第2話『ネット上の友人』

「あぁ、面白かった」


 夕食を食べ、宿題を終わらせた後、俺は放課後に買った『俺達、受験に勝ってみせます!』の第10巻を読んだ。この巻でもラブコメを堪能できた。俺の好きなキャラクターの真夏先生のエピソードも収録されていたので満足だ。

 スマートフォンで時刻を確認すると……今は午後9時半過ぎか。今日は大学生の姉さんも早く帰ってきたし、いつも通りなら、あと少しで姉さんが風呂から出てくるだろう。


「それにしても、高嶺さん……全然連絡してこないんだな」


 放課後に告白してきたときの様子からして、ひっきりなしにメッセージを送ってきたり、何度も電話をかけてきたりすると思っていたけど。正直、連絡先を交換して大丈夫なのか不安だった。少なくとも、家では静かに過ごせそうで一安心。

 ――プルルッ、プルルッ。

 そう思っていた矢先、LIMEを通じて、高嶺さんからメッセージと写真が送信されたと通知が。タイミング的にゾクッとした。

 LIMEには送信したメッセージや写真を相手が見たかどうか確認できる機能がついている。未読無視はさすがにまずいので、送られたメッセージと写真を見てみるか。


『お風呂に入ってきたよ! たぶん、私の写真を持っていないと思うから、寝間着姿の写真を送るね!』


 というメッセージと、淡い水色の寝間着を着た高嶺さんの自撮り写真が送られてきた。笑顔でピースしている姿は結構可愛らしい。一応、保存しておくか。


『写真どうも。寝間着、似合ってるな』


 高嶺さんにそう返信しておいた。

 高嶺さんもトーク画面を開いているのだろう。俺の返信に相手が見たことを示す『既読』マークがすぐに付く。


『嬉しい! この写真を見て、私のことを考えてくれるとより嬉しいな。じゃあ、早いけどおやすみ。また明日ね!』


 高嶺さんからそんな返信が届き、ふとんでぐっすりと眠るゆるキャラのスタンプが送られてきた。


「私のことを考えて……か」


 告白されたときは恐怖を感じることもあったけど、俺に恋心を抱いてくれている可愛い女の子なんだよな。写っているのが寝間着姿だから、写真を送ってこられるのも悪くない印象だ。

 ――プルルッ。

 また高嶺さんからメッセージが届いた。何だろう?


『悠真君なら、今送った写真を見て色々なことをしてもいいからね』

「何をすると思っているんだ」


 思わず声に出してツッコんでしまった。まったく、高嶺さんは。

 もし、高嶺さんは俺の写真を持っていたら、何かするつもりなのだろうか。高嶺さんのことだから、既に俺をこっそり撮って、色々なことをしていそうだ。

 このまま既読無視するのは申し訳ないので、


『おやすみ。また明日』


 挨拶文を送って会話を終わらせるに限る。そんな俺の返信でもすぐに『既読』がついた。

 まさか、高校のクラスメイトとこういう会話をするときが来るとは。その初めての相手が、高嶺の花と呼ばれるほどの大人気な高嶺さんだなんて。昨日の今頃には想像もできなかったな。


 ――コンコン。

「はい」


 返事をすると、部屋の扉が開く。すると、寝間着姿の芹花せりか姉さんが部屋を覗き込んできた。お風呂上がりだからか、ボディーソープやシャンプーの匂いが香ってきて、俺と同じ金色の長い髪も湿っていた。


「ユウちゃん、お風呂空いたよ」

「分かった。ありがとう」

「……今日は疲れているように見えるし、早めに寝た方がいいよ」


 姉さんは心配そうな様子で俺を見てくる。今日はあまり食欲がなくて、いつになく夕飯を残したからかな。


「そうだな。ただ、今日買った俺勝の10巻を読んだら元気になったよ」

「それなら良かった。もし、読み終わったなら、お姉ちゃんに貸して?」

「ああ、いいよ」


 俺ほどではないけど姉さんも漫画やアニメが好きで、こうしてたまに貸し借りすることもある。

 姉さんに俺勝の10巻を貸した後、俺は風呂に入る。姉さんがサークルやバイトで帰りがとても遅くならない限りは、最後に入って長湯するのが日課になっている。


「気持ちいいな……」


 普段より疲れていることもあって、お湯の温もりが身に沁みる。ゴールデンウィークは明けたけれど、夜になると涼しいし、お風呂が気持ちいいと思う季節はまだ続きそうだ。

 さっき、高嶺さんからお風呂上がりだというメッセージと、寝間着姿の写真をもらったからか、こうしていると彼女のことを考えてしまうな。


「まさか、こうなることを想定して、あのタイミングで送ってきたのか?」


 もしそうだとしたら凄いな。高嶺さんは頭がとてもいいからそれもあり得そうだ。

 体も十分に温まったところで、俺は風呂から出た。

 部屋に戻ってパソコンの電源を入れると、すぐにメッセンジャーの通知が届く。オンラインの状態になったから、あの人がメッセージをくれたのかな。

 メッセンジャーを開くと、『桐花とうか』というユーザーからメッセージが届いていた。


『こんばんは。今日は遅い時間だね』


 時刻を見ると、午後10時半。確かに桐花さんの言う通り、今日はいつもよりも遅めだ。


『こんばんは、桐花さん。今日買った漫画を読んで、お風呂にゆっくりと入ったらこんな時間になってしまって』

『へえ、そうだったんだ。もしかして、今日買った漫画って俺勝の第10巻?』

『そうです。よく分かりましたね』

『あなたはラブコメ好きだし、前に俺勝について語り合ったじゃない。私も今日買って読んだよ! 真夏先生可愛かったよね。私の好きな文佳ちゃんエピソードもあって満足だったよ!』

