゃん、姫奈ちゃん」

「お言葉に甘えさせてもらおうか。胡桃、忘れられない時間になったよ。ありがとう」

「……あたしも。じゃあ、またね」

「またなのです」


 胡桃と伊集院さんは優しい笑みを浮かべながら結衣と俺に手を振り、駅の方に向かって歩いていった。2人の姿が見えなくなるまで、結衣と俺は手を振り続けた。


「さてと、これからどうしようか。3時近くだけど、結衣はどこか行きたいところはある?」

「……1カ所あるよ。もし、恋人として付き合うことになったら、そこで悠真君とゆっくりと過ごしたいと思って」


 頬をほんのりと赤くし、結衣はそう言ってくる。恋人として付き合うことになったら、ゆっくり過ごしたい場所って、まさかラブ――。


「悠真君のお家にお泊まりしたい!」

「……お、お泊まりか」

「うん! 付き合い始めた日をもっと思い出深くしたくて。……どうかな?」

「俺はいいけれど、両親に連絡してみるよ」


 俺はスマホで自宅に電話を掛けて、電話に出てくれた父さんに結衣と付き合い始めたことと、結衣が泊まりたい旨を伝えた。

 父さんは「良かったな」と言い、結衣が泊まることを二つ返事で了承してもらった。その後に電話に出た母さんも「鍋の具、追加で買っておくわね!」と嬉しそうに話していた。

 泊まってもいいと許可をもらったことを伝えると、結衣は嬉しそうな様子で自宅に電話を掛ける。すると、結衣はすぐに俺に向かってサムズアップ。どうやら、俺の家に泊まっていいと御両親から許可をもらえたようだ。


「許可をもらったよ。悠真君、今夜はよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしく」

「荷物を用意したいし、まずは私の家に行ってもいいかな?」

「もちろん。俺も、結衣と付き合うことになったって御両親に報告したいから」

「了解。あと、電話で悠真君と付き合うって言ったら、お父さんもお母さんも喜んでた。だから、あまり緊張しなくても大丈夫だと思う」

「……その話を聞いて、ちょっと安心したよ」


 俺は結衣の右手と恋人繋ぎの形で繋いで、結衣の家に向かって歩き始めた。それは結衣と恋人になり、新たな一歩を踏み出した感じがした。

 結衣と手を繋ぐのはこれが初めてじゃないけど、付き合い始めたから、これだけでも結構ドキドキする。話したい気持ちはあるけど、なかなか言葉が見つからない。結衣も同じような気持ちなのか何も話しかけてこなくて。目が合うと、結衣は頬を赤くしてはにかむ。それがたまらなく可愛かった。

 結局、何も話さないまま10分近く歩いて、結衣の家に到着。


「ただいま~。恋人を連れてきましたー!」


 家の中に入り、結衣が大きな声でそう言うとすぐに、リビングから父親の卓哉さんと、母親の裕子さんが姿を現す。柚月ちゃんは部活でいないのかな。


「おおっ、低田君。さっき、結衣からの電話で付き合い始めたことを聞いたよ。父親として、君が恋人になってくれるのはとても嬉しい。結衣のことを末永くよろしくお願いします。あと、今夜は低田君の家で結衣がお世話になります」

「こちらこそよろしくお願いします」


 卓哉さんとは両手で握手を交わした。初めてここに来たとき、結衣と仲良くしてほしいと言っていただけあって、とても嬉しそうだ。その気持ちを裏切ってしまわないためにも、結衣とは仲良く付き合っていきたい。


「結衣からは低田君の話をたくさん聞いていたからね。良かったわね、結衣」

「うん!」

「低田君、これからも結衣のことをよろしくお願いします。何かあったら遠慮なく言ってね。結衣の母親としてできることがあれば、何でもするつもりだから……」


 そう言うと、裕子さんは俺の手を握り、頬をほんのりと赤くして俺を見つめてくる。今の裕子さんを見ていると、結衣の母親らしいなぁと思える。

 今後、裕子さんに相談することがあるかもしれない。もちろん、常識的な範囲で。


「そ、そのときはよろしくお願いしますね」

「じゃあ、荷物をまとめたら、悠真君の家に行くよ。悠真君、一緒に私の部屋に来て?」

「ああ、分かった。お邪魔します」


 俺は結衣に手を引かれる形で、結衣の部屋へ向かう。

 この部屋に来るのは水曜日にお見舞い以来か。何度も来たことがあるのに、恋人の部屋だと思うと、とてもドキドキするな。結衣と恋人になって1時間も経っていないけど、世界が変わったように見える。


