第4話『高嶺さんとのお昼ご飯』

 朝礼前の一騒動があったからだろうか。午前中の授業を普通に受けられることが嬉しく思えた。

 授業の合間の10分休みはお手洗いに行ったり、教室移動したりしたので、高嶺さんと会話をすることはなかった。

 ただ、1時間目と2時間目の間の休み時間に、高嶺さんからLIMEで、


『朝礼前はありがとう』


 というメッセージをもらった。今朝のことが高嶺さんのためになったようで嬉しい。

 朝の一件があったからだろうか。10分休みのときは、いつもよりクラスメイトからの視線を感じた。だけど、悪口や嫌味を言われることはなかった。



 昼休み。

 朝礼前に一緒に食べたいと言っただけあってか、予鈴が鳴るとすぐに、高嶺さんはランチバッグを持って俺のところにやってきた。


「悠真君! 一緒に食べよう!」

「……ああ」


 俺の前の席に座っていた女子生徒が、昼休みになると早々に席を離れた。なので、高嶺さんはその生徒の席を使い、俺と向かい合うよう形で座る。

 改めて、高嶺さんを間近で見ると……本当に綺麗で可愛い女性だと思う。高嶺の花と称され、学校中で人気があり、男女問わず告白されまくるのも納得だ。


「どうしたの? 私の顔をじっと見て。何だか照れちゃうな」

「こういう状況は初めてだからな」

「なるほどね。さあ、お昼ご飯を食べよう」

「そうだな」


 俺はバッグから弁当包みを取り出し、机に置く。

 高嶺さんはランチバッグからお弁当と小さなタッパーを取り出した。スタイルいいし、あまり食べないイメージがあったんだけど、食事はしっかりと食べるタイプなのかな。

 弁当包みを広げて、蓋を開けると……うん、今日も美味しそうだ。俺の大好きな玉子焼きと唐揚げも入っている。

 高嶺さんのお弁当もチラッと見ると、とても可愛らしい感じのお弁当だった。ハンバーグも大好きなので目につく。


「悠真君のお弁当、美味しそうだね」

「ありがとう。高嶺さんのも美味しそうだな。じゃあ、いただきます」

「いただきますっ!」


 俺は高嶺さんと一緒にお昼ご飯を食べ始める。

 高校に入学してから、クラスメイトと一緒に食べるのはこれが初めてだけど、その相手が高嶺さんになるとは思わなかったな。そんなことを思いながら玉子焼きを食べ始める。


「……うん、美味しい」

「お昼ご飯を食べている悠真君を今まで見ていたけど、玉子焼きは美味しそうに食べることが多いよね」

「玉子焼きは大好きだからな」


 というか、これまで昼飯を食べているところを見られていたのか。何だかちょっと恥ずかしいな。あと、高嶺さんはなぜかほっとした様子に。


「お弁当はお母様が作るの? それとも悠真君が自分で?」

「弁当は母親が作ってくれるよ。ただ、俺も休日やバイトのない平日の夕ご飯をたまに作ることもある。高嶺さんの方はどうなんだ?」

「お弁当はほとんどお母さんが作ってくれるよ。今日もそう。たまに、早起きしたときは私も作るけど。……実は今日、早起きしてね。悠真君のために玉子焼きを作ってきたの」

「そうなのか」


 高嶺さんはタッパーの蓋を開ける。タッパーの中には黄色くふんわりとした玉子焼きが入っている。タッパーもあったのはこのためだったんだな。


「美味しそうだ。……ちなみに、変なものは入ってないよな」

「失礼だね、悠真君は。何も入れてないって。強いて言えば、悠真君への愛情がこもっているよ」


 ニッコリ笑いながら言う高嶺さん。その愛情が、口に入れたらまずそうな粉や液体に変化していないかどうかが心配だ。


「そうか。……昨日の寝間着の写真を送られてきたとき、色々なことに使っていいって言うくらいだからさ。それに、玉子焼きなら作る前に色々入れられるし」

「そんなことしないよ。悠真君のために初めて作ったし、美味しく食べてほしいから。それにしても、あの写真の話をするってことは、何かに使ってくれたの?」


 高嶺さんは興味津々な様子で俺のことを見つめてくる。こういう反応を示すから、玉子焼きに変なものが混入していないかどうか不安になるんだよ。

 ただ、見た目が美味しそうだし、とりあえず一切れ食べてみるか。


「写真を見て可愛いなって思っただけだよ。じゃあ、まずは一ついただきます」

「どうぞ、召し上がれ。甘めに作ってみました」

「そうか。甘い玉子焼きは好きだぞ。いただきます」


 正直、悪い意味でドキドキしている。俺はタッパーから一つ玉子焼きを取って、そのまま口に運んだ。


「……うまい」


 このふんわりした優しい食感。噛む度に感じる玉子の甘味。玉子焼きは本当に好きだから、口の中に幸せが広がっていく。


「あぁ、美味しい。高嶺さん、凄く美味しいよ。ふんわりした食感で、優しい甘味があって。俺好みだ。ありがとう」

「……えへへっ、それほどでも……」


 高嶺さんは今日の中で一番の柔らかな笑みを浮かべる。照れくさいのか頬を赤くしているのが可愛らしく思えた。


「あんな高嶺さん、見たことないな」

「低田だからこそ引き出せる笑顔なのかも。くそっ、低田……羨ましい」


 男子生徒を中心に周りからそんな声が聞こえてくる。今朝の一件があってか、高嶺さんや俺に対して否定的な言葉を耳にすることが少なくなった。

 へへっ、と高嶺さんは笑って、


「このまま美味しいものを食べ続けさせて胃袋を掴めばきっと……」