『文佳ちゃんエピソードも良かったですよね』


 桐花さんは文佳というキャラクターを推しているからな。10巻を読んでいるときに、桐花さんが喜びそうだと思った。

 桐花さんは2年ほど前、SNSを通じて知り合った友人だ。桐花さんも漫画やアニメ、ライトノベルが大好きで。俺勝のようにお互いに好きな作品については、こうして感想を語り合うことも。桐花さんに教えてもらって好きになった作品もある。

 桐花さんと話していると気持ちがリラックスできるな。お風呂に入った後だし、疲れも取れてきた。


『そういえば、ゴールデンウィークを明けたけど、五月病はならずに済みそう? 月曜日や連休明けの日は疲れたって言うことがあるから』

『今日は色々とあって疲れましたけど、大丈夫ですよ。桐花さんの方は大丈夫ですか?』

『私は大丈夫だよ。中間試験が近くなってきたから、それは嫌だけど』

『そうですか。俺の学校も中間試験が近いですよ』


 今のように、日常生活について話すこともある。そんな会話を通して、桐花さんは俺と同い年の女性らしいと分かった。ただ、実際に会ったり、音声や映像で会話したりしていないので、その確証は得ていない。

 リアルでの桐花さんがどんな人なのか、気にならないと言ったら嘘になる。会ってみたいと考えたこともある。ただ、ネット上で文字だけで交流してきたからこそ、今があるような気もして。


『じゃあ、まずはお互いに中間試験を頑張らないとね』

『ですね』

『……私、もう眠くなってきちゃった。ちょっとでも話せて良かった』

『俺も桐花さんと話せて良かったです。では、また明日。おやすみなさい』

『うん! また明日ね。おやすみなさい』


 そのメッセージが届いてすぐに、桐花さんはオフライン状態になった。もしかして、眠い中で俺がオンラインになるのを待っていてくれたのかな。微笑ましい気持ちに。

 こうして桐花さんと話す日が多いので、今日、高嶺さんと友達になるまで、リアルに友人がいなかったことに憂いを全く感じていない。

 ネット上では、桐花さんは唯一の友人だ。これからも彼女とは仲良くしていきたいと思っている。


 ――コンコン。

「はい」


 扉を開けると、そこには俺勝の10巻を持った芹花姉さんが立っていた。


「10巻面白かったよ! 貸してくれてありがとう、ユウちゃん。かすみちゃんの話も、文佳ちゃんの話も良かった……」

「姉さんはかすみ先輩と文佳が好きだもんな」


 満足そうな様子の姉さんから、俺勝の10巻を返してもらう。


「じゃあ、お姉ちゃんはそろそろ寝るね」

「ああ。おやすみ、姉さん」

「おやすみなさい」


 そう言うと、芹花姉さんは俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。眠る前、こうして俺を抱きしめることがある。これでも、最近はかなり減ってきた方で、小さい頃は毎日抱きしめられ、頬にキスをされる日もあったほどだ。

 それにしても、姉さんに抱きしめられると、夕方に高嶺さんから抱きしめられたのを思い出すな。特に、胸元に柔らかな感触が当たったこととか。


「ユウちゃんを抱きしめたから、今夜はいい夢を見られそう」

「そうかい」

「ふふっ、おやすみ、ユウちゃん」


 芹花姉さんは満足そうな様子で俺の部屋を後にした。今の姉さんの言葉、高嶺さんも言いそうな気がする。

 明日からの学校生活はどうなるだろうな。きっと、高嶺さんは今までよりも俺に絡んでくるだろうし。その高嶺さんが大人気だから、周りの生徒がどう反応するか。悪口が多少増える程度ならいいけど。悩ましい。


「こういうときは少し弾くか」


 部屋にあるギターで、頭に浮かんでいるメロディーを弾き始める。高嶺さんに告白されたから、弾いていく中で色々なメロディーが次々と思い浮かぶ。芹花姉さんが起きてしまわないように、あまり大きな音を出さないように気を付けよう。

 ギターは小学生の頃、趣味で弾いている父親に教えてもらった。それが楽しくて、いつしか自分も趣味になっていた。


「気持ちいいな」


 やっぱり、生で聴く楽器の音っていいな。自分で奏でている音だから尚更に。


「もうこのくらいにしないと」


 気付けば、午前0時近くになっていた。ギターを弾くのが気持ち良くて、ついたくさん弾いてしまった。明日も学校があるのに。うっかりしてしまった。

 それから程なくして、眠りにつくのであった。

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