第32話『姉として。』

『バイトお疲れ様、低変人さん』

『ありがとうございます』


 夜になり、桐花さんとチャットし始める。

 今日は放課後にバイトがあったけど、その間に高嶺さんと伊集院さんだけでなく、華頂さんも一緒に来店してくれた。中間試験の勉強をしたこともあり、彼女達は俺がバイトしている時間の大半を店内にいてくれて。そのおかげで、あっという間にバイトの時間が過ぎ、疲れもあまり感じなかった。


『今週も半分過ぎたね!』

『過ぎましたね。週末がグッと近づいた感じがしますよね。……今日は普段よりも上機嫌な感じがしますが、何かいいことがあったんですか?』


 水曜日になると、桐花さんは「半分過ぎた」と言うことが多いけど、今日の文面からは彼女の気分が良さそうに思えたのだ。

 俺がメッセージを送って2、3分経ってから、


『晴れやかな気分になることがあって。いつもよりいい気分なの』

『良かったですね。実は俺も今日はいいことがあって。年単位で心にあったモヤモヤとか、苦しい気持ちが取れていくきっかけがありまして。心が軽くなった気がします』

『そうなんだ。低変人さんからそういう話が聞けて嬉しいな。じゃあ、お互いにいい日だったんだね』


 桐花さんの体験した「晴れやかな気分になること」が何だったのかは分からないけど、同じ日にいい気分になれるとは。その偶然を知り、よりいい気持ちになった。

 ただ、タイミング的に一瞬、桐花さんが高嶺さん達の中の誰かなのかと思ってしまった。今日の昼休みの華頂さんは、俺に謝って、友達になってから凄く嬉しそうだったから。そんな俺達のことを、高嶺さんと伊集院さんが喜んでくれたし。


『来週の中間試験を頑張れそうだよ!』

『そうですか。前は定期試験があることに気落ちしていたのに。相当いいことがあったんですね』


 と、メッセージを送ったけど、俺も華頂さんと普通に話せたり、友達同士になれたりするのが嬉しいから来週の中間試験を頑張れそうだ。


『ま、まあね。このまま中間試験を乗り越えようね。試験も近いし、体調を崩さないように気を付けて。低変人さん、バイトもやってるし』

『はい、気を付けます。桐花さんも体調を崩さないように気を付けてください』

『ありがとう』


 来週に高校生になって初めての定期試験があるので、試験前のバイトは土曜日が最後。試験期間中はシフトを入れていない。しっかりと勉強して、中間試験に臨もう。

 それからすぐにチャットを終わらせ、寝る前に試験勉強をしたり、思いついたメロディーをギターで弾いて録音したりしたのであった。




 5月16日、木曜日。

 今日も高嶺さんが朝に告白されていることを含め、学校では普段通り一日を過ごした。

 ただ、昼休みだけはいつもと違った。

 華頂さんが1年2組のランチバッグを持ってやってきて、4人でお昼ご飯を食べたのだ。もしかしたら、これからはこれが普通になるかもしれない。



 今日もシフトが入っているので、放課後になると中野先輩と一緒にムーンバックスでバイトをしている。

 もちろん、高嶺さんと伊集院さんもお客様として来店してくれた。2人は紅茶を頼むと、窓側のカウンター席に座って試験勉強を始めた。ちなみに、華頂さんはよつば書店でバイトがあるらしい。

 今のところ、つまずいている教科はないけど、俺も中間試験の勉強をしておかないとなぁ。


「いらっしゃいませ……あっ、杏さん。こんにちは」


 杏さんが来店。パンツスタイルなのもあってクールな印象だ。大きめのバッグを持っているから、大学の帰りだろうか。


「こんにちは、低田君。今日もちゃんとバイトをしていて偉いね」

「ありがとうございます。杏さんは大学からの帰りですか?」

「ええ。今日はサークルがないからね。コーヒーを買って帰ろうかなと」

「そうでしたか。大学お疲れ様です」

「ありがとう。……あと、胡桃と仲直りして友達になってくれてありがとう。あの子、昨日の夜は終始ご機嫌だったから。あと、朝は『今日謝るんだ』って緊張していたの」


 そういえば、昨日の朝に会ったとき、華頂さんは緊張した様子だった。きっと、俺に謝ろうと決意していたからだろうな。高嶺さんからアドバイスを受けたとはいえ、謝る相手に会ったら緊張してしまうよな。

 あと、華頂さんは昨日、家に帰ってから凄く上機嫌だったのか。


「杏さんはご存知だと思いますが、2年前、華頂さんは将野さんの命令で俺に嘘の告白をしました。華頂さんの告白が嘘だと将野さんがバラしたとき、嘲笑する生徒が大勢いる中、小さな声で『ごめん』と謝ってくれました」