「心の声がダダ漏れだよ、高嶺さん」

「ほえっ? ……こほんっ。たまにかもしれないけど、これからも悠真君の好きなものを作ってくるね!」

「……ありがとう。ただ、時間やお金に無理のない程度にな。あと、何か変なものが入っていると疑ってすまない」

「分かってくれればいいんだよ。……でも、疑われてちょっぴり傷付いたから、お詫びに玉子焼きを食べさせてもらおうかな。悠真君のお箸で」


 不敵な笑みを浮かべながら言う高嶺さん。

 変なものが混入していると疑ってしまったのも事実だし、お詫びでは断ることはできない。高嶺さん、考えたな。きっと、間接キスをしたい気持ちもあるだろうし。


「分かった。じゃあ、一つ食べさせるよ」

「ありがとう。あ~ん」


 高嶺さんは目を瞑って口を開ける。大きめに開けているのに可愛らしい。

 このまま何もしないとどうなるか気になるけど、止めておこう。

 俺は自分の箸で玉子焼きを一つ取って、高嶺さんの口の中に入れた。その際、しっかりと俺の箸まで咥えられた。


「美味しい。悠真君に食べさせてもらったからかより美味しい」

「それは良かったね」


 すると、高嶺さんは少し顔を近づけて、


「……悠真君の唾液も混ざっているから本当に美味しいよ。あと、間接キスしちゃったね」


 俺だけにしか聞こえないような小さな声でそう言ってきた。

 間接キスって言われると、次の一口がなかなか進まないな。高嶺さんの方をチラッと見ると、俺が何かを食べるのを待っているのか、彼女はこちらをじっと見ている。くそっ、ドキドキしてきたじゃないか。

 もう間接キスはしてしまったし、ここは勢いで食べよう。そう考え、俺は白米を一口食べる。


「どう?」

「……白米美味い」


 高嶺さんに玉子焼きを食べさせた後だから、いつもよりも甘く感じたとは言わないでおこう。


「ふふっ、そっか」


 俺の返答に満足したのか、それとも俺の考えていることまで分かったからなのか、それ以上は訊かずに高嶺さんは再びお弁当を食べ始める。


「あっ」


 高嶺さんがそう声を漏らした次の瞬間、俺のメガネのレンズに水滴が。高嶺さんはプチトマトを咥えているから、噛んだときに果汁が飛んだのかな。

 高嶺さんは慌てた様子でプチトマトを食べる。


「ごめん、悠真君。メガネのレンズ、汚しちゃったね」

「気にするな。クリーナーを持ってきてあるから、すぐに綺麗になるし。汁が飛び散ったけど、高嶺さんは大丈夫か? 制服とかについていたりしてないか」

「……うん、大丈夫だよ」

「それなら良かった」


 俺はバッグからメガネケースと、レンズクリーナーを取り出す。メガネを外し、汚れたレンズを綺麗にしていく。


「悠真君、メガネを外すと雰囲気が変わるね。優しい雰囲気のイケメンさんだ」


 高嶺さんは頬をほんのり赤くして、うっとりした様子で俺のことを見ていた。

 高校に入学してから、女子のいる前でメガネを外すのはこれが初めてかもしれない。今までは体育の着替えのときだけだったから。

 高嶺さんは何か閃いたのか、はっとした表情になり、ニヤリとした表情を浮かべる。


「悠真君。メガネを外しちゃったら、私の顔はあまり見えないんじゃない? どのくらい近づけばはっきり見えるのか試したいな!」

「今のままで普通に見えるよ」

「……そうなんだ。へえ……」


 つまんない、と言いたげな表情を見せる高嶺さん。きっと、顔を近づけて、ハプニングを装ってキスしようとしていたのだろう。


「視力は凄く悪いわけじゃないけど、後ろの方の席だと板書も見にくいし、バイトするときも視界が良好な方がいいから。メガネをかけていると景色も綺麗に見えるし。だから、普段からメガネをかけているんだ」

「へえ、そうなんだね」

「ところで、高嶺さんはメガネをかけてないけど、視力がいいのか? それとも、コンタクトをしているのか?」

「ううん、メガネもコンタクトもしていないよ。視力は両眼とも1.5」

「視力がいいのはいいことだ。……よし、これで綺麗になったな」

「ちょっと待って。メガネをかける前に、ノーメガネの悠真君の写真を撮りたいんだけど。……いいかな?」


 高嶺さんはブレザーのポケットからスマホを取り出し、俺を見つめてくる。


「この顔を馬鹿にしたり、不特定多数にばらまいたりしないって約束できるなら」

「もちろんだよ!」

「……約束だぞ」

「うんっ! じゃあ、撮るね」


 高嶺さんはスマートフォンで俺のことを撮影する。メガネを外した姿を撮られるなんていつ以来だろう。普段見せない姿をいつでも見られてしまうと思うと、ちょっと恥ずかしくなってくる。

 いいと思える写真を撮ることができたのか、高嶺さんはとてもご機嫌な様子。


「ありがとう、悠真君。えへへっ、レアな姿だ。素敵だな。やっぱり、正面からちゃんと撮る写真っていいな……」


 そう呟くと、高嶺さんはスマートフォンをポケットにしまい、再びお弁当を食べ始めた。

 再びメガネをかけると、美味しそうにお弁当を食べている高嶺さんの姿がより綺麗に見える。

 その後、高嶺さんに玉子焼きに食べさせてもらうことあったけど、彼女と一緒に食べる昼食はなかなかいいなと思うのであった。

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