第六十三歩 【理性無き魔獣】
「頼む、義兄を楽にしてやってくれ」
絞り出すように発せられた声は俺の耳に反響して離れず、ダリアは父の言葉の意味が理解できずに固まっている。
リンとコタロウは顔を伏せ、ウルドさんは俺の方へ仮面の正面を向けていた。
その仮面はまるで俺がどう返答するかを見定めているかのように、冷たく佇む。
「俺は――」
元より答えは決まっているし、そうでなければここに来た意味がない。
共和国の英雄であるウルドさんがもし、俺を試しているのなら俺は自分の信念を貫いて見せるだけだ。
「ルイさん……」
俺の足元に寄ってきて不安げな声を出すダリアをそっと撫でる。
「出来る限りのことはしてみる。俺たちを信じてくれ」
俺がコタロウとリンに目配せをすると二人の沈んでいた顔も少し明るくなった。
俺は道の先を睨みつけるとそこへ足を踏み出す。
リンとコタロウは俺の後に続き、三人の足音が暗闇に木霊した。
「やっぱりお人好しね。あんなこと言っちゃって」
「でも、それでこそルイさんですよ!」
「そうね。私もなんか安心したわ」
後ろで笑い合う二人を他所にいつの間にか俺の横を歩いていたウルドさんはまだ腕組をし、見定めているかのような雰囲気を崩さない。
俺がふと彼に視線を送ると、彼は俺に問いかけてきた。
「君はこの問題をどうするつもりかな?」
「まずはボスの様子を見てみないと分かりません。それに、俺がスキルを行使した時に何か液体が流れるような音が聞こえました。もしあれが原因なら――」
俺がそう言いかけるとウルドさんは首を少し横に振る。
「改めてはっきりさせておこう。私はこの奥にいる魔獣を討伐し、事態を収めても構わない。もし君にこの事態を収められるだけの力が無いと分かった時点で私はすぐさまそれを実行に移すだろう.
そして、君たちでは決して私は止められない」
ウルドさんのこの一言を皮切りに周囲の空気がまた張り詰めていく。
まるで、俺たちを追い詰めるように――
まるで、俺の真意を探っているかのように――
グギャァォォォォォォン!
張り詰めた空気を切り裂いて狂声は周囲の壁にひびを穿つ。
それと同時に坑道の奥からは何かがすさまじい勢いで突進してくるような地響きが近づいてくるのが分かった。
「飛び上がれ!」
ウルドさんの声が耳に入った頃には俺の身体はリンに抱えられ、空中にあった。
そして俺の腕の中にはしっかりとコタロウが収まっている。
俺たちが天井を支える支柱の渡しに飛び乗った瞬間、下を猛スピードで過ぎ去っていく巨大な影が目に映った。
「あれが――」
「そんなまさか!」
砂埃が晴れて、姿を現したのはダリアたちとは比較にならない程の巨躯と恐ろしいほどに鋭くおびただしい数の結晶の棘を背中に携えたトカゲ。
目から理性の色は感じられず、俺の耳の聞こえてくるのもただの唸り声ばかり。
これではまるで――
「魔物だな」
ウルドさんが下を見下ろしながら言い放つ。
俺もそれと同じ印象を抱いてはいたが、認めたくはなかった。
ダリアたちクォーツ リザードは理性を持った魔獣。
それ故に、人間とも共存の道を選んでくれていた。
それをこんな――
「ほ、本当にこいつがダリアたちのボスなのか? 坑道に沸いた魔物かも――」
俺が淡い期待を口にするが、すぐにそれは否定されることに――
『グガ、クイモノノニオイガ!』
呻くように響いた声。
これは紛れもなくこのトカゲから発せられたものであり、魔物にはない意識を感じさせる。
「あ、あなたがここのクォーツ リザードのボスなのですか? そうなら、俺の話を聞いてください!」
俺は声の限り問いかけるがボスからの返答はない。
『クイモノ!』
その言葉を繰り返すボスは魔獣でありながら、魔物の様に本能のみで行動しているように感じた。
「奴が発している魔力は魔物と同じ魔力に違いない。だが、どういうわけか彼らと同種の魔力も感じる。そうだろう、コタロウ君?」
ボスの代わりに俺の返答にはウルドさんが答え、コタロウは頷く。
「は、はい。今までの魔物と同じニオイの中に微かにですがダリアさんたちと同じニオイがします。でも、他にも変な臭いが混じっているのですが……これはどこかで?」
コタロウはしきりに鼻を動かし、においを感じ取ろうとしている。
一緒に下を覗き込むとボスは俺たちを見上げながら飛び掛かるタイミングを窺っているように見える。
「っ! これは!」
コタロウが全身の毛を逆立たせた瞬間、〈繋がる言葉〉を俺に繋いできた。
俺のスキル内での会話が終わるか終わらないかという時に、ボスは鼻先を坑道の入り口の方へと向ける。
「グ、クイモノ! アッチ!」
ボスは大きくそう叫ぶと、ダリアたちが待つ方へと一気に駆け出した
その反動で俺たちの乗っていた支柱は崩れ始め、リンとウルドさんは咄嗟に反応し飛び退き、俺とコタロウも〈フロート〉を発動させ地面へと降りた。
「不味いわ! 多分、ダリアたちの身体を覆う鉱石が!」
リンが叫び、俺はカバンからボトルを取り出すと、ピンを抜き思いきりボスへと放り投げた。
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