第1話『ベイビーアイラブユー宣言』
――あなたのことが好きです。恋人として付き合ってくれませんか?
高嶺さんからの告白。
そのストレートな言葉が、体の中にすっと入ってきた感じがした。色々な意味でドキドキしてくる。右手をぎゅっと握られ、高嶺さんの温もりを感じるから、ドキドキは強くなっていくばかり。
「どうかな? 私と付き合ってくれる……かな?」
高嶺さんは俺の右手を握る力をさらに強くする。それもあって、高嶺さんから視線を逸らせなくなった。
「……確認したいことがある。今の告白って本当なのか? それとも、誰かが仕組んだドッキリか?」
「えっ?」
高嶺さんはきょとんとした様子になる。
告白してきた相手が、よりによって高嶺の花の高嶺さんだ。高嶺さんには好きな人がいると聞いたことはあるけど、その人が俺なのが信じられない気持ちが強い。高嶺さんとは違って、俺は周りの生徒に馬鹿にされるのが普通だから。高嶺さんは俺に笑顔を見せてくれることが比較的多い生徒ではあるけど。
周りを見てみると、こっちを見ている生徒は……いないか。
「もう、低田君ったら。ドッキリで告白するわけないでしょ? 真剣に告白しているのにその反応はないよ……」
高嶺さんは不機嫌な表情になり、頬を膨らませる。普段は笑顔を見せていることが多いから新鮮だ。
「ごめん。昔、色々あってさ。ドッキリなのかなって疑っちゃったんだ。……今のは本当の告白なんだな」
「そうだよっ! 低田君のこと大好きなの! だから、ゴールデンウィークの直前から、告白されたときには『好きな人がいる』っていう理由で断っているんだよ」
「……そうか」
高嶺さんからの告白が本当であると理解はした。それでも、あの高嶺さんなので信じられない気持ちがまだあるのも事実で。
「今日の昼休みにノートを落としたときに助けてくれたところも好き。でも、好きになったきっかけは、4月に別の女の子が廊下でプリントを落としたとき、周りに生徒がいる中で低田君が率先してプリントを拾い始めたのを見てね」
そういえば、4月にそんなこともあったな。あのときも、周りの生徒からは「低田がプリントを落とした」とか言われたっけ。
「プリントを渡したときの優しい笑顔にキュンとなって。あと、低田君がバイトしているときの姿も好き。一生懸命やっていて、お客さんや店員さんにも笑顔を見せていて」
「そういえば、高嶺さんは俺がバイトしている『ムーンバックス』に何度か来てくれたな」
バイト先でも笑顔で挨拶をしてくれるので、高嶺の花と言われて大人気になるのも納得したのだ。
俺を好きになったきっかけの出来事を話したからか、高嶺さんは可愛らしい笑顔になり、しっかりと頷いた。
「連休中も低田君のことで頭がいっぱいで。連休が明けたら告白したいって考えたの。それで、さっき、掃除当番で教室を掃除していたら、低田君の席の下に落ちていたハンカチを見つけて。これを渡すときに告白しようって決めたの」
「それで、高嶺さんは俺の席に座って、俺が戻ってくるのを待っていてくれたのか」
「うん。低田君なら戻ってくるって信じていたから。姫奈ちゃんに頼んで、私だけここに残る状況を作ってもらったの。姫奈ちゃんだけには、私が低田君を好きだって伝えていたし……」
姫奈……ああ、クラスメイトの
「そうか。とても仲が良さそうだよな」
「うんっ! 中学生の頃からの親友だよ。……そろそろ、返事を聞かせてくれるかな? これは本当の告白だから」
「……ああ」
高嶺さんは俺の好きだと告白してくれたんだ。その返事をちゃんとしないと、高嶺さんに失礼だ。
俺は高嶺さんのことをしっかりと見る。一度、大きく呼吸をして、
「高嶺さんの気持ちは受け取った。でも、ごめんなさい。俺は高嶺さんと恋人として付き合えません」
「えっ……」
フラれたことのショックからか、高嶺さんは悲しそうな表情になり、両眼には涙が浮かぶ。その涙は傾いてきた陽の光で煌めく。皮肉にもそれがとても美しく思えて。
「……どうして? 恋人や好きな人でもいるの?」
上目遣いで俺を見つめながら、高嶺さんは甘い声色でそう言ってくる。
「恋人はいない。好きな人は……『いた』って言うのが正しいだろうな」
「じゃあ――」
「そもそも、恋人として付き合いたいと思うほど、高嶺さんのことが好きじゃない。高嶺さんなら、俺がこの理由で振るのを理解してくれると思ってる」
たくさんの告白を振ってきた高嶺さんなら。
あと、俺のハンカチを嗅いでいる姿がとても恐かったのも振る理由の一つだけど、さすがにそれも言ったら高嶺さんがかわいそうなので心に留めておく。
高嶺さんは俯き、黙ってしまっている。俺の手を握る力は告白してきたときと比べて大分弱くなっていた。はああっ……という深いため息をつく。
「……フラれるってこういう感覚なんだ。私、低田君が初恋なの」
「……そうなのか」
高嶺の花の高嶺さんの初恋が自分だとは。それは光栄に思うけど、高嶺さんを振った事実が広まったら、今まで以上に周りから言われそうだ。
「でも、諦められない。色んな人からの告白を振っておいて、自分勝手かもしれないけど。初めての恋だからかな。それとも、恋の相手が低田君だからかな」
