最終章 すべてのカケラ

38 変わりたい『ヤダモン』

 次の日、ゆうみにしては珍しく行動が早かった。

ゆうみの部屋は、六畳の広さがある畳敷き。

一番奥がベランダへ続く引き戸に、ぴったりくっつけてある学習机。

その隣に、図書館にあるタイプの六段本棚に、ぎゅうぎゅうに詰まったマンガや小説、画集などの紙もの。

本棚の隣にゆうみが休むベッドがあり、そこにはクレーンゲームで取った抱きかかえるタイプの人形が三つ並んでいる。

反対側が押し入れになっていて、季節ごとの洋服や鞄などが、障子を外してカーテンをつるして、目隠しされている。

「どうしたの?ゆうみ」

兄のゆうたが心配そうに、ゆうみの部屋をのぞき込む。

ベランダに続く引き戸を網戸にして開けてあり、学習机の隣にある本棚からマンガや小説類をすべて、本棚から出していた。

「ちょっと、片付け、したくて」

中学三年生の受験の佳境で、部屋の片付けもゆうみの逃避だった。

でもそれはうさぎに対して言ったことのけじめもある。

うさぎにさよならした時は悲しかったし、苦しかったが、あの後の出来事を考えればきっと間違いではないと思う。

ゆうみが今更のように出来ることは少なく、勉強だって遅すぎた。

自分のふがいなさを恥じて泣いて、夕飯も食べず、お風呂にだけ入って寝入ったのもそれが理由。

お風呂にだけ入ったのは、全身が汗で気持ち悪かったからという外側の理由から。

「はぁ………」

ゆうみが顔を上げると、ゆうたと目が合った。

「とりあえず、売る本は玄関に並べて布をかけておいてね」

「わかった」

ゆうたはゆうみがやることを追求することなく、ただ後処理のみを伝える。

ありがたい気持ちと同時に申し訳なさもあった。

泣きはらした目をごしごしとこすり、ゆうみはそれらに向かう。

すべて、タイトルごと、並べられた本は圧巻の一言だった。

床だけではなく、ベッドの上や学習机の上まで占領しても足らず、空にしようとした棚の上にまで並べてある。

ゆうみは、これだけのお金があればと考えずにはいられなかった。

それでも大きく深呼吸して気持ちを落ち着けて、一つ一つ見聞していくと、気づいたことがある。

うさぎに触発されてたものと、何となくで買ったものがほとんどだった。

「………高校生になっても読みたいのだけ残そう」

口に出して宣言する。

触発されたり、何となく買ったものから手放していく。

それらを額に汗かき、玄関へ持って行き、邪魔にならぬよう並べて置く。

部屋へ戻って、選別して本を持って、並べて、布を被せてをひたすら繰り返す。

迷ったら手放すことにした。

そうしないとこの作業が永遠に終わらないと悟ったからだ。

小説とマンガの次は、もっとも辛い同人誌の選別に入る。

同人誌は、捨てることになるのだと思うと泣けてきた。

「うぅ……」

ぼろぼろと涙を流しながら、繰り返しの作業へ戻っていく。

二度と手に入らないことは分かっているから、余計つらい。

辛くて悲しくて、これってうさぎとさよならしたよりも辛くないと思ったら、涙が引っ込んだ。

次に画集もお棺に入れるレベルで選別。

「やっと、終わった」

本棚の整理が終わったころ、ゆうみはその場にしゃがみ込む。

六段に詰め込まれていた棚の半分が空になっていた。

下三段に本を詰め、空いた上三段は確か取り外しが可能だったことを思い出す。

「あとで頼もう」

取り外してなくしてしまわないと、きっとそこにまた詰める未来が見えた。

ゆうみは休憩とばかりに立ち上がり、台所へ向かう。

冷蔵庫から麦茶を取り出して、グラスに注いでそのまま一気に飲み干す。

「ふぅ………」

おじさんみたいだと言わるかもなと頭の片隅で思いながら、追加の麦茶を注ぐ。

そして、麦茶を冷蔵庫にしまうとグラスに注いだ麦茶を持って、部屋へ戻る。

グラスは、学習机の上に置く。

次は洋服と、押し入れに向き合う。

下段に、オフシーズンを入れていたアクリルケース二つに、三段の引き出しが二つ。

