第七十歩 【三英雄 スカル・ディジフ】
異界が真っ赤に染まった俺の身体は指一本すら動かない。
それはまるで何かに締め付けられているかのように――
「ルイ君!」
ウルドさんの声が耳に響き、魔族が蒼い炎に包まれる。
視界と身体の自由が戻り、俺はその場に崩れ落ちる。
「今のは一体?」
自分の身に起きた事が理解できず、俺はただ息を切らす。
横を見ると魔族に対して、同じ蒼い炎を纏った手を突き出すイフさんの姿があった。
「やはり、対話は無理だったようですね。逆に精神支配を掛けられてしまった……危険な事をさせてしまい申し訳ない」
イフさんは俺に頭を下げたが、俺は奇妙な違和感を抱きそれに反応できないでいた。
その様子を心配してか、ウルドさんが俺を助け起こす。
「大丈夫かい?」
俺は頷くと、ウルドさんの肩を借りて立ち上がり、再び床に下へと沈んでいく檻を見つめる。
「あれが魔族……でも、あの言葉は?」
酷く体力を消耗したようで、考えがうまくまとまらない。
「ルイ君、今日はもう休んだ方が良い。宿は決まっているのかい?」
「今日はレイラさん――いや、議長のお屋敷に泊まることになっています」
「そうか、私が屋敷まで送ろう。ちょうど議長にも話があったところなんだ。イフ――」
腕組をして考え込んでいるイフさんは頷き、俺に向き直ると握手を求める。
「今日は本当に申し訳ありませんでした。ご協力いただき感謝します」
俺は握手を交わすとウルドさんに連れられて部屋を出る。
「なんだ? そいつがイフが楽しみにしてた異界人とやらか? 随分と貧乏くせぇツラした野郎だぜ」
声がした方に振り向くと廊下の先に一人の男が立っていた。
イフさんとは対称的に高価な装飾が施されている衣装を身に纏い、議会で会ったどの貴族よりも成金主義といった格好の20代後半の男は廊下の先でニヤリと笑う。
「スカル……何の用だ?」
ウルドさんの言葉が終わると、廊下の先にあった男の姿が一瞬の閃光と共に掻き消えた。
「別に、そいつが俺の金になるかどうか見に来ただけだけど?」
耳元で声がして思わず飛び退くと、スカルと呼ばれた男は俺たちの背後に回っていた。
驚愕し硬直する俺にまるでショーウインドウでも眺めるような視線が注がれる
「魔獣を従えた異界人だって言うからさぞかし貯め込んでいるかと思ったらこんな貧乏人とはな。新しい顧客にもなれそうにねぇし……期待外れも良い所だ」
フッと馬鹿にしたように笑う男に俺は少しムッとしたが、ウルドさんとこの男のやり取りを見て、この男の正体を看破した俺はその感情を鎮める。
「あなたも――三英雄の方ですか?」
俺が恐る恐るした質問に男はにやにやと笑いながら答えた。
「あぁ、俺は三英雄 スカル・ディジフだ。まぁ、俺は貧乏人と付き合うつもりはねぇから、知ったところで意味はねぇ話だがよ」
「スカル、客人として招いたルイ君に失礼が過ぎるぞ」
「俺の客は金を持っている奴だけさ。こいつだってお前らが勝手に呼んだだけだ」
二人はしばらく睨み合った後、ウルドさんが顔を逸らした。
「ルイ君、すまなかったな。さぁ、行こうか」
ウルドさんは俺の方に向き直り、入口の方へと歩き出す。
「おい、小僧!」
少し進んだところで後ろからスカルさんが俺に叫ぶ。
「同じ異界人の好で一つ忠告しておいてやる。この共和国内では、お前みたいな浮浪者であっても、あまり権力者たちの恨みを買うようなことはしない方が身のためだ。何故だかわかるか?」
俺はその言葉に立ち止まり、スカルさんの方を振り返る。
「俺がいるからさ! 俺は金を積まれればどんな奴でも確実に消すぞ。お前の様な貧乏人は防ぐ術すらねぇ! だから、くれぐれも用心しろよ! はっはっはっ!」
スカルさんはそう言い残すと部屋へと入って行く。
その様子をウルドさんは扉が閉まり切るまで仮面の奥から睨みつけていたのだと思う。
馬車に乗り、レイラさんの屋敷へと向かう道中、俺はウルドさんに素朴な質問をぶつけてみる。
「ウルドさんはどうして三英雄になったのですか?」
腕組みをして何かを考えこんでいるようだったウルドさんは身体を起こすとその質問に来てえてくれた。
「情けない話だが、私一人の力では解決できない問題がある。私が三英雄に入ったのはその部分を補うためなんだ」
「解決できない問題?」
ウルドさんは車窓から見える山を指さす。
「あの山の向こうには軍事的戦力を保有しておらず、産業も発展していないという理由から、共和国同盟に参加できない小国がいくつもある。相互援助の対象外とされているその国々は飢餓や疫病に苦しめられている国も多い」
「そうなんですか――それがウルドさんでも解決できない問題」
ウルドさんは悔しそうにゆっくりと頷く。
「正義の使者としてなんとも情けない話さ。しかし、そこで共和国は条件を提示してきたのだ」
「条件?」
「共和国の有事の際に戦力として協力する――すなわち三英雄となれば、周辺諸国に対して物資的、技術的援助をしよう、とね。一人でも多くの命を救うためにはそれを断ることができなかったのだよ」
「有事というと……やはり王国との戦争という事ですか?」
「あぁ、それもあるが――共和国が真に恐れているのは戦争じゃないと私は考えている」
ウルドさんは山から視線を戻し、しばらく沈黙するとフゥと息を吐く。
「共和国議会の古株たちが危惧しているのは――魔王の復活だ」
「魔王――」
その言葉が発せられてから馬車内の空気は淀み、レイラさんの屋敷に着くまで何も話すことができなかった。
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