第33話『あたしの家に来る?』

 5月17日、金曜日。

 今日も高嶺さんが告白される場面を目撃することから、学校生活がスタートする。

 一緒にいる時間が長くなり、俺にとって、高嶺さんは可愛らしくて性欲の強い女の子というイメージが定着した。それでも、朝の告白を見る度に、高嶺さんは物凄く人気がある生徒なのだと再認識する。

 金曜日であり、体育の授業もあったから、午前中があっという間に過ぎていった。



 昼休み。

 今日もチャイムが鳴ると、高嶺さんと伊集院さんがすぐに俺のところにやってきて、鳴り終わってから1分も経たないうちに、華頂さんが教室に入ってきた。

 俺の席の近くにある机や椅子を借り、今日も4人で昼食を食べ始める。ちなみに、俺の隣に華頂さん。机を挟んで正面に高嶺さん。高嶺さんの隣に伊集院さんが座っている。


「今日も隣のクラスの華頂さんが来てるぞ。どうして、低田ばかりに可愛い子が集まるんだ……」

「本当にな。あと、友達から聞いた話だと、華頂と低田は同じ中学出身らしいぞ」

「マジかよ!」


 高嶺さんと伊集院さんの3人で食べている風景に慣れてきたのか、最近は俺達のことを話す周りの生徒の声が減ってきていた。

 しかし、昨日から華頂さんが来たことによって、その声が再び増え始めたのだ。華頂さんも男子中心に人気が高いらしいし。当の本人は、周りで色々と言われていることにあまり気にしていないようだけど。


「ゆう君。昨日はバイト中にお姉ちゃんが来たんだよね。お姉ちゃんのせいで、バイトの先輩の方に怒られることになってごめんね」

「気にしなくていいさ。俺が止めなかったのが悪いんだから」

「途中で姫奈ちゃんと私が話の輪に入っちゃったしね」

「あたし達にも責任があるのです。それにしても、お姉さんの杏さんはとても素敵な方なのです。背も高くて、スタイルも良くて、綺麗で、凛とした雰囲気もあって……」


 杏さんのことを思い出しているのか、伊集院さんはうっとりとした様子で話す。ああいう雰囲気の女性に憧れているのだろうか。まあ、伊集院さんは……杏さんとは違った雰囲気を持っている子だもんな。


「素敵なお姉さんだよね。そういえば、昨日、杏さんが家に遊びに来てねって言っていたな。もし、今日……胡桃ちゃんのバイトがなかったら、胡桃ちゃんの家に行ってみたいな」

「あたしも行ってみたいのです。胡桃の家には一度も行ったことがありませんし」

「お姉ちゃん、みんなにそんなことを言っていたんだ。今日は本屋のバイトはないし、あたしの家で試験勉強しようか」

「うん、そうしよう!」

「決まりですね!」


 華頂さんの家に行くことになって、高嶺さんと伊集院さんは喜んでいる。


「ゆう君はどうかな? もし、バイトがないなら、一緒に来る?」

「俺もバイトはないけど……い、いいのか? その……男子が女子の家に上がって」

「ゆう君ならOKだよ」

「それなら、華頂さんのお言葉に甘えさせてもらうよ」

「分かった!」


 華頂さんは嬉しそうな笑顔を見せた。

 今日は華頂さんの家で試験勉強をするか。実は昨晩、2日連続で放課後にバイトがあったからか、桐花さんに勉強と体調のことを心配されてしまったし。

 その後、高嶺さんの提案で中野先輩も誘うことに。なので、俺から華頂さんの家に行くかと誘ってみると、先輩は快諾。放課後に校門近くで落ち合うことにした。

 中野先輩も一緒に行くことになって、3人が喜んでいたときだった。

 ――プルルッ。

 スマホの着信音が聞こえたので、確認してみると……何の通知もなかった。鳴ったのは俺のスマホじゃなかったか。


「……美玲ちゃんからだ」


 そう呟くと、華頂さんの顔から笑みが消えて「はあっ」とため息をついた。ただ、俺達がいるからか、すぐに笑顔を見せてはくれる。そんな華頂さんを見て、昨日、杏さんが将野さん達との遊びから帰ってきたときは疲れてばかりだと話していたのを思い出す。


「将野さんからメッセージが来たの?」


 そう言う高嶺さんはもちろんのこと、伊集院さんも真剣な様子で華頂さんを見ている。高嶺さんは将野さんと実際に話したことがあるし、伊集院さんも高嶺さんの話を聞いて悪い印象を抱いているのだろう。