「……それは高嶺さんだけが分かることだ。でも、初恋は恋の中でも特別だもんな」
だからこそ、成就できたらとても嬉しいのだろう。ただ、そうならなければ、失敗の仕方によっては何年経っても心に傷が深く残るのだ。
「ねえ、低田君。確認するけれど、今、好きな人や恋人はいないんだよね?」
「いないよ」
「じゃあ、まだチャンスがあるって考えていいよね!」
高嶺さんは俺の右手を今一度強く握りしめ、目を輝かせながら俺のことを見てくる。さっきの涙や深いため息が嘘だと思えるほどだ。
「よく考えれば、入学してから日も浅いし、関わりもそんなに多くないもんね。私みたいに一目惚れとかしない限り、恋人として付き合いたいほどの好意は持っている可能性はあまりないよね。私、これから低田君に好きになってもらえるように頑張るから! そうしたら、私と恋人として付き合ってくれる可能性は生まれますか?」
高嶺さんは威勢のいい声で俺にそう問いかけてくる。窓から差し込む陽の光も手伝ってか、今の高嶺さんはとても輝いて見えた。
まったく、理由をちゃんと言った上で告白を振ったのに。どうやら、高嶺さんは強靱なメンタルとポジティブな思考の持ち主のようだ。
「……それはこれからの高嶺さん次第だな」
「分かった! 絶対に私に惚れさせてみせるからね!」
高らかに宣言すると、高嶺さんは俺を見ながら、とても可愛らしい笑顔を浮かべる。きっと、高嶺さんに告白してきた人達の何人かは、今のような笑顔を見て好きになったのだと思えるくらいに素敵だった。
「まずはお友達としてよろしくね。クラスメイトだと、まだ距離がある気がして」
「……まあ、友達なら。これからよろしく」
リアルでの友人は高嶺さんが初めてだ。友人関係ってこんなにもあっさりとできるものなのだろうか。
「悠真君」
高嶺さんは俺の右手をそっと離すと、俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。そして、体をスリスリさせてくる。そのことで、高嶺さんからとても柔らかい感触が。甘い匂いもはっきりと感じて。かなりドキドキしてきた。
「た、高嶺さん。突然、何をしてくるんだ」
「……スキンシップ。今は制服越しだけれど」
「さっそく惚れさせようとしているのか?」
「もちろん! あと、悠真君のことが好きだから純粋に抱きしめたい気持ちもある」
俺のことを見上げる高嶺さん。
「それに、悠真君となら……色んなことをしてもいいって思ってるよ? それほど悠真君が好きだよ」
高嶺さんは右手でブラウスのボタンをいくつも外す。そのことで高嶺さんの胸の一部と青い下着が露わになる。その姿が艶やかで。こんな一面があるって、みんなは知らないんだろうな。
そんなことを考えていると、高嶺さんは普段からは考えられない声色で「へ、へへっ」と漏らす。
「抱きしめると悠真君の匂いを凄く感じられるね。温もりも心地良くて。あぁ、幸せ」
高嶺さんはうっとりとした表情でそう言うと、俺の胸の中に頭を埋めてスリスリしてきた。高嶺さんにぎゅっと抱きしめられているのに寒気を感じた。
恋人になれるかどうかは高嶺さん次第って言ったけど、完膚なきまでに振ってしまえば良かっただろうか。さっそく後悔し始めた。
「高嶺さん。幸せな気持ちは理解したけど、ここは学校の教室だ。もう止めてくれ」
強引に高嶺さんからの抱擁を解く。すると、はっきりした胸の谷間が露わになる。慌てて高嶺さんから視線を逸らした。
「分かった。じゃあ、この続きはどっちかの家に行ってからだね」
「そんな展開にはならない。俺はこれから家に帰って、さっき本屋で買った漫画を読むつもりなんだから」
「……そうなんだ。それならしょうがないね」
がっかりした様子で高嶺さんはブラウスのボタンを留めていく。
いったい、高嶺さんは何をするつもりだったのだろう。考えると恐ろしくなってくるので考えないようにしよう。
「そうだ、悠真君。連絡先を交換してもいいかな?」
「……ああ。その前に俺のハンカチを返してくれないか」
「うんっ!」
高嶺さんにハンカチを返してもらい、高嶺さんと連絡先を交換した。また、お互いにLIMEというSNSをやっているので、そのIDも。
「ありがとう! これで悠真君といつでも連絡できるよ!」
高嶺さん、凄く嬉しそうだ。こんなに喜ぶ姿は見たことがない。まあ、好きな人と連絡先を交換できたんだから、そりゃ嬉しくなるか。あと、いつの間にか、俺のことを下の名前で呼ぶようになったな。
高嶺さんも徒歩通学だそうだけど、俺の家とは逆方向らしく校門を出たところで別れた。ここで別れられて安心する。たまに振り返るけど、高嶺さんの姿は見えない。
「……凄い一日だったな」
特に放課後は。
高嶺さんに告白されたことはいいとして、俺の匂いで悶えたり、頭をスリスリしたりしたときは正直恐かった。普段からは考えられないので、高嶺さんは隠れ肉食系なんだな。
バイトをした日よりも疲れを感じながら、俺は家に帰るのであった。
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