中段は、立て掛けタイプのハンガーと三段の引き出しが一つ。

それらの引き出し、ハンガーの服をすべて出す。

一所にまとめて山にすると、ゆうみの腰上の高さまであった。

こんなにあったのかと、ゆうみは気持ちがくじけそうになる。

「こんなにあっても、仕方ない。同じ物でなにが悪い!」

着回しの苦手な自分が出来るわけがないと開き直る。

片付けを始める前に準備しておいた指定のゴミ袋を広げた。

フリフリのスカート、膝上のスカート、ワンピース、サロペット、よれよれの下着や部屋着の服。

着方の分からないものや洗うのが面倒なものも一緒に入れる。

それだけで、ゴミ袋五つ分にもなった。

鞄も二十個あったが、ほとんどが雑誌の景品。

愛用しているものはたった三つだけだった。

「だいぶ、減った、ね」

様子を見に来たゆうたが、驚くのも無理はない。

下段にあった三段一つでオフシーズンものは収まり、空いたもう一つの三段に、今のシーズンものを入れた。

中断にあった三段とアクリルケース二つは、粗大ゴミに出さなければならない。

ハンガーには畳むと皺になる洋服やオフシーズンの上着が、収まった。

つまり、最初と比べて洋服の量が半分以下。

「思い切ったね、ゆうみ」

「うん」

空いた部分は掃除をして、学習机においた麦茶を一気飲みする。

それから、ゆうたと協力して上段本棚を解体して、これも粗大ゴミ。

「広くなった気がする」

本棚の上、三段無くしただけで、部屋の圧迫感が無くなり、開放的になる。

心なしか風のとおりもよくなったような気がした。

次にゆうみが取りかかったのは小物類。

ガチャガチャなどで取ったものやお土産で買ったキーホルダー。

うさぎと一緒に買ったアクセサリーや指輪など。

飲み物のおまけで付いてきた、シールを何枚か集めると貰える系統。

それらを、これ、無くしたら死ぬレベルのだけを残すことにした。

アクセサリーはあっても身につける習慣が、ゆうみにはない。

キーホルダーもガチャガチャのフィギュアも飾ることも、付けることもしていなかった。

つまり、あってもないようなものってこと。

それらは、押し入れの上段のカラーボックスに詰め込まれており、すべてが空になる。

アクセサリーも片手で数えられるほどになり、これもあとでどうにかすることにして、邪魔にならない場所に置いておく。

「ゆうみ、そろそろお昼だから食べよう」

「えっ?」

ゆうみは驚いて顔を上げる。

たしか、自分が起きたのが七時で、三十分で朝食を食べてやり始めたから。

「約五時間?」

「そういうこと、少し休憩したら、おいで」

指摘されて立ち上がろうとしたゆうみだったが、足下がふらつき立っていられない。

慌てて、ベッドの縁に手をかけて、転倒だけは免れる。

夏の暑い日の朝とはいえ、気温も高く、クーラーもない部屋で片付けをしていれば、倒れもするだろう。

ゆうみは、自分の部屋をゆっくりと見回した。

片付けはあとCDなどの音楽系、それから学校関連のもの。

あとは、小学校のときに使っていたものなどの思い出の品。

「やべーなぁ」

ドスのきいた声に、ゆうみは部屋の中で立ち尽くす。

これを一日で終わらせてしまいたい。

明日になったら、気が変わるのが怖かった。

ようやく、立ち上がれるようになったゆうみはよろよろと部屋を出る。

自分の部屋を網戸にしても、台所で扇風機が回っていようとも、体感温度は変わらない。

ブラつきタンクトップに、半ズボン姿だったが、すでに汗まみれ。

午後の片付けをする前に一回、水風呂に入ってすっきりしないといけない。

頭の片隅で思いながら、台所へ向かう。

顔を上げて、玄関を仰ぎ見たゆうみの目に、自分が出したゴミの山を見た。

これから引っ越しでもするのかと思うほどの量が積まれており、人一人がようやく通れるスペースがあるだけ。

この分だと、台所の方まで浸食するかもしれないな。

現実逃避から辺りを見回して新の不在を知った。

