オレだってクリエーターしたいけど -1
石川鉄弥
01 逃避行
「失われた20年、などと云うものは無いのです。発信は苦手でしたが発酵させていたんです。ジュクジュクと熟成させるのが日本の得意技で現にインバウンドが急増しています。今回の和風照明システム・オモテナシーズは……どうだ? こんな感じで切り出したら」
ドヤ顔でオレの失望に拍車を掛けてくるのか、このクソオヤジ、統括部長は脂ギッシュな坊主頭、寺の次男坊で後継ご無用の自由人、本当に苦手なんですけど。
あ〜あ、明日の語り手はオレ、初めてのプレゼンター、つまりメインボーカル、未だ緊張がほどけてないのに。
広い会議室に聴衆役の社員を集めプレゼンの予行演習、やっと終えた。明日の要員5人を残して反省会。統括部長の小言は右から左へ、でも耳に残ったのは相変わらずの口癖、
「テキトー真面目が一番、生まれてきたからには何も残さず、さっぱり上手に成就」
そうですか、意味分からないし矛盾している。巣立ちを期待しているのか室長といえば、他人任せの泳いだ目つき。
テキトーは一緒だけど、オレとしてはこの世に痕跡を残したい、のですが……本番のプレゼン結果が悪ければオレの責任にされそうで……流行りのインフルで、とか嘘もつけないし、憂鬱のユンちゃん。
ユンちゃんは唯一の部下、下の名前が「弓子」彼女は2年目にしてオモテナシーズ・シリーズの照明デザイナー。
*****
助手席のユンちゃんもかなり腹を空かしているようで、もう9時過ぎ。会社のライトバンでコンビニに突っ込む。
「オレはスパゲッティでどれでもいいから、あと、ラテ、ホットの砂糖抜きで」
駐車場に白線ハミ出しの雑な止め方、気にしない、それよりトイレ。どっぷりと緊張させやがって、この寄せては返すメクリメク尿意、駆け込む。
だがしかし、電球切れ or 嫌がらせ? お店の人に言うべきかユンちゃんに報告すべきか、だけどもう漏れる、ウー、膀胱爆発寸前、限界、こうなったら扉を開けたまま、チャックを下ろしパンツを下げて引っ張り出した逸物、
ジョバジョバっと圧力と協調する重力、快感、あれよ重力式横引き扉が閉まりだし、カアちゃんたすけて〜
「カッチャン」と真っ暗。どうする、止めるか、いや精神集中、散ってもオレの責任じゃない、放射方向は……見える、黒い渦巻きの中に光の点、のような……違う、これは・メマぃ〜〜
*****
「さっきの話、決めた?」若い感じの女性の声?
「……??」
「考えさしてって、行ったきりトイレから戻ってこないから、心配して見に行ったんだよ。そしたら中で倒れてるから皆んなビックリしちゃった」
目がピンボケ、頭が重い、首も痛いが横を向いてみる。フェイドインは張りのある小麦色の太もも、パイル地のショートパンツ女子、目の前、まぶしい。
木漏れ日のベンチでタオルを枕に、ここにオレは横たわっている? いるんだ……
一体誰なんだ、この女子……遠くから J-POPのオールディズ、その音源はラジカセ? 甘い声は聞いたことがある……大瀧なんとかさんだ。
滝は無いが川沿いの広場に複数のグループ、コンロやテーブルセット、つまりバーベキューをしているようだ。対岸にボーリング場のでかいピンが見える。
こっちを見てこっちへ来いと手招きしているのが仲間か? 男3人、笑っちゃいけないがアフロヘアーやデカ襟の細身シャツ、彼女以外の女子が1人、ここは河川敷のキャンプ場?
「もう、しょうがないんだから、酔っ払い!」
オレが酔ってる?……酒なんか、飲んだ覚え無いんですけど。
「缶ビール、3本、誰よりも早く一気飲み、バカみたい」
「……ちょっと、一人で休ませてもらえる」と、精一杯の切り返し。
「幸治、少し元気になったみたい」と、女子は行ってしまった。
オレは幸治じゃないんですけど……困惑、統括部長の小言以上に困惑だ。オシッコ出し切ったのか確かめたいし、起き上がってみる。体は意外と軽くスコッと歩けて、古びたロッジ風トイレへ。
クンクンすれば臭う、風抜きがイマイチなのか、このトイレの床に倒れていた? 木製の床、ヤバイ、服が汚れているかも? 裏がハゲかかった小汚い鏡、
「ん? んん、誰だ! コイツは?」鏡に映った……オレ?
カラスはガラスに映った自分が自身であることを認識できるというが……オレじゃ無い! が、かぁ、前よりイケメン、そして若い、若いぞ、誰だ? でもオレだ……
前の本当のオレはどうなった? 今日はプレゼンデビューという大切な日だ。大事をとって早く寝なきゃと思っていたが、おかしい、さっきまで夜だった、温めてもらったスパゲッティとラテはどこへ行った、しかも着ているものが違う。
ポロシャツの胸元にハンドルのワンポイント? それも違う、タッキーニだ。足元は、なんと赤のレザーコルテッツ、えええっ……呆然だー……どういうこと?
身長は170オーバー、裾の跳ねたロングヘアー、ダサ。
だが若返りをラッキーと捉えるべきか、左手首にダイバーウオッチ、今何時? 1時半、プレゼンの30分前、えっえ〜、ズンと冷や汗が襲ってきた、が、間に合うはずもなく間に合わせる術もない。
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