第5話 重大イベントを忘れてました……
翌日、長い一日の授業が終わってから、俺は書道室に向かった。
書道室には既に電気がついているので、誰かいるのだろう。扉を開けて中に入る。
「こんにちはー」
「あっ! こんにちはー」
挨拶を返してくれた。机で勉強していたのは先輩だった。
彼女は、書道部前部長の尾崎 香織先輩だ。受験勉強の合間に、よくこうして足を運んでくれる。
文化祭のミスコンで優勝したこともあるほどのルックスで、男子から告白され続けているらしいが、首を縦に振ったことはないらしい。
先輩が席を立って近寄ってきた。そして、ちょこんと隣に座る。
「……? なんですか?」
「松下君もうすぐ修学旅行でしょ? アドバイスしてあげます」
どこか楽しげに胸を張る先輩。それにしても……修学旅行か……。
修学旅行……完全に記憶の彼方だった。
GW明けに北海道へ行くのだが、前期部展の準備の事ばかりを考えていた。
作品を作ろうかと思ったが、先輩が貴重な時間を割いてくれるのだ。オススメの場所でも教えてもらおう。
とりあえず、弁当用の鞄からお菓子を取り出す。世の中タダほど恐ろしいものはない。
「あっ! チョコチップクッキー❤」
「先輩好きでしたよね? よければどうぞ」
「うん! じゃ、遠慮なく」
クッキーを一枚手にとって、ポリポリ齧り出す先輩。どことなく小動物に似ていて、可愛い。
先輩が二枚目のクッキーに手を伸ばしている間に、修学旅行のしおりを取り出した。そういえば、今日のHRで配られてたよ。
しおりを机に置くと、先輩が横から手を伸ばしてきて、地図のページを開く。
「まふいひにひめね(まず一日目ね)。このおはるはんほうへは(この小樽観光では)……」
「先輩。クッキーは逃げませんから……」
口の中のクッキーを食べきってもらい、改めて話を聞く。
「この小樽観光ね。ルタオのチョコレートは買ったほうがいいよ! プリンとかチーズケーキもきちんと押さえてね!」
「は……はい……」
食べたときによほど美味しかったのだろうか? 目をキラキラさせながら熱弁してくれる。
とりあえず……ルタオは押さえる……っと。
スマホにメモを残すと、わざわざ待ってくれたのか、終わると同時に先輩は次を話し始めてくれた。
「……ルタオ、試食をよく配ってるけど、意地汚く何度も貰っちゃダメだよ?」
「そんなことしませんよ!?」
「冗談だよー」と言っているが、実際どうなのか? もしかしたら、先輩にそれをやった人がいるのかもしれないな。
クッキーをもう一枚食べる先輩。そして、細い指で一つの店を指した。
「この店のポップコーン買っといたら? ホテルで食べるのに丁度いいサイズだよ」
確かに、これは有用な情報だった。聞いてなければ、スルーしていたことだろう。
これもメモメモっと。
先輩がページをめくった。二日目のサイロ展望台を始めとして、北の観光地を巡る日だ。
「この湖を通る遊覧船ね、鳥が寄ってくるよ。うまくいけば一緒に写真撮れるって! 私は……ダメだったけど……」
明らかに落ち込む先輩。一年経った今でも悔しかったのか。
……鳥だけ撮って、後から先輩の写真合成してあげようかな?
その後もサイロ展望台について教えてもらい、またページをめくる。
三日目。スキーをしてからの札幌市散策だ。自由研修の時間でもある。
先輩は、一番テンションをあげていた。
……鳥の件で落ち込んだり、札幌市散策で盛り上がったり、忙しいなこの人。でも、それが親近感を与えてくれているのだろう。
「ここ、ここ! ここのラーメン屋さんがすっごく美味しいよ! 具材全部乗せがあるからね!」
「全部!?」
どんなものかを想像してみるが、全く思い浮かばなかった。そもそも、友達とラーメン屋に行くときも、トッピングは豚バラだけだ。わざわざ全部乗せにすると、逆に食べきれるか分からない。
というか、先輩は食べきったのだろうか? なら、思うより少ないのかもしれない。
そして、先輩がお土産屋を紹介しようとすると、部活終了のチャイムがなった。
「もう終わりか~。あっごめんね。作品作ろうとしたんじゃないの?」
「大丈夫ですよ。それより、先輩こそ勉強を……」
「いいの。少し飽きてたから」
しおりを片付け、クッキーの空き袋をゴミ箱に放り込み、帰りの用意を終える。
鞄を背負うと、先輩がスマホの写真を見せてくれた。
「これ、お土産にお願いできない? お金なら出すからさ」
「それくらいいいですよ。買ってきます。お金もこっちで出しときますから」
「ありがとー。嬉しいよ」
俺のスマホに写真を送ってもらい、保存する。これで、買い忘れることはないだろう。
結局今日は何も書かなかったが、楽しい時間を過ごすことができた。
……よし! 修学旅行の準備も少しずつ進めていかないと!
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