確か、今日の朝だったか。

カケラが全て集まったことを上へ報告に行ってくると言っていた。

新曰く、中学を卒業まではいると言っていたがどうなるか分からない。

カケラは集まったのだから、忙しい新の身の上を考えるとすぐ、帰ってこいと言われそう。

台所の自分の席に座ると、ゆうみは頬杖をついた。

もし新が帰ってしまったら兄と二人だけの生活に戻る。

それは寂しいというよりも、悲しさの方が勝る。

暑さでぼんやりする頭に鞭うって、ゆうみは考えを続けた。

うさぎとの関係が終わり、新との関係が終われば、自分はどうなってしまうのだろう。

この意味不明な自分の右から左へ流れる時間の流れや、ここにいていない、テレビの前で座っているだけの観客のようなこれに。

名が付けられる日が、来るのだろうかと。

それ以上に自分が、高校へ行けるのかという問題もあった。

片付けが終わり、落ち着いたら学校へ行こうと思う。

夏休み期間中であっても、夏期講習などの授業がある。

それに、部活以外で無料開放されるプールも、ゆうみを誘惑した。

夏期講習の参加も申し出ているゆうみとしては、そこでがっつり、話をしたかった。

何の話になるかは分からないものの、したかったのだ。

このモヤモヤを言葉にしないままにすれば、あとで後悔する。

先が見えない真っ暗闇に落とされような心地の、ゆうみの前に炒飯が置かれた。

「はい、ニンニクたっぷりチャーハン。元気だそうね」

「ゆうにーちゃんも忙しいのに、ごめんね」

きょとんとするゆうたに、ゆうみは何か間違ったことを言ったかと眉を潜めた。

しかしそれ以上、ゆうたが何かを言うことはなく、黙ってゆうみの対面に座った。

そこでゆうみは自室に置き忘れたグラスを取りに戻ると、そのグラスに麦茶を注ぎ入れる。

ゆうたの分の麦茶を持ってきて置きながら、ゆうみは麦茶の入れ物ごとテーブルの上に置いた。

「ゆうみ、片付けは終わりそう?」

「うん。あともうちょっとで終わる」

「お兄ちゃんも、自分の部屋、やろうかな」

炒飯を一口、食べるとゆうたはにんまりした。

ゆうみと違って、毎日きちんと片付けているゆうたの部屋に、一体どこをやるというのだろうか。

それが伝わったのか、ゆうたはそうだね、と切り出した。

「押し入れの中とかだよ。ゆうみが知らないだけでね、いっぱいあるんです」

かしこまったゆうたの様子がおかしくて、ゆうみは思わず吹き出す。

それから炒飯を食べ始める。

よっぽどお腹がすいていたんだろうなと思うほど、ゆうみのスプーンは止まらなかった。

無言で食べ進め、食べ終わって麦茶を一気飲みする。

「はぁ………」

これからまだ、片付けがあるにしても、回復はした。

部屋に扇風機を今度は持ち込んでやろうと決める。

「ねぇ、ゆうにーちゃん。私ね、新が好きなの」

何の脈略もなかった。

ゆうみとて、ここでゆうたに新への気持ちを言うつもりはなかったのだ。

つい、口から零れてしまった告白をゆうたはしってた、と訳知り顔で頷く。

ゆうたの炒飯の皿はもう空になっていた。

「あした、学校に行ってくる。先生いるかと思うから」

「そうだね」

この話も繋がっていない。

ゆうたは、それだけ言うと自分もゆうみ同様片付けようと言って、部屋に向かう。

ゆうみは思わず天井を仰ぎ見ると、大きくため息をつく。

「いや、だなんて思ったんだよね。いやで、いやで、しょうがないって」

これが好きということなのかは、分からないが。

ゆうみにとって、手応えのようなものを感じた。

すっくと立ち上がると、作業を再開するべく食べた食器をゆうたの代わりに片付け、食器を洗う。

それから、新たな麦茶を注ぎ入れ、それを持って作業を再開させた。

ぐずぐずしていたら、いつまで経っても終わらないと分かったから。








※参照資料

『ヤダモン/SUEZEN』

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