「私は荷物をまとめるから、悠真君は適当な場所でくつろいでて」

「分かった」


 ベッドの近くにあるクッションに腰を下ろす。

 いくら恋人になったとはいえ、結衣がタンスから服や下着を取り出すところ見るのはまずいよな。なので、俺はスマートフォンを取り出した。


「結衣、中野先輩にも俺達が付き合うことをすぐに報告した方がいいよね」

「そうだね。杏樹先生にも報告した方が良さそう。LIMEのグループトークにメッセージを送ろっか」 


 中野先輩はともかく、福王寺先生がこのことを知ったらどんな反応をするのか。

 ただ、どういう言葉を使って付き合うことを報告するか迷うな。

 ――プルルッ。

 スマホが鳴ったので確認すると、高校生5人と福王寺先生のグループトークに結衣からメッセージが届いたと通知が。

 実は一昨日の放課後、バイト先へ行くとき、中野先輩に福王寺先生の素のモードを話したら、先輩も先生と話したいと言ってきた。なので、お互いの連絡先を俺が教え、6人でのグループが作られたのだ。


『突然ですが、悠真君と恋人として付き合うことになりました!』


 結衣のメッセージはシンプルな内容だった。何かを伝えたいときはこのくらいストレートな方がいいのか。

 結衣を見ると、結衣は笑顔で俺を見てウインクをし、再び荷造りをしていく。


『結衣と付き合うことになりました。これからもよろしくお願いします』


 結衣に倣って、俺も同じようなメッセージを送った。

 これで中野先輩、福王寺先生にも伝えられるかなと画面を眺めていると、さっそく既読人数のカウンターが一気に5まで上がる。俺以外のグループメンバーが全員見たのか。


『先ほども言いましたが、2人とも、おめでとうございます! 結衣はついに恋が叶いましたね! 低田君、結衣と一緒に幸せになってくださいね。近くで見守っていくという、親友としてのこれからの楽しみができました』


『あの噂を聞いてから、悠真への高嶺ちゃんの愛情は凄いと思ったけど、ついに成就したか。あたしは華頂ちゃんともいい雰囲気だと思ってたけどね。2人ともおめでとう! もし、今夜、高嶺ちゃんと一緒に過ごすことになったとしても、悠真は明日のバイトには遅れないように!』


『低変人さまあっ! 結衣ちゃん! お付き合いおめでとう! 2人の恋はもちろん、低変人様のこれからの作曲活動も応援するね!』


『さっきも言ったけど、ゆう君と結衣ちゃん、本当におめでとう!』


 4人から温かな祝福メッセージが届き、胡桃と福王寺先生は更に『おめでとう!』という文字付きのバンザイをする猫スタンプを送ってくれた。結衣も見たのか「ふふっ」と笑い、


『ありがとうございます!』


 メッセージを送った。俺も結衣に続いて『ありがとう』とメッセージを送信した。

 月曜日になったら、きっと俺達が付き合い始めたことが学校中に広まるだろう。結衣が俺にフラれた話が広まったとき以上に騒ぎになるかもしれないな。


「悠真君、荷物をまとめ終わったよ」

「お疲れ様。じゃあ、俺の家に行くか」

「……その前に、ちょっと休ませて。1時間以上、あのビルの前でじっと待っていたからさ。だから、悠真君と一緒にベッドで横になりたい」

「分かった」


 結衣の誘いで、結衣のベッドで一緒に横になる。さすがにゆったりさは感じないけど、結衣の温もりと匂いを感じられるから、このくらいの広さがちょうど良く思える。


「悠真君と恋人になって、自分のベッドで一緒に横になるのが夢の1つだったんだ」

「そうだったのか。叶って良かったな」

「うんっ!」


 すると、結衣は俺に覆い被さるような体勢になる。そのことで、笑顔の結衣に視界を独占され、結衣の匂いに包まれた感覚に。


「悠真君、キスしていい? 私からするファーストキス」

「もちろんだよ」

「ありがとう。悠真君、大好き」


 囁いて、結衣は俺にキスしてくる。

 結衣のベッドで仰向けになった状態でされるキスは、告白した直後のキスよりもかなりドキドキする。俺は両手を結衣の背中に回した。そのことで、唇だけではなく全身で結衣の温もりを感じる。


「んっ……」


 甘い声を漏らすと、結衣は俺の口の中に舌を入れて、俺の舌と絡ませてくる。しかし、絡ませ方が激しすぎるので、ドキドキさが薄れていく。きっと、舌を絡ませる中で、どんどん好きな気持ちが膨らんだり、興奮したりしているからだと思う。結衣らしいと思えてほっこりするほどだった。

 結衣の方から唇を離すと、結衣はうっとりとした様子で俺を見つめてくる。


「自分からするキスもいいね。興奮しすぎて舌を激しく絡ませちゃった」

「絡ませ方が激しすぎて、途中からドキドキよりもほっこりとした気持ちが勝ったよ。結衣らしくてさ」

「ふふっ、何それ。舌を絡ませる加減を考えなきゃいけないね。あと、悠真君の口からコーヒーとチョコっぽい匂いがした」

「喫茶店でアイスコーヒーとガトーショコラを頼んだからな」

「そうだったんだ。……もうちょっとキスしたいな」

「はいはい」


 俺は右手を結衣の後頭部に回し、結衣の顔を近づかせてキスをする。そのことに結衣は「ふふっ」と笑った。

 それから少しの間、ベッドの上で結衣とのキスの時間を堪能するのであった。

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