「今日は金曜日だし、バイトがなかったら夜まで遊ばないかって。もう、美玲ちゃんの高校だってもうすぐ中間試験なのに」

「どこの高校も同じくらいの時期に中間試験があるんだね」

「かもね。結衣ちゃん達との約束もあるから、美玲ちゃんには断りのメッセージを入れるよ。中間試験も近いからね」

「分かった。もし、そのことで何か言ってくるなら、私達が力になるから」

「そうですね!」

「……ありがとう」


 華頂さんは嬉しそうな様子でスマホをタップしている。今の華頂さんにとって、高嶺さんや伊集院さんの存在は心強いのだろう。

 華頂さんが将野さんに断りのメッセージを送り、俺達は再びお昼ご飯を食べ始める。

 華頂さん、将野さんからメッセージが来る前よりも明るい笑顔を浮かべているな。中学のときはこんなに近くに座っていなかったけど、それでも隣でお弁当を食べている華頂さんを見ると、当時のことを思い出す。

 ――プルルッ。

 華頂さんがメッセージを送ってから数分後。華頂さんのスマホが鳴る。


「……あっ、美玲ちゃんから『分かった』って返事が来た」


 華頂さんは笑みを浮かべ、ほっと胸を撫で下ろしていた。こういう反応をするってことは、誘いを断ったら将野さんにキレられた経験があるのかな。


「将野さんから了解の返事をもらえて良かったね、胡桃ちゃん」

「うん! じゃあ、今日はみんなと中野先輩の5人であたしの家に行こうね」

「胡桃ちゃんの家は初めてだからどんなところか楽しみだなぁ」

「楽しみなのです。特にお部屋は」


 俺も華頂さんの部屋がどんな感じなのか楽しみだな。初恋の人の部屋だし。高嶺さんの部屋と似た雰囲気なのかどうか。あと、本屋でバイトをしている華頂さんがどんな本を持っているのかとか。失礼のないよう気を付けなければ。

 放課後の楽しみができたから、とても和やかな空気の中で昼休みの時間が過ぎていった。



 放課後。

 今週の学校生活もこれで終わりか。華頂さんに2年前のことで謝られて、これから華頂さんの家に行くことになるとは。今週が始まったときには考えもしなかったな。これも高嶺さんや伊集院さんのおかげだろう。


「悠真君。行こうか」

「行きましょう、低田君」


 高嶺さんと伊集院さんと一緒に1年2組の教室を出る。

 すると、そこにはスクールバッグを持った華頂さんが待ってくれていた。華頂さんは可愛らしい笑みを浮かべて、俺達に小さく手を振った。

 華頂さんを加えて、4人で中野先輩との待ち合わせ場所の校門近くへと歩き始める。


「ねえ、胡桃ちゃん。お家までの間にコンビニってある?」

「うん。3軒あるよ」

「良かった。コンビニで何かお菓子を買おうかなって思ってさ」

「それはいい考えなのです! 休憩のときにでも食べましょう」

「甘いものがあると、それだけでも勉強のやる気が上がるよね」

「胡桃ちゃんの言うこと分かるなぁ」


 女子高生らしいというか、スイーツ部らしいというか。可愛らしい会話が繰り広げられているな。聞いているだけでほっこりとした気持ちになる。


「悠真君はどんなお菓子を買おうと思ってる?」

「えっ? あ、ああ……この時期になると、期間限定で抹茶系のスイーツが出てくるから、そういうものに興味があるな」

「限定のお菓子か。それもいいなぁ」


 高嶺さんは腕を組みながら「う~ん」と考えている。

 スイーツもいいけど、俺は砂糖入りのコーヒーでも買おうかな。試験勉強とか受験勉強のときは、砂糖が入った飲み物を飲むことが多いから。

 昇降口を出て、校門近くに到着するけど、そこには中野先輩の姿はまだなかった。なので、先輩が来るのを待つことに。

 放課後にバイトへ行くとき、ここで中野先輩を待ったことは何度もある。部活動が禁止されているからか、普段と比べて、この時間に下校する生徒が多いな。


「悠真! みんな~!」


 そんな生徒達の中から、こちらに手を振ってくる中野先輩の姿が見えた。


「待たせちゃったかな」

「いいえ。俺達もついさっき来たところですよ」

「そっか。悠真は見つけやすくていいよね。背も高いし金髪だから目立つよ。あと、ピンクの縦ロールの伊集院ちゃんも遠くからすぐに分かったよ」

「ふふっ、そうなのですか。小さい頃から、待ち合わせのときにこの髪は重宝しているのです」


 穏やかな笑顔でそう言う伊集院さん。

 中野先輩の言うように、俺の金髪や伊集院さんのピンクの髪は目立つよなぁ。金髪は染めたりする生徒もいるので何人かいるけど、ピンクの髪の人は伊集院さん以外に出会ったことがない。


「では、あたしの家に行きましょうか。あと、中野先輩。途中のコンビニでお菓子を買う予定です」

「分かった。あたしも何か買おうかな」


 そして、華頂さんの家に向かうために校門を出たときだった。


「ふ~ん。この子達が高校のお友達なんだね。胡桃」


 ベージュ色のセーラー服を着た将野さんが、この前のムーンバックスのときにも一緒にいた友人達と共に、俺達を待ち構えていたのであった。

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