第29話『二人で奏でようよ?』
「低変人さん本人と話しながら、曲を聴ける日が来るなんて。とても幸せな時間になったよ。ありがとう」
「こちらこそ。いい経験をさせてもらった」
高嶺さんはとても満足そうな様子。
以前、福王寺先生とも低変人の曲を一緒に聴いたことがあるけど、場所が学校なのもあって新作の話だけをする機会が多かった。なので、こんなにもたくさん曲を聴きながら、感想を言われたり、曲について話したりするのはこれが初めてだった。
これまで、動画のコメント欄やTubutterの返信で曲の感想をもらっていたけど、直接、面と向かって感想をもらうのもいいな。今まで、家族や福王寺先生から感想を言われたことはあるけど、クラスメイトの友人からは初めてなので感慨深いものがある。これを今後の曲作りに活かしていきたい。
「本当に色々なジャンルの曲を公開しているよね。全部1人で作っているのが凄いよ」
「音そのものは俺1人で作るけど、メロディーとかはリスナーからの感想を参考にするときもあるよ。この前弾き語りした曲とかは好きな曲の影響があるし」
「そうなんだね。……もし、作品作りで協力してほしいことがあったらいつでも言ってね。私に出せる音や、悠真君と私だから出せる音もあるかもしれないし……」
頬を赤くしながら言う高嶺さん。
「とりあえず、その気持ちは受け取っておく。ちなみに、俺達だから出せる音ってどんな音?」
「た、例えば……キスしたときに舌を絡ませる音とか!」
きゃーっ! と、高嶺さんは黄色い声を上げる。興奮した様子で、高嶺さんは赤みがより強くなった頬に両手を当てている。
「高嶺さんらしいな」
正直、赤くなっている頬を見た時点で、そっち方面の行為をしたときの音だと予想していたけど。
世の中、数多くの曲があるけど、キスやその先の行為をしたときの音を入れてみましたって曲を俺は知らない。もちろん、そんな音を入れた曲を作ったこともない。
「どうかな、悠真君。舌を絡ませる音を採用してくれる? 2人でたくさんの音を奏でようよ! 時には気持ちいいことをしながら!」
「不採用に決まってるよ」
「……残念だなぁ」
はあっ……と深くため息をつく高嶺さん。本当に残念がっているよ。もしかしたら、どんな音になるか確かめるためとか言って、俺とキスしようと企んでいたんじゃないか。
「キスとかそっち系の行為で出す音は全部不採用だ。ただ、高嶺さんの声は綺麗だし、例えば鼻歌とかを取り入れてみるのは面白いかもしれない。あとは口笛とか」
「綺麗な声って言われると照れちゃうな。私ならできるかもって思ったことがあればいつでも言ってね!」
高嶺さん、やる気に満ちた様子になっている。高嶺さんの声や口笛などを使った曲作りはいつかやってみたいな。
夜になり、福王寺先生に「低変人の正体と、福王寺先生が低変人の大ファンであると高嶺さんへ明かした」と伝えた。もちろん、高嶺さんも低変人のファンであることも。
同志ができたことが嬉しかったのか、福王寺先生はLIMEで高嶺さんと俺をメンバーにした3人のグループを作成。さっそく、先生発信でグループ通話をして、先生と高嶺さんが低変人の曲の感想を語り合った。ちなみに、その際、
『いやぁ、結衣ちゃんも低変人様のファンだなんてね! 低変人様について熱く語れる人がいて、私はとっても嬉しいよっ!』
福王寺先生は学校でのクールモードの声色ではなく、素の可愛らしいモードの声色で話していた。先生が素の明かす基準の一つは、俺が低変人であると知っていることなのだろうか?
