なんちゃってハーレムの女神様

黒百合咲夜

プロローグ

 俺の名前は松下和希。J高校に通う二年生だ。文武両道を掲げるこの学校で、書道部に入部させてもらっている。

 そして、俺の所属する書道部は、いわゆるハーレムという状態だった。

 三年生の先輩二人。二年生の俺たち四人。一年生の後輩四人という、全校生徒八百人のJ高校にすれば小規模な部活だ。

 にも関わらず!その男女人数比はおかしい。男子は俺一人だ!幽霊ですらない。完全に俺一人なのだ。

 ……ごめんなさい。長々と語ってしまって。心なしか、緊張や困惑で口調も変わっていた気がする。

 ……そう。俺は今困惑しているのだ。なぜかって?

 それは、俺の手にしている半紙に答えがある。

 これは、今日部室に入ったときに見つけたものだ。俺の作品入れに入っていた。

 偉く上手い字で書かれていた内容のせいで、俺は困惑している。

 この半紙には、〔あなたが好き〕……と書かれていた。

 彼女いない歴=年齢の俺にとって、これは反応に困った。

 好きなラノベとかの主人公は、こういったものを貰ったときに「ヒャッハーッ!」みたいな世紀末の雄叫びをあげるのだろうが、あいにく現実でそんな奴はいない。

 こんなものを貰えば、緊張と困惑で固まってしまうのだ。

 今、部室には俺一人だけの状態。つまり、この作者は一から探さなくてはならないのだ。

 半紙を片手に考えていると、部室の扉が開いた。


「あれ?松下一人だけ?他は?」


 親しく話しかけてくれる彼女は、小林 桜という。

 彼女とは、去年の入部式という書道部の伝統的?な顔合わせで会って以来、かなり仲良くなったと思う。

 机に鞄を下ろす彼女に対し、俺は半紙を隠しながら返事をしておく。


「うん。今は俺だけ。てっきり篠崎と一緒かと思ったけど?」

「遥?松下と同じクラスでしょ?てっきり松下と一緒かと……」


 二人で話していると、開けっぱなしだった扉からもう一人入ってくる。

 どうやら、噂をすれば本人が来るというのはあながち間違いでもないようだ。


「あっ!遥ー!」

「桜ちゃん!おぉ、松下もいたんだ」

「いるっつーの。扱いひどくね?」


 今入ってきた彼女が、篠崎 遥。なにげに、小学校から高校までずっと一緒だった。

 まぁ、小中とあんまり会話してこなかったけど……。


「ねえねえ!昨日の<お昼です>見た!?」

「見たー!かっこよかったよね!」


 彼女たちは、国民的アイドルのシャイニーズという事務所のアイドル推しだった。こうなると、しばらくこっちの世界には帰ってこないだろう。

 桜たちがシャイニーズ談話に夢中になっていると、部屋の外から元気な声が聞こえてくる。どうやら後輩たちが来たようだ。


「「「「こんにちは!」」」」

「あっ!こんにちはー」

「「おっ!こんにちは」」


 仲良く入ってくる一年生グループ。

 新入生を部活に勧誘するときは、俺も苦労したものだ。

 なんせ、他の部活が作り込んだプラカードを持って回っているというのに、俺たち……いや、俺は遥に即興で書いた半紙を持たされて回らされたのだ。

 うん。思い出しただけでもイラッとくる。何か仕返ししてやろう。

 そんなこんなの努力の結果が、彼女たちというわけだ。

 髪をポニーテールに纏めているのが、四人の中でも一番明るい霜月 有紗。時々現代文の解き方を教えてあげている。

 大人びた表情で笑顔を見せるのは、松下 穂希。同じ名字ということで、少し会話も弾んだりする。

 幼さを残すような顔立ちだが、微笑む顔が可愛い彼女は篠原 憂愛。有紗と一緒に現代文の解き方を聞いてくることもある。

 黒髪ボブヘアで、寝癖をつけたままにするなど少し天然な彼女は、高橋 舞。俺を先輩の中で一番頼ってくれている……というのは、自意識過剰だろうか?

 そんな四人が手近な椅子に座っていく。

 どうやら、もう一人の二年生と三年生の先輩は休みのようだ。ダンスや受験が忙しいのだろう。

 それぞれが思い思いの時間を過ごす。

 俺たちの書道部は、こんな感じで緩くやっていた。これもまた、楽しい。

 俺も、ひとまず椅子に座って携帯を……。


「……って!違うだろ!」


 自分で自分につっこむ。俺は今例の半紙で頭を悩ませていたんじゃなかったのか!?

 皆に背を向けて、改めて半紙を見てみる。

 この中にこの送り主がいるかもしれないという緊張感から、心が落ち着きをなくしてきた。

 

「しゃあない。作品でも書くか」


 席を立って、新品の半紙の束を持ってくる。そして、筆と墨液を準備する。

 だが、いつもは市販の液を使うが、今日は墨を刷って液を作ろうと思う。

 書道とは、一字一字に魂を込めて書くというのが俺の持論だ。恋愛で浮わついた線だと、必ずどこかで失敗する。

 墨を刷ることには、精神を落ち着けるはたらきがある。集中力を高めるのだ。

 俺は、墨と硯を持ってきて、硯に水を入れてから刷り始める。

――ゴリッ!ギィィ!

 ……ギィィ?おかしな音が聞こえた気がする。いや、俺が集中していないせいだろう。

 目を閉じ、ゆっくりと墨を刷っていく。

 相変わらずおかしな音は聞こえたが、それも無視して明鏡止水のように心を澄ましていく。

 そろそろ刷れた頃だと思って目を開けると、目の前で遥が笑っていた。


「ちょいちょい松下。何やってんの?」


 質問の意味が分からず、手元に視線を向ける。そして、すぐにやっちまったと思った。

 なんと、プラスチック製の硯で墨を刷ろうとしていたのだ。

 プラスチック製の硯で墨なんか刷ってみろ。墨液ができないどころか硯を痛めるだけだ。

 案の定、硯の表面にはかなり傷がついていた。


「アッハッハ!松下大丈夫?疲れてんじゃないの?」


 恥ずかしさで頬を赤くしてしまう。どうやら相当に動揺していたようだ。まさかプラスチック製の硯と石製の硯を間違えるとは。

 重さが格段に違う二つを間違えたのだ。これはまずい。


「うっせ。ほっとけ」

「そう言わないでよ。あれ?どこ行くの?」

「先生に言ってくる。これはヤバイだろ」


 廊下に出てから扉を閉める。そして、例の半紙を思い出す。


「ちくしょお……。一体誰だ?」


 分からないが、今やることは一つだ。

 目の前には職員室。職員室と書道室は歩いて十歩の距離にある。


「とりあえず、たまちゃんに謝っとくか」


 たまちゃんこと、顧問の寺下 玉美先生に事情をある程度話すために職員室へと入った。

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