「……2年前に言ってた。低田君に酷いことをしたって。ごめんって言ったけれど、低田君に届いたかは分からないって。でも、届いていたんだね」

「はい。あの告白が嘘だったのは凄くショックでした。華頂さんのことが本当に好きでしたから。本人にも言いましたけど、華頂さんを恨んだことは一度もありません」

「……そうなんだね」


 杏さんはほっと胸を撫で下ろす。きっと、姉として心配していたんだろうな。


「杏さん、こんにちは」


 気付けば、高嶺さんと伊集院さんが杏さんのすぐ近くに来ていた。


「結衣ちゃん、こんにちは。こちらのピンク髪の子は? もしかして、高校に入学してから、胡桃がたまに話す伊集院姫奈ちゃん?」

「はい。初めまして、伊集院姫奈といいます。胡桃とはスイーツ部でお世話になっております」

「やっぱりそうだ。初めまして、胡桃の姉の華頂杏です」


 伊集院さんと杏さんは笑顔で握手を交わしている。そうか、2人は今まで会ったことがなかったのか。高嶺さんと初めて会った日曜日には伊集院さんはいなかったし。


「今日もお勉強? まあ、結衣ちゃんは愛しの低田君の観察もあるだろうけど」

「悠真君の姿はできるだけ生で見たいですからね。あと、来週には中間試験がありますので、姫奈ちゃんと一緒に試験勉強をしてました。ここは落ち着いた雰囲気ですから」

「分かるわ。私もここで試験勉強したり、大学の課題をやったりするから。結衣ちゃんにもお礼を言わないと。胡桃にアドバイスしてくれてありがとう。伊集院さんも見守ってくれたみたいで。高校でいい友達に出会ったって言っていたよ」

「大切な友人のためですからね。ね? 姫奈ちゃん」

「ええ。あたしも胡桃と低田君が仲直りしてから、結衣から簡単にですが例の嘘告白について聞いたのです」

「ごめんね、悠真君。勝手に話しちゃって」

「気にしないでいいさ。話した相手は伊集院さんだし、華頂さんのことを許したからね」


 きっと、高嶺さんも伊集院さんだからこそ話したのだと思うし。全く嫌だと思っていない。


「結衣ちゃんや姫奈ちゃんと出会って、低田君と仲直りできて良かった。きっと、胡桃にとって心強いと思う。低田君のことがあってか、中学の頃は沈んでいる日が多くてね。今でも、将野さんと遊んで帰ってきた日は疲れてばかりで。姉としては、将野さん達とは距離を置いた方がいいと思ってる。付き合わなくなってもいいくらい」


 将野さんは嘘の告白をするように命令したからな。華頂さんがそのことに悩んでいるのだから、距離を取った方がいいと思うのは当然だろう。


「だから、3人が胡桃のことを支えてくれると嬉しいな」

「いいえ、あたしもいれて4人ですよ」


 気付けば、中野先輩が怒った様子で俺の横に立っていた。


「まったく、悠真ったら。知り合いが来店したからって、カウンターで長話するんじゃありません。気持ちは分かるけど」

「申し訳ないです」


 その知り合いが華頂さんの姉の杏さんだから、つい話し込んでしまった。


「ごめんなさい。私が低田君に話しかけたせいで」

「いえ、私達が話しかけちゃったのもあります。ごめんね、悠真君」

「申し訳ないのです、低田君」

「気にするな。杏さんも気にしないでください」

「ええと……中野さんですか。妹を守るのは自分もいれて4人と言ってくれましたけど、どうしてですか?」

「華頂ちゃんとは昨日知り合いました。ただ、将野美玲には個人的に恨みがありましてね。自分よりも背が低くて、胸が小さいからってバカにしやがって。あの小娘……」


 将野さんと対峙したときほどじゃないけど、中野先輩……凄い剣幕になっているな。さすがに杏さん達もこれには苦笑いだった。


「実は先日のバイト中に将野さん達と色々ありまして。紹介が遅れましたね。彼女は俺のバイトの先輩で、金井高校の先輩でもある中野千佳といいます」

「中野です、初めまして」

「初めまして、華頂杏です。大学2年で金井高校のOGです。高校の先輩も力になってくれるなら、胡桃もより安心だね。4人とも、近いうちにでも家に遊びに来てね。ここで長々と話してしまってごめんなさい。アイスコーヒーのMサイズを1つください。シロップとミルクを1つずつお願いします。持ち帰ります」

「かしこまりました」


 場所やタイミングを考えるべきだったけど、杏さんと話せて良かった。華頂さんが俺に謝ることができて上機嫌なのも分かったし。

 将野さんの話もしたので、杏さんが店を後にしてからは将野さんが来ないかどうか警戒した。でも、そんな事態にはならなかったのであった。

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