『杏樹先生、普段と全然キャラが違いますね。声色が違うので別人かと』
『確かに、学校と今とでは声のトーンが違うわね。でも、これが素なの』
『そうなんですか。可愛らしくて私は好きですよ! 素の先生を知ったので、あの猫ちゃんスタンプを悠真君に送るのも納得がいきますね』
『ふふっ。だけど、低変人様が正体を隠すように、私のことも他の生徒には口外しないでね』
『はい! 分かりました!』
どうやら、高嶺さんは先生の素をすんなりと受け入れたようだ。
福王寺先生にとって、素で接せられる生徒が1人増えたのは心強いんじゃないかと思う。先生と高嶺さんの楽しげな会話を聞きながらそう思った。
『そっか。例の女の子に自分が低変人だって話したんだね』
『はい。時々、彼女は頭を抱えるような行動を取りますけど、俺のことをとても大切に想ってくれているのが分かったので。彼女なら大丈夫だろうと思ったんです。低変人の曲も気に入ってくれている子ですし』
高嶺さんと福王寺先生とのグループ通話が終わった後、俺はいつも通り桐花さんとメッセンジャーで話している。今日、高嶺さんに自分の正体を明かしたことを桐花さんに伝えたのだ。
『低変人さんが信頼できるって判断したんだから、私は正体を明かして良かったって思っているよ。それに、正体が分かった上で応援してくれる人がクラスメイトにいるのは心強いんじゃない?』
『そうですね。あと、その子から曲の感想を言われました。ただ、面と向かってなので嬉しかったですけど、照れくさくもありました。ただ、担任の先生に正体を明かしたときにも、同じように感想を言われたんですけど、そのときはあまり照れくささはなかったんですよね』
『今回はクラスメイトの子だったからじゃない? あと、前に担任の先生の話をしてくれたとき、『低変人様』って呼んで信仰ぶりが凄かったって言っていたじゃない。その驚きがあったから、照れくささはあまり感じなかったのかも』
『それは言えてますね』
自分が低変人であると伝えたとき、福王寺先生がとびきりの笑顔になって、曲の感想を矢継ぎ早に言ってきたっけ。絶賛してくれたのは嬉しかったけど、そのときの迫力には恐さも感じた。
『ただ、桐花さんが感想をくれるのはとても嬉しいですよ。いつも、創作の励みになってます』
『あ、ありがとう。急にお礼を言われると照れるね。きっと、クラスメイトの女子に曲の感想を言われたとき、低変人さんはこういう気持ちだったのかなって思った』
『ははっ、そうですか。例の子に低変人について話したときに、活動休止中の時期のことも話しました。あのとき、桐花さんに相談したり、思いついたメロディーの感想をもらったりして良かったと改めて思います。あのやり取りがなかったら、『道』が今公開している形になっていなかったでしょうから』
その『道』を、多くの人が絶賛してくれるような一曲になったのは、大きな自信になった。
照れくさいのだろうか。少しの間、桐花さんからのメッセージはなかった。そして、
『低変人さんがそう言ってくれると、何だか心が救われるよ』
「うん?」
てっきり「そんなことない」とか「照れるなぁ」というメッセージが来ると思っていたので、思わず声が漏れてしまった。心が救われるなんて言葉、当時は言ってなかったけど、いったいどういうことなんだろう?
『心が救われる……ですか』
『うん。活動休止を発表した直後に『ゆっくり休んで』ってメッセージを送ってから、低変人さんに『道』を作るための相談をされるまで、私、何もできなかったから』
当時、桐花さんとは2ヶ月くらい言葉を全然交わさなかったから。その間に、自分から動いていれば、何か違っていたのかもしれないと思っていたのかな。それだけ、俺のことを考えてくれていたんだな。
『桐花さんの気持ちは分かりました。優しいですね。ただ、活動を休止すると発表してから、桐花さんに相談する直前まで、本当にメロディーが思いつかなくて。いざ、思いついても不安でいっぱいで。そんな俺の相談に親身になってくれてとても嬉しかったです。あのときはありがとうございました』
2ヶ月もの間、ほとんど言葉を交わさなかった。それでも、俺が相談すると、桐花さんは親身になってくれて、思いついたメロディーについて正直な感想を言ってくれた。それがたまらなく嬉しかったのだ。
『いえいえ。こちらこそありがとう。これからも、何かあったら遠慮なく相談して。活動休止が話題になったから『道』を聴いているけど、元気と勇気をもらえるよ』
心が救われると言っていたので、これで少しは気持ちも晴れてくれると嬉しい。
その後、桐花さんがお風呂に入るとのことなので、今日の会話はこれにて終了となった。
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