第五十七歩【繋がる言葉】
俺が中学に上がった頃、恵さんは持病が悪化して入院していた。
俺は病院と学校を行き来しながら生活していたが、ある日恵さんが一通の封筒を渡して告げた。
「ルイ君、やっぱり人は嫌い?」
タロウの一件があってから俺は人との繋がりを避けていた。
結局、あの不良たちは捕まり社会的に罰を受けることにはなったが、俺はその判決を聞いた時に子供ながらにこの世の不条理を感じたのだ。
器物損壊……その言葉の意味を調べた時には涙が止まらなかった。
俺が兄と慕い、唯一の肉親だと思っていたタロウを俺から奪った奴らの罪が〝物を壊した〟程度だという。
命は平等じゃない。
俺は子供ながら社会からそう突き付けられた気がしたのだ。
「嫌いじゃないですよ。恵さんみたいな優しい人がいるのも理解していますし……ただ、どうしても受け入れられなくて」
目を逸らす俺をまっすぐに見つめながら恵さんは優しい声で語りかけた。
「あなたは人よりも優しいから、人が命をいたずらに傷付けることがどうしても許せないのよ。でもね、それは大切な事よ。だから、これを渡すの」
恵さんが渡した封筒には電話番号が書かれたメモと手紙が入っていた。
「もし私が死んでしまったらここを尋ねなさい。あなたが苦悩している事を理解してくれる人がいるはずよ」
「恵さん、そんなこと言わないでよ……俺、恵さんまでいなくなったら本当に一人になってしまう」
胸が締め付けられるような思いでそう呟いた俺に恵さんは笑いながら「もしもよ、もしも!」と言っていた。
この日は恵さんの様態が急変し、この世を去る一週間前の事だった。
俺は恵さんの言葉通り、封筒の中にあった電話番号を頼りにとある場所に辿り着いた。
そこは恵さんの知人が所属する動物愛護団体。
何を支えに生きて良いかを完全に見失っていた俺は学校に行きながらではあるが、そこで働くことになった。
俺はそこで様々な経験をし、気持ちの整理がつき始めた頃、俺は高校生になっていた。
高校は近くの全寮制の学校を選び、毎日の様に動物に関しての活動を続ける。
背が高かった父の影響で背は180㎝を超え、愛護団体の知り合いの伝手で格闘技や護身術を複数習っていた俺は、いつしかタロウと恵さんの優しさに報いることが出来る人間になろうと心に決めていた。
でも、それ以上に俺の心を支えてくれた動物たちが何より大切な存在になっていたのだ。
「なぁ、ルイは将来どうするんだ?」
同じく動物愛護活動に参加していたおじさんが俺に聞いて来た時がある。
「よくは考えていないんですけど、何か動物や人の命を助けられるような人間になりたいですかね」
俺はそう漠然と答えながらも目標など無く、ただただ目の前の事だけを捉えていたのだろう。
その点で言えば、俺の心は転生する前から空だったのかもしれない。
※
俺の過去を聞き、フェルは透き通った瞳で俺を見つめる。
「なるほど、この話……リンにもしただろ?」
先程のリンの様子を看破してかフェルが俺に問う。
「あぁ、俺は他の奴らにも話すつもりだ。皆を俺の道に巻き込むのに俺が隠し事をしたままなのはおかしいからな」
「……お前はこの世界で何をするつもりだ?」
核心に触れた質問に俺はふぅと息を吐く。
「俺は――魔獣を保護する組織を作りたい!」
俺ははっきりとフェルに届くように言い放つ。
「魔獣だけじゃない……異界人や亜人やこの世界の人も! 皆の命を平等に考えられるような未来を! 俺は作りたいんだ!」
「貴様……自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「とんだ夢物語を語っているのは分かっているつもりだ。だけど、俺は俺の声が届く命を見捨てられない。命の価値が不平等に扱われている事がどうしても我慢できない。俺は残念ながらどこまで行ってもそういう奴らしい」
俺は自分を嘲笑するように口元を緩める。
しかし、そう言い切った俺の心は清々しかった。
「フッ……そんな事とうの昔に分かっておるわ!」
フェルはググっと身体を起こすと、後ろの茂みを見る。
「――だそうだ。こんな馬鹿げた理想を聞かされても付き合うという愚か者はいるか?」
フェルが声をかけると、茂みの中から身体を縮めたバーンとメガロ。
そして、その後ろからリンとシュウスケが顔を出した。
「へっ、上等だぜ! そこまで大見得切ってくんなきゃ付いて行く甲斐がねぇ!」
「まさか、イゼア以上のバカがこの世の中にいるとはねぇ。こいつは面白くなりそうだねぇ!」
「ルイさん、盗み聞きしてすいませんっす……でも、ルイさんの思い、確かに受け止めましたよ!」
目の前に並ぶ仲間たち。
そして――
「うぅう……ヒッグ! ルイさぁん、僕にコタロウって名前を付けてくれてありがとうございまぁす! 僕……僕、タロウさんの分もルイさんを守りますからぁ!」
コタロウが俺の足にしがみ付きながら号泣している。
まぁ、俺自身も皆の顔を見た瞬間に涙が零れてしょうがないから仕方ない。
「ルイ、本当に良かったわね。これで私の心も決まったわ!」
リンが優しい笑顔を向けながら何か呟いたが、コタロウの泣き声でうまく聞こえない。
「リン?」
俺がリンに聞き返そうとするとリンは翼を広げた。
「出発する時に会いましょう! 私は少しやることがあるわ」
リンは俺たちにそう告げると龍人族の村へと飛んで行ってしまう。
「明日、別れなくちゃならないってのに何か冷たいな……」
俺は寂しさを感じつつも、フェルの方に向き直る。
「フェル、お前の過去では勇者と道が分かれてしまったかもしれない……でも、これは俺が作っていこうとする道だ。お前が愛想を尽かすことはあっても俺がお前を置き去りにする事なんて絶対にない! どうか俺を、いや俺たちを信じてくれないだろうか」
フェルの過去を聞き、俺はどうしてもフェルを一人にしたくはなかった。
一人にしてしまえばフェルはこれから先も自分の過去を悔いながら生きていくだろう。
いつ朽ちるか分から無い時をずっと一人で――
俺はそれを見過ごせない!
「我にお前の馬鹿げた道に付き合えと?」
「お前が……皆がいるから作っていける道だ」
俺とフェルはしばし見つめ合うが、やがて根負けした様にフェルが目を閉じる。
「ならば、どんなことをしてでも作って見せろ! そして俺たちをその先へ連れていけ! もし、お前がこの約束を破るようなことあらば!」
「破ることなんてない! 絶対だ!」
俺が力強く否定すると――
「フッ、我がこのような妄言を信じるときが来るとはな……良かろう、我も貴様の永遠の道連れとなってやろうではないか」
静かに俺を見つめるフェルに俺は額を押し当てる。
「ありがとう……フェル、皆」
俺はただ、涙を流しながら皆に礼を告げるのだった。
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